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「わあ、わあ、いったいどうなっているんですか!?」
レクスフェルムより北に数日──いつものように皆で焚火を囲んでの野営の折、戯れにとロレッタの披露した奇術に、子どものような声をあげて見入っているのは誰あろう、フィーリであった。
「奇術の種は秘密だよ」
ロレッタはいたずらっぽく笑いながら、自らの手に薄紅色の花を咲かせる。花は芳しく、神秘的な美しさである──が、もちろん魔法によるものではなく、種も仕掛けもある、単なる奇術の類である。父親との旅暮らしの折、旅芸人の真似事をして日銭を稼いでいたこともあるらしく、ロレッタは器用に奇術を操る。
ロレッタの奇術の種は、単純なものであった。おそらくであるが彼女の外套の袖の内側には隠しがあり、そこに仕込んでおいた花をすばやく手のひらに咲かせているのであろう。
私の目であればこそとらえられた仕掛けであるが、客を前にして日銭を稼いでいたというだけのことはあって、奇術を見慣れないもの──特に初めて目にするフィーリのようなものには見破ることができない程度に、ロレッタの腕は精妙であった。
「魔法でないというのが信じられません!」
魔法ではなく、しかしその仕掛けもわからず、フィーリは驚嘆の声をあげる。再三の説明で、奇術が魔法ではないということは理解したようであるが、魔法ではないからこそフィーリには不思議に思えるようで、ロレッタが花を咲かせるたびに、旅具は賛辞を繰り返す。確かに、魔法全盛の時代であれば奇術など発展のしようもないのであろうから、フィーリにとっては魔法よりも奇術の方がめずらしいのであろう、と思う。
「魔法であれば、花を咲かせるのもたやすいのですが、魔法でないとなると、いったいどのように花を咲かせているのか、見当もつきません」
「──お、フィーリ先生、魔法で花を咲かせるのがたやすいのなら、その魔法教えてよ」
フィーリの言葉にロレッタが食いついて──そのくらいの魔法であればかまわないであろう、と私は同意を示すように頷いて、フィーリはロレッタに新たな魔法を教える。
『花よ、咲き誇れ!』
ロレッタが唱えると、周囲には薄紅色の花が咲き乱れて──私たちはその幻想的な光景に、思わず感嘆の声をあげる。ロレッタが手を振るうたびに、新たな花が咲き誇り、やがて視界のすべてが薄紅色に染まって──その美しさたるや、奇術の比ではないと思うのであるが。
「あたしにとっては、こっちの方がすごいんだけどなあ」
と、ロレッタは苦笑しながらつぶやいて──同感である、と私は頷く。
次の日、さらに街道を北上した私たちは、眼前に広がる森の前で立ち尽くしていた。街道はその森に呑み込まれるように埋もれて──そこで消えていたからである。古の魔法によって築きあげられたとされる街道であっても、長い年月が経てば樹々に呑まれてしまうのだから、まったく自然の生命力ときたら凄まじいものであるなあ、と感心する。
「さて──ここが思案どころであろうな。森を行くか、それとも森を迂回するか」
黒鉄は黒々とそびえる森を前にして、おもむろに口を開く。
「北方に抜けるのに、森を行けば数日、森を迂回すれば月が一回りすると聞いておる」
「それなら、森でしょうよ」
黒鉄は思案顔で語るのであるが、それほど日数に差があるのであれば、何も悩むことなどないように思える。
「それを悩む理由があっての」
と、黒鉄は溜息を一つ。
「北方を訪れるものが少ないのは、かの地に蛮族が住まうからだけではない。この森を抜けねば北にたどりつけぬというのも、理由の一つであるという」
「そんなに険しい森なの?」
私の問いに、黒鉄は首を振る。
「いくらか険しいとも聞いておるが、森を抜けるのが困難な理由は、それだけではない」
黒鉄は黒々とそびえる森を仰ぎ見て──重々しく告げる。
「この森はのう、魔女の住まう森──『闇の森』と呼ばれておるんじゃ」




