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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第17話 試練

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3

 私たちは、ドワーフの衛兵に連れられて、蟻塚のごとき岩壁の坑道のうち、もっとも巨大なそれに足を踏み入れる。


「わあ!」

 声をあげたのはロレッタであった。それもそのはず、眼前の光景を目にすれば、誰しも声をあげるか──もしくは、私のように言葉を失うかのどちらかであろう。


 坑道は、坑道と呼ぶのがはばかられるほどに巨大で、かつ荘厳であった。巨人でも歩けそうなほどに高い天井は、優美な細工の施された列柱で支えられており、まるで神殿のように厳かに私たちを迎える。

 列柱の間を抜けると眼前が開けて、目の前には壮大な地下都市が広がる。それはとても山の中とは思えぬ光景で、いったいどれほど掘ればこれほどの都市を築けるのであろうか、と私は感心するよりも先にあきれてしまう。


「──」

 私の隣を行くロレッタは、今度は声もなく地下都市に見惚れている。彼女の視線を追うように頭上を見あげると、いずこからか木漏れ日のような光が射しており、やわらかに周囲を照らしていることに気づく。光の出どころを探すと、どうやら鏡を用いて外から光を取り込んでいるようで──私は、眼前に広がる地下都市こそが、ドワーフの英知の結晶たるレクスフェルムなのである、と悟る。


「汝らを罪に問うつもりはない。ロクルの裁きを終えたら解放するゆえ、それまではおとなしくしておれい」

 ドワーフの衛兵の一人が、私とロレッタを安心させるように告げる。二人ともうら若き乙女であるからして──ロレッタの方はさだかではないが──衛兵の気遣いもわからないではないのであるが、私の興味はそこにはなかった。

「裁きには立ち会えるの?」

「──汝らが望むならばな」

 私の問いに、衛兵はいくらか面食らったように瞬きながら返す。それならばよい。それならば──いざとなればどうとでもなろう、と安堵して、私はおとなしく衛兵の後に続く。



 私たちは、共謀して脱獄の計画などたてぬようにということであろうか、それぞれ別の牢獄に入れられる。


 私の牢獄には、私の他には誰も入ってはいなかった。それどころか、このところ使われた形跡もなく、ゆえにそれほど汚れてもおらず──人間の少女だからと気を遣われたのかもしれぬ、と苦笑いしながら、床に腰をおろす。

 向かいの牢獄を見やると、そちらには先客がいるようで、赤ら顔のドワーフが横たわり、周囲に響き渡るほどのいびきをかいている。目もとの青あざからするに、酔っ払って喧嘩でもしたのであろう。何とも平穏な牢獄である。


「マリオン」

 しばし待つと、誰かが耳もとで私の名をささやく。私は自らの耳もとを探り、不可視の糸を手に取って、独り言でもつぶやくように話し始める。

「遅いよ」

「仕方ないじゃない。結構広いんだよ、ここ」

 その声は、魔法の糸で私の牢獄を探しあてたロレッタのものである。それぞれ異なる牢獄に入れられたとて、私たちにとっては何ということはない。


「黒鉄は?」

「このあたりにはいないんだよね。あたしたちとは離れたところに捕らえられてるんじゃないかなあ」

 ロレッタの見解に、なるほど、とつぶやいて。

「引き続き、よろしく」

「あいよ」

 心得たもので、それだけでロレッタは黒鉄の探索に戻る。


「逃げないのですか?」

 と、胸もとのフィーリが不思議そうに問いかける。おそらく私たちの誰もが、それぞれの力だけで牢獄を脱することができるであろうから、フィーリの疑問ももっともであろう、と思う。

「逃げない──今はまだ」

 自分に言い聞かせるように、そう返す。

「そもそも、リドリの家で衛兵に取り囲まれたとき、私たちであれば、逃げようと思えば逃げられたんだよ」

 私は捕縛されたときのことを思い起こしながら続ける。

「でも、黒鉄は捕まることを選んだ──何か考えがあるんだと思う」

「そういうものですか」

 フィーリはそうした人情の機微には疎いようで、いまいち納得がいかない様子でつぶやく。


「マリオン、みつけたよ!」

 しばらくすると、耳もとで再びロレッタの声が響き──次いで、めずらしく力のない黒鉄の声が続く。

「──儂のせいで迷惑をかけて、すまぬ」

「気にしないで」

 糸越しになぐさめてみるが、黒鉄の反応は鈍い。

「それよりも、どうやって逃げ出すつもりなの?」

「儂は──逃げぬ」

 私の問いに、黒鉄は短く答える。その決意を聞いて、やはり、と私は溜息をつく。あるいはそういう心づもりなのではないかと思っていたのである。


「リドリに言われて、儂はずっと認めたくなかったことを、ようやく認めた──儂は弟を裏切ったんじゃ」

 黒鉄は自らの葛藤を吐き出すように語り出す。

「国の秘蔵する魔鋼は、儂の祖先がみつけた魔鉱石から精製したものじゃった。だからかのう、儂は心のどこかで、魔鋼を鍛える権利は儂にこそあると思っておった」

 語る内容とは裏腹に、黒鉄の声音からは、自らを類稀なる鍛冶師と称する尊大さの欠片も感じられない。

「儂以外の凡百の鍛冶師には、魔鋼を鍛える腕もなし。儂だけが魔鋼を扱う権利と実力とを兼ね備えておるのだと信じきっておった。当時の儂は、どうしようもないほどにうぬぼれておったんじゃろう」

 黒鉄は自嘲するように笑う。

「そして、家族を顧みることなく、儂は自らの望むままに魔鋼を鍛えて──命惜しさに逃げ出したというわけじゃ」

「黒鉄──」

 黒鉄の思わぬ感情の吐露に、ロレッタは驚き、そして慰撫するようにその名を呼ぶ。


「新たな魔鉱石を得て、それを魔鋼となして国に持ち帰れば、罪を償えると思っておった──しかし、そんなことでは弟を裏切った罪は償えんのだ」

 ようやく悟ったよ、と黒鉄はいくらか晴れやかに続ける。


「儂は──儂なりのけじめをつけなければならん」

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