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デクスから北東に半日も行くと、街道はぷつりと途切れる。
「それで、その街道の魔法使いとやらは、何と言っておったんじゃ?」
新たな鎧──鈍色に輝く魔鋼の鎧に身を包んだ黒鉄が、途切れた街道の突端に立って、手庇をして行く先を見やる。
古代の街道こそ途切れているものの、その先には人馬の踏みしめた跡が、荷馬車の轍とともに幾方向かに伸びており、黒鉄はどう行けばどこにたどりつくのか、と問うているのである。
「北東に行くと『北壁』にぶつかって、南東だとエルラフィデス北部の山地に出るって言ってったよ」
それは、デクスを出立する前日に、別れの挨拶に訪れた折、ヴァイアより聞いた内容である。ヴァイア曰く、デクスよりも北には蛮族しかおらず、そんなところにソティスが生まれ変わるはずはないという確信から、街道は北には伸ばしていないとのことで──そんな思い込みのせいで、北に向かう旅人は、ずいぶんと苦労するはめになる。
「マリオンはどっちに行きたいの?」
「北壁!」
尋ねるロレッタに、私は威勢よく答える。
「北方一の山脈なんて言われたら、そりゃあねえ」
遥かに望む北の山々は、このあたりでは「北壁」と呼ばれているのだという。文字どおり、壁のごとくそびえる山壁はのぼることあたわず、その峰々は決して晴れることのない黒雲に覆われており、前人未到の地として知られているらしい。
「のぼることができないんだから、引き返すことになるんじゃないの?」
「私がのぼれなかったわけじゃない」
まったくもって気乗りしない様子のロレッタに、私は目を輝かせながら返す。前人未到とは、何ともよい響きではないか!
「ロレッタよ。旅の進路の決定権が誰にあるか、忘れてはおるまいな」
「言われなくたって、わかってるよう」
黒鉄の言に、ロレッタは唇を尖らせながらも、進路の決定権が私にあることを認めて。
かくして、私たちは──ロレッタは渋りながらも──北壁を目指して進むこととなる。
私たちは、古代の街道の途切れた先、北道と呼ばれる道を行く。石畳は終わり、人馬に踏みしめられただけの道は、しかし歩くだけであれば何ら苦はない。とはいえ、馬車の道行はいくらか難儀であるらしく、北道より先では、行商は盛んではないのだという。
「涼しいもんだねえ」
上機嫌につぶやいて、ロレッタは、彼女にしては軽やかに北道を歩む。黒鉄の故郷──レクスフェルムを出奔して北に向かうと決めた折、寒そうだからという理由で渋っていたのは彼女なのであるが──ま、確かに、季節の割に涼しく、快適ではある。いくら北方とはいえ、年中雪に覆われているということもないらしい。
なだらかな丘を越えると、美しい北方の平原が広がる。彼方の北壁だけは残雪で白く染まっているものの、今のところは厳しい寒さとも無縁で、旅は順調といえる。
「あれが北壁?」
遥かに望む北の山々こそが北壁であると何度も言っているにもかかわらず、丘を越えて先に現れた低い山を見て、ロレッタは足を止めて、自らの願望を口にする。
「あんなに低い山なわけないじゃろ」
黒鉄に尻を叩かれて──黒鉄は軽くのつもりであったのだろうが、ロレッタは飛びあがって叫び声をあげて──彼女は尻の痛みに目を潤ませながらも、再び歩き出す。
「もう少し行くと、村があるよ」
私は、ロレッタの足を少しでも軽くしてやろう、と先に村があることを教える。二人には見えないかもしれないが、ロレッタが北壁と見紛うた山の麓から、村の営みを示すかすかな煙があがっていたのである。
夕暮れ──やがてたどりついた山麓には、美しく澄んだ湖が広がり、そのほとりには、私の見立てのとおり、小さな村があった──あったのであるが、その湖畔の村は、何やら慌ただしい空気に包まれている。
村の男たち総出であろうか、彼らは打ち壊した家屋の瓦礫や巨大な倒木を抱えて、村長と思しき老爺の指示に従って、それらを村の北側に配置している。それは明らかに、敵の侵入を阻むためのもの──いわゆる阻塞であり、まるで今から始まる戦に備えているようにも思える。
「まさかね」
つぶやいて──私たちは今晩の宿を乞うべく、村の入口へと歩みを進める。
「あんたら、何もんだ」
村に近づいた私たちを出迎えたのは、殺気立った村の男衆だった。
「私たち、北を目指して旅をしているんですけれども──」
今晩の宿をお借りできませんか、と彼らの殺気を受け流しながら続けると、どうやら男衆はそれを挑発のように受け取ったようで、口々に怒声を放ち始める。
「やめい、やめい」
と、男衆を鎮めるように割って入ったのは、先の村長と思しき老爺であった。
「あんたら、旅人さんかの」
老爺はやわらかい口調で問いかける。
「はい、デクスから、北壁を目指して──」
「あんたら、何とも運の悪い旅人じゃのう」
言いかけたところで、老爺はからからと笑い出す。
「この村はの、今から戦をするのよ」




