2
私たちは村の酒場に案内されて──といっても、村で一番大きな家屋をそう呼んでいるだけにも思える──あれよという間に椅子に座らされて、むさくるしい面々に囲まれる。彼ら村の男衆は、老若を問わずたくましく、とても単なる農民とは思えず──明らかに戦士としての修練を積んだものたちであろうことがうかがえる。彼らの語るところによると、このあたりでは小競り合いはめずらしいことではないらしく、生き残るための修練は日常となっているのだという。
戦の前に酒宴を張るのは、村の習わしであるらしく、私たちは客人として迎えられて──頼んでもいないというのに、次から次にエールが運ばれてくる。エールはそれほど好みではないのであるが、ふるまい酒に口をつけぬというのもはばかられるであろうから、と酒杯を手にして。
「苦い!」
思わずあげた私の声に、隣に座る老爺が豪放に笑う。
「あんたら、さては中原からの旅人じゃろうて。北方のエールはの、このくらい濃いものぞ」
老爺の言葉のとおり、その自家醸造のエールは、私の知るものよりも濃く、よく言えば深みがあり──わるく言えば大変に苦い。私は──そして、どうやらロレッタも──その苦味があまり好みではなく、酒は一向に進まないのであるが、一方で黒鉄はといえば、その苦味をこそ気に入ったようで、目の前に並んだエールを片っ端から飲みほして、男衆からやんやの喝采を受けている。
「それにしても戦とは──いかなる理由でそのようなことになっておるのかのう」
ふるまい酒をあらかた飲みほしたところで、黒鉄が誰にともなく周囲に問いかける。確かに、とロレッタが大鍋の煮込み料理を椀によそいながら、それに続く。かれこれ三度目のおかわりである──が、大鍋では、戦の前だから、と特別につぶした家畜の肉を煮込んでおり、北方特有の香辛料もあいまって、何とも食欲をそそられる野趣あふれる香りが立ちのぼっているのであるからして──ま、彼女の気持ちもわからないではない。と、言い訳しながら、私もおかわりをする。
「今年は干し草の売値の折り合いがつかんでのう」
黒鉄の問いに、老爺が答える。
「はあ」
私は気の抜けた相槌を打つ。干し草の売値の折り合いがつかなかったからといって、どうして戦となるのか、理解できなかったからである。首を傾げる私に、老爺は笑いながら続ける。
「海向こうは、この地よりもさらに寒いでな。冬が長ければ、それだけ冬場の家畜の餌を確保せねばならんのよ」
老爺──アイクの語るところによると、村より北にはトゥリオ湾が広がっており、海向こうに住む蛮族──湾人と呼ばれている──とは、ちょくちょく農産物などの取引があるのだという。
「それにしたって、あんな値で干し草が売れるわけはないからの」
儂らにだって冬越えの家畜の餌は必要なんじゃから、と老爺はからからと笑って、同意を求めるように私を見やる。その段になって、もしかして戦の理由は本当にそれだけなのではなかろうか、と私は驚きとともに思い至る。
「干し草の売値が折り合わなかったから──戦をするの?」
「そらあ、そうよ」
あたりまえのことを、とアイクは不思議そうに続ける。
「あんたの村では、戦なしで譲歩するんかの?」
まず、戦ありき──力がすべてを解決するというアイクの言い分にあっけにとられて──私は、中原と北方との、文化の違いを痛感する。
酒宴は夜半まで続いて、さすがにそろそろお開きというところで──誰かが酒場の扉を叩く。
「おう、爺さん、まだ生きてたか!」
扉を開いて現れたのは、三十がらみの屈強な男であった。皆とは趣の異なる長衣に身を包んだ男は──おそらく村のものではないのであろう──顎の無精髭をさすりながら、酒場の奥──アイクのもとへと歩き出す。途中の酔漢ども避けるその足運びは、まるで舞っているかのようによどみなく──その歩法だけをとっても、男がひとかどの武人であろうことがうかがえる。
「おう! 武侠よ、間に合ったか! 待ちわびておったぞ!」
言って、アイクは男──武侠の肩を、親しげに叩く。
「遅くなって、すまなんだ。別件を片づけていたもんでな」
武侠はアイクに詫びて──そして、村の男衆から、ふるまい酒の歓待を受ける。どうやら村のものは皆、武侠と知己のようで──客人である私たちだけが事情を知らず、彼は何ものであろうか、と首を傾げる。
「こやつはな、ここらでは知られた剛のもの──儂らの助っ人よ」
アイクは私たちの視線に気づいたようで、武侠の紹介をする。
「あんたらは──新顔か?」
ふるまわれた酒杯を一息に飲みほして、武侠は私たちを見やる。
「客人じゃ。北に旅をしとるんだと」
「ははあ、それで戦に巻き込まれるとは、あんたらもよくよく運のない旅人だねえ!」
アイクの説明に、武侠は心から愉快であるというように口角をあげる。
「俺は──俺の一族は、ここらでは『武侠』と呼ばれている。武を志したときに名は捨てる風習なんでな、俺のことは『武侠』と呼んでくれい」
武侠はそう告げて──それで私たちには興味を失ったようで、おもむろにアイクに向き直る。
「それで、此度の相手は?」
「──鉄拳フェルナス」
アイクの短い答えに、武侠は不敵に笑って。
「ははあ、腕が鳴るねえ!」
歓喜の声をあげて、両の拳を打ちつける。
「フェルナスって──強いの?」
武侠ほどの男が猛るのであるから、そのフェルナスとやらもよほどの剛のものなのであろうか、と私はアイクに問いかける。
「北方一の戦士と名高い男よ」
私の問いにアイクが答えて──そして、ぐいと酒杯を飲みほして、重々しく続ける。
「北方の英雄アルグスと伍すると言うものもおるほどの豪傑じゃ」




