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私たちは、闇の森の中心──魔女の住まうという塔を目指して小道を進み、やがて真なる闇の前にたどりつく。
「わ、ほんとに真っ暗」
つぶやいて、私は眼前の闇を見あげる。私の足先、あるところを境界として、黒い壁のごとき闇がそびえており、その先の世界を包み込んでいるのである。不自然なまでの暗闇は、魔法の力でつくり出したものなのであろう、私の目をもってしても、先を見通すことはできない。
「目の前に広がる闇こそが、闇の森と呼ばれる所以であり、かつ侵入者を寄せつけぬための結界であるとも言われております」
私も見るのは初めてですが、とクウェスは私と同じく闇を見あげながら続ける
「わ、何にも見えない」
どれどれ、と闇に頭を突っ込んだロレッタが──よくもまあ、ためらいもなく突っ込めるものである──不思議そうに続ける。
「こんな闇の中を、どうやって進めばいいの?」
ロレッタの問いに、クウェスは不敵に笑って。
「──ロリス様」
さあ闇をお払いください、と言わんばかりに、主の名を呼ぶ。
「えっと──何だっけ?」
しかし、ロリスは愛らしく首を傾げるばかり。
「ロリス様! 結界を解除する魔法はフローレス家の秘伝ですから、お嬢様しかご存知ないのですよ!」
クウェスは焦りをあらわにするが、ロリスは思案顔でうなるばかりで、秘伝の魔法とやらを思い出す兆しはない。
「それでは、私が──」
と、割って入るように声をあげたのは、フィーリであった。
『──』
フィーリが何やら唱えると、不意に闇は晴れて、目の前には今までと変わらぬ森が広がる。
「フィーリ、闇の結界を解除する魔法なんて知ってたんだ」
「言ったでしょう、件の魔女とは知己であると」
私の言葉に、フィーリは嫌そうに返す。
「みなさん、マリオンから離れないように。マリオンを中心として闇が晴れているように見えているにすぎませんので、遠く離れれば再び闇に呑まれてしまいますよ」
フィーリの言葉に、今にも駆け出そうとしていたロレッタが、慌てて足を止める。
私を先頭として、一行はさらに小道を行く。しばらくすると、小道はいくらか切り拓かれた広場のようなところに出て──そこには、先行する一団であろう、弟子候補の少女たちと、それにつき従う騎士たちとが、休憩をとっている。見れば、少女たちは倒木に腰かけて食事をとり、騎士たちは少女たちに害が及ばぬよう周囲を警戒しているようで──先行する一団は、とっくに魔女の住まう塔までたどりついているものと思い込んでいたのであるが、考えてみれば少女の足にあわせて進まなければならないのであるから、適度に休憩をとるのもやむをえないことであり、結果として追いつくことができたのであろう、と納得する。
「ルヴィアちゃん!」
呼びかけて、ロリスは弟子候補たちのうち、一際背の高い少女に駆け寄る。
「あら、ロリスさん。追いついてくるとは思いませんでしたわ」
「わたしも、ルヴィアちゃんに追いつけるなんて、思ってもみなかったよ!」
つり目の少女──ルヴィアの嫌味たらしい発言にも、ロリスは無邪気に返す。その様を見るに、ロリスの方が一方的にルヴィアを好いているのであろう、と思う。
「あやつらは?」
「他の弟子候補たちです」
黒鉄の問いに、クウェスは小声で答える。なるほど、あれらの弟子候補たる少女たちこそが、ロリスを疎んで置き去りにした張本人たちなのであろう。そうして見てみると、愛らしいはずの少女たちが小憎らしく映るのであるからして、わずかな時間をともにしただけであるというのに、ずいぶんとロリスに肩入れしているものだなあ、と自らの単純さにあきれる。
「あなた方は何ですの?」
と、ルヴィアは、先ほどのクウェスと同様、いぶかしげに問いかける。魔女の弟子になるという明確な目的をもって森に入るものからすれば、私たちはよほど奇妙な闖入者に思えるのであろう。
「儂らも闇の森の魔女に用があっての。同行を許してくれんかの」
黒鉄は目の前の少女の気質を見抜いているようで、下手に願い出る。
「私の邪魔をしないと約束するのならば、よろしくてよ」
ドワーフの懇願に自尊心をくすぐられたのであろうか、ルヴィアは尊大に告げて──私たちは大所帯となって魔女のもとを目指す。
小道は、森の中心に近づくにつれて、さらに細くなり、私たちは縦列となって歩く。一行を先導するように前を行くのは、ルヴィアとその騎士である。私たちは縦列の最後尾を守っており──殿をつとめると言えば聞こえはよいが、決して魔女のもとに一番乗りはさせぬという、ルヴィアの強い意志を感じる配置である。
「先頭、気をつけて」
小道の先にある複数の気配にいち早く気づいて、私は声をあげる。
「何のこと──」
ルヴィアの騎士は、いぶかしげに私に問おうとして──不意に現れたゴーレムの拳を、すんでのところでかわす。次いで、そのゴーレムの後ろから、さらなる泥人形たちが現れて、奴らは私たちを威嚇するように、大きく腕を振りあげる。
騎士たちは前に出て、弟子候補たちは後ろに下がる。殿をつとめる私たちには、出番はないであろうから──さて、お手並み拝見といこうではないか。
騎士たちがゴーレムの行く手を阻み、その隙に弟子候補たちが魔法を唱える。
『──炎よ!』
ルヴィアをはじめとする弟子候補たちは、どうやらゴーレムの弱点を心得ているようで、それぞれに得意とする魔法でゴーレムの額の文字を削り、次々に土くれへと還していく。
なるほど、数を頼りにすれば、ゴーレムを倒すのはそれほど難しくはなく、そのための護衛騎士なのであろう、と思い至り──それゆえに、集団から置き去りにされたロリスたちは、思いのほか苦戦することになったのであろう、と思う。
「あの長ったらしい詠唱は、何て唱えてるの?」
と、弟子候補たちの詠唱を聞いて、ロレッタがフィーリに問いかける。確かに、彼女らは力ある言葉を唱える前に、長々と何かを詠唱しており、私も疑問には思っていたのである。こつこつ、と旅具を叩いて、返答をうながす。
「公用語に訳するならば『大いなる神よ、我が呼び声に応え、その御業を現したまえ』と唱えているのです」
「そんなこと、唱える必要あるの?」
普段のロレッタを見るに、そのようなことを唱えなくても魔法は発動しているのであるからして、わざわざ詠唱を長くして、隙をつくるような真似をする必要があるとは思えない。彼女らは、よほど信心深いのであろうか、とも思ったのであるが。
「あれは──補助語です」
フィーリは続ける。
「補助語は、魔法の発動ではなく、構成を補助する言語です。力ある言葉と補助語を組みあわせて唱えることで、魔法の構成が楽になると思ってもらえればよいでしょう」
魔法を習い始めたばかりの子ども向けのものです、とフィーリは結ぶ。
「なるほど──ということは、補助語なしで魔法を発動できるあたしは優秀ってこと?」
「ええ、相当に」
ロレッタは得意げに胸を張り、フィーリは彼女に素直な賛辞を贈る。
「ちょっと、あんまり褒めないでよ」
と、私は小声でフィーリをとがめる。ロレッタが調子に乗って、よからぬことでも起きたなら──いかにも起きそうではないか──どう責任をとるというのか。
「それが、困ったことに、本当のことなんですよねえ」
言って、フィーリは聞えよがしに、大きな溜息をつく。




