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名のある狩人と聞いては、黙っていられない。古城の外観を眺めたら帰るからと大旦那を説き伏せて、狩人とやらの跡を追う。
私が追えばすぐに追いつけるものと楽観視していたのだが、前を行く男の背中をとらえたのは、予想に反して日も暮れかけた頃になってからだった。私がそれなりに急いだというのに、驚くほどの健脚である。
「ねえ!」
呼びかけるが、返事はない。どころか、男はあからさまに足を速める。
「ねえ!」
「ついてくるんじゃねえよ」
言って、男は振り向きもせず、わずらわしそうに手を振る。
人を軽んじるような男の態度からか、それとも狩人としての対抗心からか、温厚な私にしてはめずらしく、いくらかの苛立ちを覚える。
「私の進む方向にあんたがいるんでしょ」
あんたがどきなさいよ、と啖呵を切ると、男は聞えよがしな溜息をつきながら振り返る。
巨人かと見紛うほどの大男だった。いつぞやの鉄壁も大男ではあったが、こいつはさらに大きい。
荒々しい総髪は灰をかぶったように白く、獣のような双眸は、見あげる私の視線を真っ向から拒絶するように獰猛で鋭い。闇にまぎれるような黒衣に身を包み、身の丈ほどもある大剣を、抜き身のまま背負っている。確かに、あれほどの大剣をおさめる鞘はあるまい。
「お前、何もんだ。どこに行く。この先には古城しかねえぞ」
言いながら、男は無造作に殺気を放つ。
「私はマリオン。古城に行くの」
殺気を受け流して、平然と返す。自らの殺気を受け流されたことがよほど意外だったものか、男は私を品定めするように眺めてから、再び口を開く。
「お前が、ただの嬢ちゃんじゃないってのはわかる」
褒めたのもつかの間、男は私の弓を見てかぶりを振る。
「だが、その得物がいけねえ。弓じゃ、奴らとは戦えねえ」
男の言い草に、またも苛立ちを覚える。
祖先伝来の弓──旅神の弓で、私はどんな相手とも渡りあってきた。その弓を否定されることは、私だけではない、一族すべてを否定されたように思えて、ふつふつと怒りがわいてくる。
「それを決めるのはあんたじゃない」
今から目の前の男を狩る。そう意識して、普段の狩りでは決してもらすことのない殺気を男にぶつける。男は、ぶるり、と震えて──口もとにのみ、かすかな冷笑を浮かべて、再び大きな溜息をつく。
「どうしてもっていうんなら」
男は、背負っていた大剣を抜き──地に刺して、吼えた。
「俺を納得させてみやがれ!」
次の瞬間、男が眼前に迫っていた。一呼吸で間合いを詰めるとは。その巨躯からは想像もつかぬ不意打ちを、その場に足を止めて迎え撃つ。男の放った右拳を左腕でいなしながら、その腕を軸に一歩踏み込み、右肘を鳩尾に叩き込む。
「おいおい、今のに踏み込んでくる女がいるのか」
言って、男は懐に入った私を楽しそうに見下ろす。おいおい、はこちらの台詞だ。こいつの腹は鋼でできているのか。
息をつく間もなく、男の左膝が暴風のように襲う。体格差を活かして男の股の間をくぐり抜け、振り向きざまに右膝の裏を蹴る。平衡を失った男が膝をつくと同時に、側頭部に向けて右の蹴りを放つ。
「俺に膝をつかせるとは」
またも楽しそうにつぶやく男に、しかし蹴りは届いていない。後ろに目でもあるというのか、振り向きもせずに、右腕で蹴りを受け止めている。蹴りで倒せるとは思っていなかったが、止められるとも思っていなかった。
「よく言うよ」
私の自尊心はいたく傷ついた。
仕切り直し、と後方に飛びのく。
男の背中に向けて、構えを解くことなく、油断なく相対する──と、男はゆっくりと振り向いて、降参でもするかのように両手をあげる。
「そんだけ動けるなら問題ないだろう」
言いながら、私に近づいて。
「グラムだ」
名乗って、男──グラムは、私を威圧するように見下ろす。間があったので、握手でもするのかな、と手を差し出すが、それを無視してグラムは続ける。
「吸血鬼専門の狩人だ」
こいつ、やっぱり嫌いかも。
「ついてきてもかまわん。ただし、前に出るのは俺だ。お前は後ろで補助を頼む」
どいつもこいつも同じようなことを言う。ま、弓を持って前に出ろと言われて困るのも確かではある。
グラムは、背負っていた大きな荷をおろして、中から杭の束の詰まった袋を取り出す。
「白木の杭だ」
取り出した杭は太く、鋭い。
「こいつで心臓を突けば、吸血鬼は滅びる」
グラムの口ぶりからすると、呪われた城には吸血鬼が巣食っているのだろうか。
吸血鬼。口伝えに聞いたことはある。早く寝なければ、吸血鬼に血を吸われるぞ、というような、あれである。とはいえ、私の知るかぎり──つまりは祖父から教えられたかぎり──吸血鬼が実際に現れたという話は、聞いたこともない。
「これはお前が持て」
「お前じゃない」
言いながら、白木の杭の詰まった袋を、ひったくるように受け取る。
「マリオンだよ」




