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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第17話 試練

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2

 鍾乳洞を抜けると──そこはそびえたつような岩壁に四方を囲まれた都市であった。


 私は岩壁を見あげながら、何とも奇怪な土地に街を築いたものであるなあ、と首を傾げる。すり鉢のような谷底に暮らすのでは、何をするにしても不便であろうに──やはりドワーフの生態は不思議なものである、と思う。


「以前よりも、だいぶん山を喰らっておるのう」

 何気なくつぶやいたであろう黒鉄の言葉に、私は再び岩壁に目を向けて──そしてようやく理解する。

 岩壁には、まるで蟻塚のように、いたるところに穴があいており、そこに出入りするドワーフの様を見るに、その一つひとつが坑道であろうことがうかがえる。つまり、この地は自然のものではなく、文字どおりドワーフたちが山を喰らうように掘り続けた結果として形づくられた、人工の谷なのである。


「よくもまあ、こんなに掘ったもんだねえ」

 私があきれるようにつぶやくと。

「ようこそ、我が故郷──レクスフェルムへ」

 黒鉄は誇らしげに告げる。



 私たちは黒鉄に先導されながら、彼の生家とやらを目指す。


 黒鉄は腹をくくったものか、それとも故郷の懐かしさゆえか、自らが大罪人であることも忘れたかのように、嬉々として街について語る。

「この街はレクスフェルムの西端に位置しておっての、国では単に『西』とか『西鉱』とか呼ばれておる」

 黒鉄の言に、西鉱──西の鉱山とは言い得て妙であるなあ、と頷く。山を喰らって──山から石を切り出して築かれた街は、ドワーフらしい武骨な、しかしその細部には洗練された浮き彫りが細工された、石造りの鉱山都市であった。


「もしかして、このあたりって、みんな鍛冶屋なの?」

 鈍色の石の街を行きながら、あちらこちらから響く槌を振るう音に、ロレッタはあきれ顔で黒鉄に問いかける。

「ドワーフは皆、何かしらつくっておる──が、西鉱はよい鉄が出るのでの、鍛冶師は特に多い」

 黒鉄の答えに、へえ、と頷きながら、私たちは石畳の通りに出る。目抜き通りと思しき大通りは、意外なことにドワーフよりも人間の往来の方が多い。


「買いつけにきておるのであろう。ドワーフの品は高く売れるからの」

 黒鉄の言うとおり、人間──おそらく商人たちは、工房のドワーフと商談を進めているらしく、通りは活況を呈している。交渉には向かぬであろうドワーフを相手に──黒鉄を見ていれば、その種族的な頑固さも知れようというもの──意外にも商人たちは善戦しているようで、わざわざレクスフェルムまでドワーフ製の品々を仕入れにくることができるからには、それなりに名の知れた商会の所属なのであろう、と思う。


 彼らの熱のこもった商談を耳にしていると、何だか私までドワーフ製のものがほしくなってしまって、歩みを緩めて、工房に展示された品々を眺める。武骨な、しかし業物であろう武具から、ドワーフの太い指でつくられたとは到底思えぬほどの繊細な細工を施された装身具まで、どれもこれも、見ているだけで心が躍る。ロレッタに至っては、心を躍らせるだけでは足らず、足を止めてじっくりと装身具を眺め入ってしまって。

「ほれ、はようついてこい」

 黒鉄に急かされて、私たちは、はあい、と返して──工房の品々に後ろ髪を引かれながら、渋々と再び歩き出す。


 黒鉄は、人の群れをかきわけるように進んで、やがて通りの突きあたりの、とある鍛冶屋の前で足を止める。

「ここじゃ」

 つぶやいて、黒鉄は尻込みする私たちをよそに、勝手知ったる顔でずんずんと鍛冶場に踏み入る。

「おう! 戻ったぞ!」

 そして、久方ぶりの帰宅であろうに、ちょっとそこまで出かけていたというような体で軽く呼びかける。


 その声に、鍛冶場で槌を振るっていたドワーフが、おもむろに振り向く。黒鉄よりも小柄な、しかし黒鉄に負けぬくらいにたくましいそのドワーフは、槌を取り落とし、驚きに目を見開く。

 正直なところ、私にはドワーフの見分けはつかないのであるが、それでも黒鉄と彼の目もとが似ていることくらいは見てとれて──思わず息をのむ。


「──兄貴」

 ドワーフは、私の想像を裏づけるように、小さくつぶやく。



「まさか、兄貴に友ができようとは──」

 しかも人間とエルフの友とは、と黒鉄の弟──リドリは声をあげて笑う。それは、黒鉄の豪放なものとは違って、いくらか落ち着いた笑い声であり、兄弟とはいっても似ているのは顔だけなのだなあ、と私はしみじみと頷きながら、供された晩餐に舌鼓を打つ。


 リドリは黒鉄に似ず、料理が上手なようであった。

 獣の挽肉を丸めて、何やら香草を混ぜ込んだ肉団子は、噛みしめるほどに口内で肉汁があふれ出て──その野性味あふれる味わいといったら! 口に運ぶ手は止まらず、私は山と積まれた肉団子を、次々と胃に放り込む。肉団子の上にかけられた調味料──調理する際に出た肉汁を用いたと思しきそれも絶品であり、なるほど、この料理は酒にあう立派なドワーフ料理であろうな、と思う

 黒鉄の適当な料理は、種族的なものというわけではなく、単に黒鉄が無精なのであるとわかって、私は思わず笑みをこぼす。


「黒鉄って──ロクルって友だちいないの?」

「黒鉄でよい」

 リドリに黒鉄の本名を聞いて以来、ロレッタはからかうように何度もその名を呼んで、そのたびに黒鉄は苦い顔でつぶやきながら故郷の酒をあおる。

「兄貴は鍛冶が友のようなものであったからな。俺は鍛冶をする兄貴しか知らんから、友がおったかどうかも知らん」

「おい、リドリ。余計なことは言うでない」

「本当のことだ」

 黒鉄の制止もどこ吹く風、リドリは飄々と返す。

「黒鉄、友だちいないんだあ」

「国を出てからは、たくさん友ができておる!」

 ロレッタは再びからかうように言って──黒鉄も無視でもすればよいものを、そんな反応を返すからこそ、ロレッタが喜んで繰り返すというのに。


「ねえねえ、国を出る前の黒鉄は、どんなふうだったの?」

 よせ、止めろ、と制止する黒鉄から逃れながら──こんなときばかりよい動きをする──ロレッタはリドリに問いかける。

「兄貴は──すでに知っていると思うが──類稀なる鍛冶師でな」

 と、リドリはどこかで聞いたことのあるような語り出しで口を開く。

「兄貴はその優れた業前ゆえに、他のものを寄せつけぬ孤高の鍛冶師だった。俺の憧れだったよ」

 リドリは懐かしむように遠い目で続ける。


 リドリの語るロクルは、鍛冶一筋の男であった。

 両親を早くに亡くして、幼い弟と二人で生きていくために鍛冶に没頭したロクルは、その一途さゆえに、周囲とぶつかることも──もちろん物理的にぶつかるのである──多かったという。ドワーフは鍛冶に妥協を許さぬというが、ロクルの基準は他の誰よりも厳しかったというから、彼には他のものの仕事が妥協しているように思えたのかもしれない。

 皆から煙たがられていたロクルであったが、やがて鍛冶の業前だけは誰もが認めるところとなり、周囲からの尊敬を勝ち得た。リドリは、皆から一目おかれるロクルを誇りに思い──そして、彼を己の目標とするようになったのである。


 リドリの語るロクルの人物像は、私の知る黒鉄とはずいぶん異なっているようであった。話に聞くロクルには、困っている人を捨ておけない心優しいドワーフという印象はなく──黒鉄は、今と昔とでは、ずいぶん変わったのであろうな、と感想を抱く。


「それにしても、兄貴はどうして帰ってきたんだ?」

「見せたいものがあるからよ」

 ようやく本題に入って問うリドリに、黒鉄はいつものように豪放に笑いながら返す。

「マリオン、フィーリを貸してくれい」

 言われるがままに、私は黒鉄にフィーリを渡す

「ちょっと待っておれい」

 と、黒鉄は旅具を手に、隣の部屋に移る。フィーリから魔鉱石を取り出すところをリドリに見られぬように、という配慮であろうか。今さら誰かに見られることなど気にもしていないのであるが、思慮深いところもあるものだな、と私は黒鉄を見直す。


 やがて、黒鉄は熟成途中の魔鉱石を手にして、食卓に戻る。

「ついに──魔鉱石を得たんじゃ」

 言って、黒鉄は皿を脇に寄せて、食卓の真ん中に魔鉱石を置く。それはいつぞや見たよりも黒々と輝いており、なるほどフィーリの中で熟成したのであろうなと思わせる。

「いささか熟成は足りぬが、確かに魔鉱石のようだな。これならば、いずれ魔鋼を精製するに足る魔鉱石となるであろう」

 リドリは魔鉱石を手に取って、ほう、と溜息をつく。


「やはり兄貴には敵わないな。まさか本当に魔鉱石を得て戻るとは」

 魔鉱石を手に、リドリは敬意の眼差しで黒鉄を見やり。

「でも──遅すぎたよ」

 そして、悲しそうにつぶやいて、魔鉱石を食卓に戻す。


「──黒鉄」

 外に大勢の気配を感じて、黒鉄に注意をうながす。

「わかっておる」

「何が?」

 わかっていないのはロレッタばかり。そうして話している間にも、鍛冶屋は大勢の気配に取り囲まれつつある。


「裏切りおったのか」

 黒鉄はリドリをにらみつける──と同時に、鍛冶屋にドワーフの衛兵がなだれ込む。衛兵は瞬く間に──鈍重なドワーフの割に!──食卓を取り囲み、手にした斧槍の穂先を、いっせいに私たちに向ける。


「先に裏切ったのは──兄貴だよ」

「そうか──そうじゃの」

 リドリの言葉に、黒鉄はうなだれるようにして答えて。


「ロクルよ。観念するがよい」

 ドワーフの衛兵の先頭──黒鉄にも劣らぬほどの屈強な戦士が告げて、私たちは鎖につながれる。

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