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『貫け!』
命ずると、放たれた矢は光りをまとって、さながら彗星のように飛び──渓谷に架かる橋を打ち砕く。橋は粉々に砕かれて、その部材は遥か下方の谷川に沈む。
「橋がなければ、大軍で攻め入ることもできまい」
黒鉄は満足そうに頷いて、ふん、と鼻を鳴らす。
私たちが魔将を打ち破って戻ると、戦いは終わっていた。聖堂騎士の大半はエルラフィデス本国に逃げ帰り、わずかにダヴィアに残ったものも、司教が捕らわれの身となったことを知ると恭順の意を示して──戦いは解放軍の勝利で終わったのである。
「勝ったのだな」
つぶやいて、マリナは渓谷を背にして、眼下に広がるダヴィアの地を見渡す。
「今でも、まだ信じられぬ」
マリナは瞳を潤ませて──そして、泣いていることを悟られまいとするように、私たちから視線をそらして、小さく鼻をしゅんと鳴らす。
「しばらくは渓谷に見張りを置くのがよかろう」
「そう心がけよう──とはいえ、我らの協力がなければ、再び橋を架けることもままなるまいから、攻め込まれる心配もないだろうとは思うのだがな」
黒鉄の提案に頷きながら、マリナは続ける。
「でも、聖鉱石って貴重なんでしょ。何としてでも奪い取ってやるって、渓谷を避けて、ものすごい遠まわりをして攻め込んでくるかもよ」
ロレッタは二人の会話に割って入って、不吉なことを言う──が、マリナは、そんなことにはなるまい、とかぶりを振って続ける。
「男たちに聞くところによると、彼らを救出した頃には、聖鉱石はすでに枯渇寸前だったようでな。エルラフィデス側にも事情を知るものはおろうから、無理をする理由にはなるまいよ」
「でも──それでも、もしも攻めてきたら?」
「そのときは──民を連れて逃げるとするさ」
心配性のロレッタに、マリナはからからと笑って、迷いなく答える。ようやく取り戻した故郷たるダヴィアの地──それを失ったとしても、民さえいればよいとは、なかなかに言えるものではない。いつぞや解放軍の女が言っていたとおり、マリナは案外よい指導者になるのではないか、と思う。
「さて、と」
つぶやいて、マリナはおもむろに剣を抜いて、その刃を自らの髪の結び目にあてる。
「あ」
と、私は声をあげるが、マリナは止める間もなく、ばっさりと髪を落として──手にした髪を、そのまま無造作に放る。彼女の亜麻色の髪は、渓谷からの風に乗って飛び、暖かな陽射しを受けて、まるで宝石のようにきらめきながら、ダヴィアの地に散っていく。
「願をかけておったのだ。ダヴィアを取り戻すまでは髪を切らぬとな」
その髪を切ることで、ようやく肩の荷をおろすことができたのであろうか、マリナはいつもよりも幼く笑う。
「そんな武張った物言いは、もうやめてもいいんじゃない」
いまだに肩肘を張るマリナに、私はからかうように語りかける。
「──似合っておらなんだか?」
「まったく」
「そんなに?」
自信あったのになあ、とマリナは頬をふくらませて拗ねてみせる。そこには年相応の娘の笑顔が──そして、ダヴィアの未来があった。
意外なことに、その後もダヴィアの地から信仰の灯火が消えることはなかったという。彼らは原初の神に祈り、日々の糧に感謝を捧げて、平穏に暮らした。後年、ダヴィアの地を奪還した乙女が聖人に叙されたというのであるが──寡聞にして、私はその名を知らない。
「反乱」完/次話「試練」
ファイナルファンタジーⅡ「反乱軍のテーマ」を聴きながら。




