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私たちは、村の北側に築かれた阻塞に身を隠して、海を越えて攻め込んでくるであろう湾人たちを待ち構えている。阻塞は、黒鉄がうなるほどに巧みに築かれており、守るに易く、攻めるに難い。いかに湾人たちが剛勇を誇るといえども、こちらと同程度の数であれば、この守りを抜いて村を落とすことは難しいであろう、と思う。
「はて、物見の報告からすると、そろそろ攻めてきてもおかしくないんじゃがのう」
アイクはいぶかしげにつぶやく。何でも、物見を買って出た村の若い衆が、トゥリオ湾を望む丘から湾人たちの舟を認めて、慌てて戻ってきたのが、しばらく前のことだというのである。物見の見た舟が湾人たちのもので間違いないのならば、確かにそろそろその姿が見えてもよいように思う──が、一向に現れる気配はないのである。
「奴ら、おそれをなしたに違えねえ」
「そんなわけあるか。湾人だぞ」
村の男衆の一人が楽観的に笑って、もう一人が悲観的にそれを否定した──そのときだった。
「湾人どもが攻めてきたぞ!」
私たちの後方──南側から声があがって、皆がいっせいに振り向く。しかし、そこに湾人たちの姿が見えるはずもなく。
「いったいどこから──」
アイクの困惑の声に応えるものはおらず──私は付近の家屋の屋根にするりとのぼり、剣戟の響く方向を見すえて、声を張りあげる。
「湖からだ!」
見れば、湾人たちは湖から続々と村に上陸しており──我々は防備の手薄なところを突かれたことになる。
「あんの蛮族ども! 舟をかついで山を越えおったんか!」
アイクの言に、まさか、と私は再び湖に目をやる。確かに、湾人たちは湖から舟で攻め入っている。それでは、その舟はどこから現れたのかといえば──我々の死角となる山からしかありえない。
「──おいおい」
いくら低いとはいえ山である。舟をかついで山を越えるなど──湾人のその剛力と、ありうべからざるその発想に、私は驚嘆する。
「あちらには阻塞がない! 儂が行く! マリオンは援護を頼む!」
言って、私の返事を待つことなく、黒鉄が駆け出す。
「ロレッタは後方に控えて! 魔法で補助して!」
私は屋根からロレッタに呼びかけて、彼女が頷くのを見て──そして、屋根を飛び移って黒鉄を追う。一宿一晩の恩もあるからには──何と、昨晩の酒代を払っていないのである!──それなりの戦働きをせねばなるまい。
屋根から屋根へと飛び移り、黒鉄の後を追って──追いついたところで足を止めて、旅神の弓を構える。そこはすでに戦場であった。湾人たちは上陸するなり、付近に隠れていた女たちをとらえて、戦利品のように舟に放り込んでいるのである。
「おいおい、女は後だ! まずは干し草をかっぱらうんだよ!」
と、女を舟に放り込んでいた湾人を殴り飛ばしたのは、同じく湾人であろう巨人のごとき大男だった。殴り飛ばされた男は──そちらもそれなりに大きながたいであったというのに──軽々と吹き飛ばされて、受け身もとれずに、したたかに家屋に打ちつけられる。見れば、男の首はあらぬ方向に曲がっており──私は、あの巨人のごとき大男こそ、件の鉄拳フェルナスであろう、と当たりをつける。
フェルナスを倒せば、戦は終わる。私は意を決して、旅神の矢を放つ。必殺の一撃は、フェルナスの胸を貫かんと迫り──奴は意外にも俊敏にそれに気づいて、木の盾を構える。
愚かな。木の盾ごときでは、旅神の矢を止めることなどできはしないというのに。私は勝利を確信して──矢は木の盾を貫いて、そしてフェルナスの足もとに刺さる。
「──嘘でしょ」
私は呆然とつぶやく。
フェルナスは、矢が盾を穿ったその刹那に盾を回転させて、矢の進む方向を違えたのである。すべてを貫く旅神の矢といえども、確かに矢じり以外に殺傷力はないのであるからして、そうやっていなすことができるのは道理である──あるのだが、私の神速の一射をして、そのようにいなしてみせるとは。まさか北方の蛮族にこれほどの武人がいようとは思ってもおらず、私は奴に畏敬の念さえ抱く。
フェルナスは、矢を放った私に向けて、にたり、と獰猛に笑ってみせて。
「おい! まずは干し草だぞう!」
そして、堂々と無視して、干し草を求めて納屋へと足を向ける。それは、何度射られても避けられるという自信の表れであろうか──いいだろう、それならば、私はより速い一射を放って、その自信を打ち砕いてみせようではないか──と、私はフェルナスの後を追うべく、次の屋根に飛び移る。
その頃には、村の北側に詰めていた男衆も合流して、湖畔は乱戦の様相を呈していた。私は彼らを援護すべく矢を放ち、家屋の途切れたところで、弓をフィーリに預けて、屋根から飛びおりる。剣戟激しい前線を避けて、フェルナスの向かった納屋にまわり込まん、と進路を変えたところで──私は視界の端に武侠をとらえて、おや、と思う。
頼れる助っ人たる武侠は、最前線でフェルナスと拳を交えているはずではなかったか──いやに後ろに退いた武侠を不思議に思いながらその姿を目で追って──そして、不意に彼が眼前に迫っていることに気づいて、私は慌てて身構える。
なぜ、と考える間もなく、私は疾風のごとく飛び退る。武侠からは、今や常人ならばそれだけで気を失ってしまうほどの殺気が放たれており、私の本能が逃げることを選んだのである。
とにかく距離をとって仕切り直さねば、と飛びのいた私は──しかし、眼前の光景に唖然とする。私の疾風のごとき後退に、武侠は遅れることなくついてきているのである。
それならば、と私はさらに疾風のごとく駆けて、武侠を幻惑せんと四つ身に分身する。ここまですれば、さすがについてくることはできまい、と安堵したのもつかの間、眼前には変わらず武侠の姿があり──私は驚きを通り越して、あろうことかわずかな恐怖さえ覚える。
武侠は私に向けて、掌打を放つ。分身を見切っての掌打である。もはやかわすことあたわず、しかし竜革の鎧であればある程度の衝撃は吸収するであろう、と私は相討ち覚悟で疾風のごとき蹴りを放ち──。
そして、絶大な衝撃が身体を貫いて──私は吹き飛ばされて意識を失う。




