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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第19話 秘剣

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130/311

6

「あいたたた──」

 年寄りはいたわるもんだよ、と老エルフはずいぶんと勝手なことを言いながら立ちあがる。打ち身はあるようであるが、さして深刻な様子はなく、唯一の負傷らしき負傷である鼻血を、行儀わるく外套の袖でぬぐう。


「長髭──いや、黒鉄だったね。その名は忘れないよ」

 膝をついて、それでもなお戦意を失わずに彼女をにらみつける黒鉄に笑みを返して、老エルフは曲刀を鞘におさめて──それで用は済んだとばかりに歩き出す。


「──儂も、貴様のことは忘れんぞ!」

「しゃべらないで! ちゃんと治療を受けて!」

 重傷であるというのに身を起こそうとする黒鉄を叱りつけながら、私はフィーリから取り出した命の水を杯に注ぐ。

「ほら、飲んで」

 と、無理やりに杯を黒鉄の口に運んで──わずかに杯に残った飲み残しの命の水を傷口に振りかける。するとどうであろう、黒鉄の呼吸は見る間に平らかになり、傷口は薄く発光しながら、まるで時を遡るかのように、みるみるうちにふさがっていく。私は安堵の胸をなでおろし──もしも、命の水を得ていなかったら、と想像して身震いする。


「おやおや、何とまあ、たいそうなものを持ってるもんだねえ」

 黒鉄の声に足を止めた老エルフは、その治癒の力を目の当たりにして、あきれるようにつぶやいて──しかし、黒鉄が命をつないだことを喜ぶように、ふん、と鼻を鳴らす。

「じゃあ、縁があれば、また会おう」

 言って、老エルフは対岸のデクスに向けて、再び橋を歩き出して──そして、忘れ物でも思い出したかのように足を止めて、振り返る。


「──フィーリも、またどこかで」

「あれ? お知り合いでしたっけ?」

 老エルフは名指しで別れを告げて、フィーリは疑問の声をあげる。

「何だい、あんた、気づいてなかったのかい」

 老エルフはあきれるように続ける。

「あたしだよ。エヴァリエルだよ。忘れたとは言わせないよ」

「あなた、まだご存命だったんですか!?」

 その名を聞いたフィーリの驚きようといったらなかった。あの美貌がこんなことに、とか、いや面影はかろうじてある、とか、相手に聞こえたならば──聞こえているであろうと思うが──たいそう失礼にあたるであろう独り言を、ぶつぶつとつぶやいている。

「存命どころか、まだ剣を振るっていたさ」

 失礼な言い草だねえ、と老エルフは返しながら──それでも再会自体はうれしいものとみえて、その笑みはやわらかい。


「──どちら様?」

「以前お話したことのある『何の変哲もない剣で高位の吸血鬼を斬り殺した剣士』です」

 フィーリに言われて、伯爵の古城に訪れた折に、そのような会話があったことを思い出す。そして、それは目の前の老エルフが、高位の吸血鬼よりも格が上であるということと同義であると思い至って──私は、ごくり、と喉を鳴らす。


「今度は忘れないでおくれよ」

 言って、老エルフは今度こそ振り返らずに歩き出す。そのかくしゃくとした後ろ姿といったら。フィーリと知己であるということは、古より生きるものなのであろうに、彼女は足取りも軽く、颯爽とさらなる先を目指す。


「あの婆──強すぎるじゃろ。神代の化物どもと変わらんぞ」

 命の水で傷の癒えた黒鉄が、老エルフの背中を見送りながら、あきれるようにつぶやく。

「──あ!」

 と、何かに気づいたようで、不意にロレッタが声をあげる。

「エヴァリエルって──」

 そうである。老エルフの名乗ったその名を、私もどこかで聞いたことがあると思っていたのである。

「もしかして──『剣聖エヴァリエル』?」

 彼女の口にした名は、伝説のものである。赤毛の勇者と同じく、古き物語に謳われるその名は、剣を志すものにとっては憧憬とともに語られるものであり、数多の化物を斬り伏せた伝説の剣豪のものであった。

 まさか、と老エルフ──エヴァリエルの背中を目で追うと、彼女はその視線を感じとったものか、振り返りもせずに手を振ってみせる。


「剣聖に二つ名を与えられちゃった──ってこと……?」

 言って、ロレッタは黒鉄をあきれるように眺める。当の黒鉄はといえば、そのようなことはどうでもよいようで、癒えた身体の動きを確かめるように屈伸を繰り返しており──確かに、数多の強敵を前にして一度たりとも退くことなく、ついには剣聖の秘剣にも倒れなかったのであるからして、なるほど黒鉄は「不倒」と呼ぶにふさわしいであろう、と思う。


「傷は癒えたが、血肉が足らん」

 我らが不倒の黒鉄は、酒と飯を所望である。

「じゃあ、いったんシニスに戻ろう」

「よいのう。あの地酒であれば、よい血となるであろう」

 私の提案に、黒鉄は豪放に笑う。やはり、ドワーフの身体には血の代わりに酒が流れているらしい、と笑って──私たちはエヴァリエルに背を向けて、シニスに戻るべく橋を行く。



 以来、誰が吹聴したというわけではないのであるが──ま、ロレッタの仕業であろうとは思っているが──黒鉄は「不倒の黒鉄」として、その名を広く知られることになるのである。

「秘剣」完/次話「勿忘」

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