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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第17話 試練

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7

「崩落せんかったのは奇跡じゃぞ」

 私とロレッタに続いて地表へと顔を出した黒鉄が、安堵の息をつきながらつぶやく。

「久々に活躍できる機会と思っておりましたのに」

 奈落からの脱出に旅具として貢献できなかったからであろう、フィーリはいくらか不満げであるが──ま、そんなことはどうでもよい。


 旅神の矢の穿った穴をのぼってたどりついた地表は、鬱蒼たる樹々に覆われた深い森であった。陽の光を拒むほどの深い森は、しかし私たちの頭上だけはぽっかりと開けており──こちらも旅神の矢が穿ったのかもしれない──やわらかい木漏れ日が射し込んでいる。暖かな陽光を浴びて、ようやく奈落を脱したのであると実感して──私たちは一様にその場にへたり込む。


「これからどうするの」

 ロレッタは誰にともなく、途方に暮れるようにつぶやく。レクスフェルムを目指した旅は、私たちの想像だにしない結末を迎えて、終わりを告げてしまったのであるからして、これからどうするかなど、誰にもわかるものではないのであるが。


「ひとまず北に向かうとしよう」

 と、黒鉄が提案して──その心は、と私は目で問う。

「北方は蛮族の地と呼ばれており、訪れるものも少ない。罪人の逃げる先としては、うってつけであろうよ」

 黒鉄の説明に、なるほど、と頷く。自ら奈落に飛び込んだ黒鉄は、すでに死したと思われているのであろうが、まかり間違ってみつかろうものならば、再び罪人として追われることは必至である。南を──レクスフェルムを経由すれば、みつかる危険をともなうであろうから、遠ざかるように北に向かうのは道理であるように思える。


「北かあ」

 寒そうだなあ、とロレッタは苦い顔でつぶやく。

「何を言う。北は神秘の色濃く残る地ぞ。中原よりも多くの魔法を残しておるとも聞く」

 黒鉄はロレッタを篭絡せんと言葉を重ねて──ロレッタはいくらか乗り気になったようで、ほう、と身を乗り出す。実際のところ、フィーリは必要なときに必要な魔法しか教えてくれないので、彼女の心変わりもわからないではない。


「北を経由して東を目指し、リムステッラに戻るというのはどうであろう」

 言って、黒鉄は許しを請うように私とロレッタ──二人の顔を交互にみつめる。他に当てがあるわけでなし、私とロレッタは顔を見あわせて、仕方なかろう、と頷く。



 黒鉄の提案に従って、私たちは森を抜けて、北に向かう街道に出る。先の黒鉄の言のとおり、北に向かう旅人は誰一人としておらず、なるほど罪人が逃げ隠れるにはうってつけであろう、と思う。しかし、そうなると北は蛮族の地であるだけでなく、無頼の徒の跋扈する危地ということにもなるのであるが。

「ま、いいか」

 それも旅の趣の一つであろう、とフィーリが聞いたなら涙しそうなことを思いながら、私は足取りも軽やかに歩き出す。


 街道は緩やかに下り、山間を抜けて、高原に出る。振り返れば、見あげるのはレクスフェルムの山々──レクスフェルムから離れたことで、逃亡者としての緊張も薄れたのであろうか、私たちの口数も自然と多くなる。


「せっかく魔鉱石をみつけて持ち帰ったのにねえ」

 ロレッタはレクスフェルムでの顛末に納得していないようで、不満げにつぶやいて──そうだねえ、と私も同意を示す。

「黒竜の住処でみつけた魔鉱石なら、弟のところに置いてきたぞ」

 黒鉄は、何でもないようなことのように、軽く告げる。

「いつのまに──」

 と、言いかけて、あ、と声をあげる。リドリとの食事の折、黒鉄がフィーリを手にして部屋を移ったときである。フィーリから魔鉱石を取り出すところをリドリに見られぬように配慮したものとばかり思い込んでいたのであるが、実際にはそうではなく、あのときに隣の部屋に魔鉱石を置いてきたのであろう、と思い至る。


「フィーリから出してしまったからの、熟成にはあと十数年かかるらしいが、ドワーフの寿命を考えれば、待てぬ時ではない」

 黒鉄は淡々と続ける──が、そういう話を聞きたいわけではない。

「何で置いてきたのさ!」

 悲願だったんでしょ、とロレッタは黒鉄に詰め寄る。

「そう、儂の悲願であった──そしてそれは、一族の悲願でもあった」

 黒鉄はロレッタをなだめるように優しく告げる。

「リドリの鍛冶の腕を見た。いつのまにやら、あの頃の儂を凌ぐほどの鍛冶師になっておったよ。あやつの腕であれば、王の求めに応じて、国一番の武器を鍛えるであろうさ」

 その言葉には、弟への恨みなど、微塵も含まれていない。

「それに──儂の方は試練の魔鋼を手に入れたしのう」

 言って、黒鉄は照れ隠しのように、わざとらしくわるい顔をする。


 一族の汚点たるロクルは奈落に放逐されて罰を受け、一方でリドリは黒鉄の残した魔鉱石を魔鋼となし、それを返納することで一族の汚名をそそぎ、やがて国一番の鍛冶師としてその魔鋼を鍛えるに至る──黒鉄は、そう願っているのである。


「黒鉄は、いいお兄ちゃんだね」

「いや──」

 私の言葉に、黒鉄はレクスフェルムの山々を振り返って。


「──わるい兄貴じゃ」

 苦くつぶやいて、北に向き直り──そして、二度と振り返ることはなかった。

「試練」完/次話「魔女」

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[一言] ふふ、悪い兄貴だ 正義に対して別な正義を持ち出すとは
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