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「儂、故郷では大罪人ということになっておるからのう」
言ってなかったかのう、と黒鉄は世間話でもするかのように続ける。
「はあ?」
と、声を荒げて、山間の街道を行く足を止めたのはロレッタである。
「そういう大事なことは、旅立つ前に言いなさいよ!」
彼女は黒鉄の肩をつかんで、前後に揺すりながら責めたてる。
ロレッタの憤慨ももっともであろう、と思う。目指すドワーフの国──レクスフェルムは目と鼻の先なのである。ここまでたどりついておきながら、入国することができぬとなれば、彼女が怒るのも無理はない。
「それで──どうすんのよ?」
と、ロレッタは黒鉄を揺する手を止めて問い詰める。
「真正面からは入国できないにしても、何か当てはあるんでしょ?」
続くロレッタの問いに、確かに当てはあるのであろう、と私も黒鉄を見やる。そうでなければ、一向に焦る気配のない黒鉄の態度の説明がつかない。
黒鉄はロレッタの問いに答える代わりに、ふん、と鼻を鳴らす。
「まあ──任せておけい」
黒鉄に先導されるまま、私たちは街道を外れて、山を下る。山は、レクスフェルムに近づくにつれて緑を薄めて、今やその荒々しい岩肌をあらわにしている。転んで怪我でもされては困るから、と私は足もとのおぼつかないロレッタに手を貸しながら、黒鉄の背中に声をかける。
「黒鉄の犯した罪っていうのは、以前に魔鋼を探し求めていたことと関係があるの?」
「──鋭いのう」
私の問いに、黒鉄は振り返りながら答える。
「原因はな──この盾よ」
言って、黒鉄は背負っている魔鋼の盾を、こつん、と叩いて──いくらか歩みを緩めて語り出す。
「儂は──すでに知っておると思うが──類稀なる鍛冶師であった」
「はいはい」
ロレッタのぞんざいな合いの手を聞き流しながら、黒鉄は続ける。
「国で一番の業前と認められた儂は、王より国の秘蔵する魔鋼で武器をつくることを命じられたんじゃ。それがどれほどの栄誉か、ぬしらには想像もつくまいよ」
黒鉄は、いかに自らが優れた鍛冶師であったかを滔々と語り続けて──私とロレッタが、いつまで続くのかと辟易しかけたところで、こう結ぶ。
「そうして鍛えたのが──この盾というわけじゃ」
「ちょっと待てい」
黒鉄の言葉に、私はたまらず声をあげる。なぜに武器づくりを命じられて盾をつくるのか──いや、そもそも、なぜに王の命でつくりあげた盾が今ここにあるのか。国の秘蔵する魔鋼を用いてつくりあげたものがここにあるのであるからして、確かに黒鉄は大罪人であろう、と私は確信する。
「何で武器をつくるよう命じられて、盾をつくったのさ」
あきれる私をよそに、ロレッタはのんきに問いかける。
「仕方ないじゃろう。魔鋼自身が盾にすべしと語りかけてきたんじゃからのう」
黒鉄は胸を張って答える。優れた鍛冶師には、鍛造の前に完成の姿が見えているというが、何も王の命に背いてまで魔鋼の声に従わなくてもよいのではないかと思うのであるが。
「そんなことで大罪人になるんだねえ」
「魔鋼の価値を知らんから、そのようなことが言えるんじゃ」
黒鉄はロレッタの無知をとがめるように鼻を鳴らす──が、黒鉄自身、魔鋼の価値を知っていながら持ち逃げしたと自白しているに等しいことに、はたして気づいているのであろうか。
「それで、大罪人になって、それからどうしたの?」
「儂は──逃げた」
続きをうながす私に、黒鉄は短く答える。
「当時は何も間違ったことはしておらんと信じておったから、逃げ出すことを後ろめたいとさえ思わんかった」
「今は違うの?」
黒鉄の声に後悔の色を認めて、私は問いかける。
「盾にすべきであったという考えに変わりはない──が、もう少しやりようはあったかもしれん、と思う」
黒鉄は何かを悔いているのであろう──そう思いつつも、彼の心のかさぶたに触れるのはためらわれて、あえては問わず、私は無言のまま黒鉄の背中に続く。
「逃げた儂は、当然のことながら追われた。追手は歴戦のドワーフ、対する儂には今ほどの武勇はなかった──ゆえに、儂は一計を案じた」
言って、黒鉄は足を止める。
「歴戦のドワーフであっても追うことをためらう場所に逃げ込んで──そうして、命からがら、この場に流れ着いたというわけじゃ」
見れば、いつのまにやら私たちは、涼やかな渓流にたどりついている。黒鉄の視線を追って上流を見やると、渓流は山脈を穿つ洞窟──鍾乳洞であろうか──から流れ出でている。
「ドワーフには水練が苦手なものが多くての。地底を流れるという川からであれば、追手を振り切って逃げることができると考えたんじゃが──」
黒鉄の苦い顔を見るに、鍾乳洞から国を抜け出さんとして、足でもすべらせて川で溺れたのであろう。鋼のごとき黒鉄の肉体を思えば、水にも浮かぬは道理であろうから、生きてここまで流れ着いたのは、よほど運がよかったのであろう、と思う。
「もしかして、鍾乳洞からレクスフェルムに入るつもりなの?」
黒鉄の意図を察して──私だけならともかく、黒鉄やロレッタは鍾乳洞で足をすべらせて川に落ち、そのまま下流に流れ着くという運命をたどるのではないか、と一抹の不安を覚えながら尋ねる。
「ロレッタよ、ぬしの魔法なら、何とかなるじゃろう?」
黒鉄は私の不安を笑い飛ばしながらロレッタに尋ねて──その言葉に、私は西風の財宝を探し求めたときのことを思い起こす。確かに、ロレッタの魔法であれば、足などすべらせようもない。
『羽のごとくあれ!』
ロレッタの力ある言葉で、私たちは羽のごとく水面を行き──暗い鍾乳洞に足を踏み入れる。




