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「私はクウェスと申します。こちらは、私の主であるフローレス家のご令嬢、ロリス様です」
妖精のように愛らしい少女──ロリスは、騎士クウェスの紹介にあわせて、長衣の裾を、ちょん、とつまむ。その仕草のかわいらしいことといったら! 私の口もとは自然ほころび──ロレッタに至っては、普段男どもから向けられるがごとき視線を、彼女自身がロリスに向けているのであるからして、そのかわいさたるや、推して知るべしである。
「魔女の弟子になるとは、いかなることぞ」
黒鉄はロリスに笑顔を向けながら、クウェスに問いかける。
「我が国と闇の森の魔女とは、古に盟約を結んでいるのです」
クウェスは答えて、魔女との因縁について語り出す。
クウェスの語るところによると、北方の小国──ウェネフィクスは、闇の森の魔女より魔法を教わり、その魔法の力をもって周囲の蛮族に対抗しているのだという。魔女はウェネフィクス建国の王に恩があるらしく──とはいえ、その恩については、すでに記録からも失われており、誰一人知るものはいない──その恩に報いるために、百年に一度、魔法使いとなる素養のあるものを弟子として迎え入れているのである。
「その百年に一度の弟子入りが、まさに今というわけか」
黒鉄の言葉に、然り、とクウェスは頷く。
「ロリス様は、もっとも優れた素養を持つ候補者でありまして、それゆえに他のものからは疎まれており、こうして我ら二人のみでの道行となった次第です」
クウェスによると、本来であれば、一人の弟子候補に一人の騎士が護衛につき、候補者たちは一団となって魔女のもとを目指すのが通例であるのだという。ところが、ロリスは他の弟子候補たちから疎まれるあまり──何でも特別にロリスを妬むものがいるらしい──その一団から置き去りにされてしまったのである。魔女の使役するゴーレムは、弟子候補たちと騎士たちとが力をあわせて初めて倒せるほどの力を持っており、ロリスとクウェスだけでは対抗することができず──あわや、というところで、私が助けに入ったというわけである。
「ロリスちゃんは、何歳なの?」
ロレッタは、黒鉄とクウェスのやりとりなど聞いてもいなかった様子で、ロリスの顔をのぞき込むようにして問いかける。
「十歳です!」
答えて、ロリスは両の手を開いて、私たちに見せる。
「かわいい!」
ロレッタはロリスの手を取って、その勢いのままに彼女を抱きしめる。ロリスはロレッタの胸に顔を埋めて、苦しそうにもがくのであるが、ロレッタの腕はその程度では緩まない。やがて、ロリスの腕が力なくだらりと落ちるに至り、ロレッタは慌てて腕を緩めて、少女の無事を確かめる。
「魔女なんかに頼らなくても、あたしが魔法を教えてあげる!」
ロレッタは、ロリスによいところを見せたい一心なのであろう、突然とんでもないことを口にする。
「ほんとですか!?」
「ほんとほんと」
目を輝かせるロリスに、ロレッタは安請け合いをする。
「じゃあ、爆炎の魔法を教えてあげるね」
「わあい!」
「ちょっと待てい」
よりにもよって、何て魔法を教えようとしやがる。
「そんな危ない魔法、こんな小さな娘に教えていいわけないでしょ!」
私は良識をもって、ロレッタをたしなめる。
しかし、ロレッタはあきらめなかった。それならば、と新たな提案を口にする。
「ねえ、マリオン。この娘たち、あたしたちで魔女のところまで送り届けてあげようよ」
ロレッタの提案は、爆炎の魔法を教えるというものよりは、いくらかまともなように思えた。確かに、再びゴーレムに襲われでもすれば、二人だけでは乗り切れぬやもしれぬし──と、思案しながら黒鉄を見やると、どうやらあちらにも否やはないようで──。
「いいんですか!?」
つぶらな瞳を、ぱちぱち、と瞬かせて、ロリスは私たちを上目でみつめる。当然のことながら、ロリスにみつめられて、なお反対できるものなど、誰一人としておらず──末おそろしい少女であるなあ、と私は肩をすくめるのであった。




