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「ロクルよ。申し開きはあるか」
年老いたドワーフのしわがれた声が、円形の広間に響き渡る。
「──ない。しいて言うならば、あの魔鋼で武器をつくれなどとほざいた王に仕えた自らの不明を恥じるのみよ」
減らず口を叩く黒鉄は、広間の中央──すり鉢の底のような場所に、一人立っている。罪人であるというのに鎖にはつながれておらず、不遜な態度で、ふん、と鼻を鳴らして──黒鉄が逃げずにけじめをつけると決めているのだから実際に鎖は必要ないのであるが、罪人が自身の誇りにかけて逃げぬということを裁く側が信ずるというのも、いかにも豪放なドワーフの文化らしい、と思う。
「ロクルよ、変わったように見えても、貴様は変わらんの」
「ノリン翁はずいぶんと年老いたのう。いつのまにやら長老衆の長とは」
返すように言って、黒鉄は自身を高みから見下ろす老ドワーフ──ノリン翁と、彼の周囲に控える長老衆とやらをにらみつけて──そして、その隣で黒鉄を見守る私とロレッタをみつけて、安心させるように豪放に笑ってみせる。
「さて、ロクルよ。王より賜った魔鋼を盗んだ罪は重い。自らがどうなるか、理解しておるな?」
「はようせい」
ノリン翁の問いを遮るようにして、黒鉄は先をうながす。ノリン翁は、そのふてぶてしい態度に深々と溜息をつきながら、おもむろに立ちあがる。
「これより、神判を執り行う」
ノリン翁が高らかに宣言する──と、それを待っていたかのように、数人のドワーフが、闇を握り潰したような漆黒の玉を広間に運び込む。それは私の身の丈ほどもあろうかという巨大な黒玉で、よほど重いものか、剛力のドワーフが数人がかりで押しているというのに、遅々として転がらない。彼らがようやく黒鉄の前まで黒玉を運び終えると、ノリン翁はわざとらしく咳払いをする。
「原初なる炎を司る偉大なる神よ!」
ノリン翁は厳かに唱えて、次いで火神に祭詞を奏上する。その祭詞を読み解くに、ドワーフの神判──別名「魔鋼の試練」は、神意をもって罪人を裁く、古よりの儀式であるらしく──いかなる刃も通さぬという魔鋼の玉を斬ることができたのならば、それはまぎれもない奇跡であり、火神によってそのものの行いが正しかったと証明されたに等しい、ということになるようである。
「試練を乗り越えれば、無罪──しかし、乗り越えられなければ、あの扉の向こうに放逐されることになる」
「──試練を乗り越えたものは、古来より誰一人としておらぬがの」
と、黒鉄がノリン翁の語りに水を差す。神判と言えば聞こえはよいが、実際のところは死罪と同義のようである。ノリン翁の指し示す扉の向こうには、死に等しい何かが待ち受けているのであろう。
黒鉄の業前と巨人の斧をもってすれば、魔鋼の玉を斬ることができるのであろうか。それとも、斬ることあたわず、機を見て逃げるなり、何らかの心づもりがあるのであろうか。そのどちらであったとしてもすぐに動けるように、私は心構えをして、黒鉄の一挙手一投足に注目する。
「ロクルよ、前へ」
ノリン翁にうながされて、黒鉄は巨人の斧を手にして、魔鋼の玉の前に歩み出る。斧を構えて、大きく息を吸って──広間は静まり返り、黒鉄の長い呼吸音だけがその静寂に浸透する。
「──参る!」
吠えて、黒鉄は巨人の斧をまるで棍でも扱うかのように振りまわして──十分に勢いをつけたところで、必殺の一撃を振りおろす。
斧は凄まじい音をたてて魔鋼の玉とぶつかり──そしてたやすく弾かれる。
そうなることはわかっていたのであろう、黒鉄は溜息をつきながら、苦い顔で魔鋼の玉を見やる。その宝石のごとくに輝く黒玉には、傷の一つさえついていない。
「ロクルよ──あきらめい」
ノリン翁は初めから奇跡が起こるとは思っていなかったのであろう、諭すように黒鉄に語りかける。しかし──黒鉄はあきらめることを是とするような男ではない。
「代理人をたてる」
「──代理人とな?」
ノリン翁は、突然の黒鉄の申し出に、間の抜けた顔で問い返す。
「魔鋼の試練は、罪人とその血族による挑戦しか許されておらん。貴様の代わりに、弟のリドリが挑戦するとでも言うのか?」
ノリン翁の疑問ももっともであろう、と頷く。黒鉄の弟リドリは、裁判に立ち会ってさえいないのであるからして、代理人になどなりえようはずもない。
「いや──」
黒鉄は首を振りながら、私たちを見やる。
「挑戦するのは、儂の──娘じゃ」
にやり、と笑って、黒鉄はロレッタに手招きする。まさか指名を受けるとは思ってもいなかったのであろう、ロレッタは何度も自らの顔を指差して、首を傾げながら立ちあがって、呼ばれるままに階段を下りて、黒鉄に近寄る。
「なるほど」
つぶやいて、私は血讐の折の届出を思い起こす。黒鉄はティオの義父であり、ロレッタはティオの妻である。つまるところ、黒鉄はロレッタの義父であるわけで、ドワーフの法に照らしあわせても、ロレッタの挑戦に否やはあるまい。
「き、貴様──まさか、長耳とまぐわったのか!?」
しかし、返ってきたのは、驚愕に目を見開いたノリン翁の邪推であった。
「何と汚らわしい!」
「畜生の所業じゃあ!」
長老衆はノリン翁に続くように口々に黒鉄を罵り始める。
「まぐわっとらん!」
誰が畜生か、と黒鉄は怒鳴り返しながら続ける。
「義理の、義理の娘じゃ!」
黒鉄は叫ぶが、その主張に耳を貸すものは誰もいない。
「ほれ、リムステッラの巡察使殿が、ちゃんと証明してくれるわい」
話を振られて、私はフィーリから婚姻の届けと養子の届けを取り出して、長老衆に渡す。届けはリムステッラの貴族の承認を得た正式なものであるからして、長老衆は渋々といった様子で、ロレッタが黒鉄の義理の娘であることを認める。
「義理の娘といっても、長耳であろう」
「ドワーフの剛腕で斬れぬものが、長耳の細腕で斬れるわけはあるまい」
ロレッタが試練に挑戦すること自体は認めた長老衆であるが、彼女がよそもの──しかもエルフであることについては、たいそう気に入らないようで、あれやこれやと文句を並べる。
「──儂の友を侮辱することは許さんぞ」
つぶやいて、黒鉄は尋常ならざる怒気を放つ。それは、これまでの旅路において、数々の強敵に放ったものと同種のものであり、いかなドワーフの長老衆といえど、まともに受け止めることなどできようはずもなく、皆一様に震えあがるようにして口をつぐむ。
「いいっていいって、気にしないで。あれを斬ればいいだけなんでしょ」
今から試練に挑戦するとは思えぬほどに気楽に言って、ロレッタは赤剣を鞘から抜いて、魔鋼の玉の前に歩み出る。黒鉄の挑戦の際とは異なり、彼女には何の気負いも見られない。
「よい──しょっと」
ロレッタは無造作に赤剣を振りおろし──いともたやすく魔鋼の玉を両断する。わかたれた魔鋼は、それぞれの球面を下にして、ゆらん、またゆらん、と揺れる。
目の前の光景が信じられないのであろう、あんぐりと口を開いて呆ける長老衆をよそに──いち早く動き出したのは黒鉄であった。
「マリオン、魔鋼を拾ってフィーリに!」
黒鉄の指示に、私は慌てて魔鋼を拾いあげ──ることはできぬくらいに巨大であるので、フィーリの方をかざして、旅具の中に取り込む。
「二人とも、ついてこい!」
言って、黒鉄は駆け出す。
「おい! 貴様、まさか──」
我に返ったノリン翁が驚愕の声をあげて──そのまさかであった。黒鉄は罪人を放逐するという扉に手をかけて、振り向いて長老衆を見やる。
「はっはぁ! 爺ども! さらばじゃ!」
言い捨てて、黒鉄は私たちを連れて扉を開いて、その奥の闇に飛び込む。




