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王都に向かう街道を西に外れて、小高い丘を越えると、目の前に山岳地帯が広がる。
目指す城は山中にあり、麓には城の主を崇めるものたちの暮らす村があるはずだ、とフィーリが言うので、ひとまずその村に向かうことにする。
裾野を行くと、目指す村へと続いているものだろうか、やがて踏み固められた道に出る。
黒鉄には、出立前にずいぶんと脅かされたものだが、道中は穏やかで、生者を脅かす亡者というような、おどろおどろしいものに出会うこともない。
村へと続く道はひなびていて、どこか故郷へと続く道を思い起こさせる。昼下がりの空は朗らかに澄み渡っていて、肌をなでる風もやわらかく、私にしてはのんびりと歩む。緩やかに流れる時間に、あくびをもらし、ついでに伸びをして──歌でもうたおうかしら、と鼻歌を口ずさみ始めたところで、遠くに小さな村が見えてきた。
侘しい村だった。
ダラムの村と同じ程度の規模はあるはずなのに、ダラムよりも活気に欠ける。なぜだろう、と村を見てまわると、村民の少なさが目につく。いくら村民の多くが農作業に出ている頃とはいえ、それにしたって少なすぎる。わずかに見える村民も、私の姿を認めると、目をそむけて足早に立ち去るのだから、明らかに様子がおかしい。
村外れまで歩いて、ようやく違和感に気づく──女がいないのだ。わずかに見える村民は男児と老爺ばかりで、女の姿は老若を問わず見当たらない。ダラムの村のかしましい女たちを思い出して、確かに彼女らがいなければ、村は侘しいはずであると納得する。
情報を求めて、酒場──とは呼べないくらいの小さなものだとは思うけど──を探す。農村に暮らすものにとって、一番の気晴らしとなるのは、酒を飲むことなのだ。農作業を終えたものは、自家醸造のエールを求めて集まる──必然、情報もそこに集まる。
酒場であろう家をみつけて、中に入る。
民家を、皆が集まりやすいように改装したと思しき店内では、農作業を早めに切りあげたものか、気の早い村民たちが酒を酌み交わしている。彼らの顔は、酒を手にしてもなお明るいとは言い難い。
「旅人さんかい?」
酔いがまわっているものか、他にくらべると多少なりとも陽気な男が声をかけてくる。
「こんな辺鄙なところに、何でまた」
「古城に行こうと思って──」
古城に、と言いかけたあたりで、男は脅えるように目を伏せる。話しかけてきたのはあちらだというのに、慌ただしく、勘定を済ませようと腰をあげる。
「ちょっと──」
待って、と男の肩に触れようとしたところで。
「わるいことは言わん。止めておきなさい」
割って入ったのは、酒場では一番年かさの老人だった。呼びとめようとした男から、大旦那、と声をかけられているところをみると、村長の父親だろうか。
「事情を聞かせてもらえませんか?」
問いかけると、大旦那は重そうに口を開く。
「あの古城は、村のものにとっては大切な信仰の対象でな、御山の城と呼ばれておる」
そちらの方角に古城があるのだろうか。大旦那は、敬うように視線を向けて、祈るような仕草を見せる。
「御山の城は──城の主は、私たちを見守ってくれていると村には伝わっておった。主は寛大で、我らに何を強制するでもない。ただ、見守って、慈しんでおられたのだ」
「そういう方でした」
ぼそり、とフィーリがつぶやく。
大旦那の話を聞くかぎり、古城が呪われているようには思えない。
「だが、今は違う」
言って、大旦那は脅えるように震える。
「数年前から、村のものが、かどわかされるようになってしもうた。若い女ばかり、もう五人も行方不明になっておる。三番目の女がさらわれたときに、村の若い衆が、城の方にのぼっていくあやしげな男を見ておってな。宵闇の頃だというのに灯りも持たず、年頃の女をまるで女童のように軽々と運んでおったそうじゃ」
御山の主は変わってしもうた、と大旦那は嘆息をもらす。
「村の女たちには、外を出歩かんように言いつけておるから、お嬢さんは村の様子に面食らったかもしれんな」
言って、大旦那は苦く笑う。
「私が探してきましょうか?」
「いかん!」
と、大旦那は眼を見開いて声を荒げる。
「お嬢さんは、城に行ってはいかん。女たちを探しに城に行ったものは、誰一人戻らんかった。村のものも、村に立ち寄った冒険者も、誰一人じゃ。以来、城は『呪われた城』と呼ばれておる」
なるほど。それで「呪われた城」というわけか。
私ならば、古城に出向いて戻ってくることもできると思うのだが、はたして目の前の可憐な少女の言を、老人は信じてくれるだろうか──などと不遜な考えをめぐらす私をよそに、大旦那は続ける。
「お嬢さんが気に病むことはない。わしらは、かどわかされた女たちを救うために、名のある狩人を雇ったんじゃ」




