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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第3話 迷宮

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6

 扉を開くと──眼前に黄昏の世界が広がっていた。


 迷宮を抜けた先は開けた高台になっていて、眼下を一望することができた。

 とても地下とは思えぬ広大な空間に、見渡すかぎりの石造りの都市が続いている。空──いや、天井を見あげると、岩肌が薄く光を発しているのがわかる。発光の原理は判然としないが、それが夕暮れの空を思わせる、どこか懐かしいような情景をつくり出していた。


 高台から都市へと向かう階段を下りる。階段は都市を貫く石畳の街路へと続いている。街路の両側には、石造りの住居と、それぞれの門前に細長い柱が、整然と並んでいる。柱の先端は、ぼう、と光り、灯火のように薄暮を照らして、幻想的に世界を彩っている。


 街路は、真っすぐに宮殿まで続いている。見れば、街並みからのぞく白亜の宮殿は夕暮れに染まり、まるで黄昏の世界の主であるかのように、私たちを睥睨している。

「美しいでしょう」

 言葉もなく見惚れる我々に向けて、心なしか誇らしそうに、フィーリが解説を始める。

「光源のない地下空間を照らすために、発光する特殊な苔を岩肌に着生させています。街の建材とされている石は、その光を増幅する性質をそなえており、永遠の黄昏をつくり出しているのです。これが──」

 と、自らの言葉が私たちに浸透するのを待って、仰々しく続ける。

「──かつて、眠らない街、黄昏の街と謳われた、地下都市ウェルダラムです」


 階段を下りて、街路を進む。

「植物の浸食を見るに、都市を管理するものがいないのは確かなようですね」

 もしかしたらウェルダラムの民に出会えるのかもしれないと期待していたのだが、フィーリの言葉のとおり、都市には誰もいない。私たちの足音だけが響き、浸透し、やがてそれも静寂にとけていく。粛然たる夕景は、幼い頃に一人村外れまで家路を急いだような、そんな孤独と郷愁を抱かせる。


「宮殿に、都市を一望できる塔があります。そこを目指しましょう」

 街路の先に目をやると、宮殿の両端には、天井を突かんばかりの尖塔がそびえたっている。あれをのぼるとなると大変ではあろうが、さぞ眺めがよいことだろう。



 白亜の宮殿に足を踏み入れると、世界を染める黄昏も宮殿の中までは届かぬようで、白く澄んだ佇まいが我々を出迎える。何の変哲もないはずの白が、黄昏と対照的で美しい。

 宮殿の調度は、埃こそかぶっているものの、随所に精巧なつくりが見てとれる。埃を払えば、おそらく端々にあしらわれた宝石も顔を出すことだろう。宮殿を歩くだけで、ウェルダラムが豊かな都市であったことがうかがえる。


「宝物庫なんかはないのかの?」

 宮殿の豪奢な様子に心奪われたものか、黒鉄が邪な考えを抱く。

「あると思います」

 まったく興味のない様子で、フィーリが返す。寄り道をする気はないらしい。

 とはいえ、古代の都市の宝物庫である。本音を言えば、私も少しくらいは見てみたい。

「旅に役立つものもあるかもよ」

 ささやくように、旅具の心をくすぐる。


 ようは、旅に関わることでありさえすれば、旅具は一考の余地ありと判断してくれるのだ。あとは、その心をくすぐり続けるのみである。あれやこれやと手練手管を弄すると、やがて渋々といった様子で、フィーリは宝物庫に寄り道することを聞き入れる。


「仕方ないですね」

「では、案内を頼む」

 ようやく折れた旅具に向けて、黒鉄はふてぶてしく告げる。



 黒鉄の強い要望により、先に宝物庫を訪れる。

 宝物庫の扉は、鍵穴もないのに固く閉ざされており、押しても引いても開く気配はない。

『──』

 フィーリが古代語で何やら唱えると、扉は求めに応じるように開く。

「先に言ってよ」

 扉を押したり引いたりしていた我々が愚かもののようではないか。


 宝物庫の中は、きらびやかではあるが、どこか雑然としていた。財宝に興味のない旅具からすれば、ただの倉庫のように思えるのも仕方がないのかもしれない。

 財物に囲まれた細い通路を、身を小さくして進む。

「弓はあるかな」

「その弓よりよい弓なんてありませんよ」

 それなら仕方がない。


 弓以外に何かよいものはないかと探すと、一際立派な台座に載った、しかし見た目は普通のブーツが目に入る。

「そのブーツは、よいものですね」

 めずらしくフィーリが褒める。

「軽く、丈夫で、汚れることもなく、音をたてずに、風のように走ることができます」

「おお!」

 すばらしい。狩人のためにあるようなブーツではないか。

「『疾風のブーツ』と名付けよう」

 手に取って、その場で履き替える。

 今まで履いていたブーツは、疾風のブーツが載っていた台座に置く。いつか宝物庫にたどりついた冒険者が、私のブーツを古代のものとして珍重するかもしれないと思うと、いたずら心も満足する。


「のう、フィーリよ。この斧はどんなもんじゃろう」

「その斧は、それほどよいものでもありませんね」

 業物に見えるんじゃがのう、と首をひねる黒鉄に、フィーリが続ける。

「先ほどの悪魔相手でも刃毀れしない程度です」

「それで十分なんじゃがのう」

 黒鉄は、悪魔との戦いで刃毀れした斧を置き、古代の斧を手に取る。自らの背丈ほどもある斧を軽々と持ちあげて、舐めるように刃をみつめて──ちょっと気持ちわるい──にたり、と笑う。これだからドワーフは。


「フィーリって、旅に役立つものしか褒めないよね」

「旅具ですので」

 私は靴を、黒鉄は斧を新調して、宝物庫を後にする。



 螺旋状に続く階段をのぼりきると、小さな部屋に出る。

「ここです」

 尖塔の最上階、展望のための一室には、テーブルと椅子、そして大きな窓が四つあった。

 先ほどまで肩で息をしていた黒鉄が──階段をのぼるのは苦手なようで──疲れを忘れたように窓に駆け寄る。

「すばらしいのう」

 つぶやいて、感嘆する。


 窓から見下ろす都市は雄大だった。

「黄昏の海だあ」

 幼い頃に祖父に連れられて見た海のように、果てなく黄昏が広がっている。

 黒鉄は、柄にもなく胸を打たれたようで、椅子を引き寄せて窓際に陣取り、ほう、と窓の外に見惚れる。


 部屋に一脚しかない椅子を奪われて、私は仕方なく──仕方なく!──行儀わるくテーブルに腰かける。と、テーブルの上に、今にも崩れそうなほどに劣化した冊子があることに気づく。危ない。お尻で踏むところである。


 慎重に冊子を手に取って、そっと開く。古代語で書かれているようで、中身を読むことはできない。しかし、日付と文章で構成されているようだ、ということくらいならわかる。日記の類だろうか。

「私にお預けください」

 フィーリの言に従って、冊子を外套の中に入れて、しばし待つ。

「ウェルダラムの最後の生き残りが遺した日記のようです」

 どうやら旅具は、自らの中に取り込んだ冊子を読むことさえできるらしい。

「最後の生き残り?」

「戦争があったようです」

 フィーリは淡々と続ける。


「地上の蛮族と戦争になり、ウェルダラムの民は地下都市に籠城。攻め入る蛮族に対抗するために悪魔を呼び出し、魔物を迷宮に放つことで防衛したようです」

「都市に誰もおらんということは、結局蛮族に負けたということかの?」

 どうやら話を聞いていたようで、黒鉄は椅子を引きずるようにして窓から戻り、話題に加わる。

「それにしては、悪魔も魔物も健在だったよね」

 蛮族が勝ったのであれば、悪魔も魔物も退治したはずで、我々が迷宮で苦労することもなかった。

「防衛には成功したようです。蛮族は魔物に撃退されて侵攻を断念。しかし、不完全な召喚術で、悪魔のみならず魔神までも呼び出してしまったようで、ウェルダラムの民は、貴賤の区別なく、肉体も魂も喰らいつくされて滅んでしまった、とのことです」

 曰く、日記の最後の頁には、筆者が魔神に襲われる直前までの恐怖が生々しく描写されているとのこと。

「読まなくていいからね」

 無神経な旅具に念を押す。


「おいおい、その魔神とやらが、まだおるのではないか?」

 黒鉄は不安そうに言って、落ち着かない様子で、窓から下界を見渡す。

「魔神が顕現するには、大量の魔力が必要となります。すべての民を喰らい尽くした後では、魔力の供給源がなくなりますから、その存在を現世につなぎとめておくことはできないでしょう」

 断言するフィーリに、ほっと胸をなでおろす。

「ウェルダラムは、滅んだ都市です」

 そう結んだフィーリの言葉を聞きながら、尖塔の窓から眼下の都市を眺める。

「国が滅んでも、建物は残って、自然は変わらずに黄昏を彩ってる」

 黄昏と滅びの寂寥とが奇妙に重なって、胸を打つ光景を描き出している。


 フィーリの言葉に嘘はなかった。

「これは、いつか旅神様の見たものとも違う、私たちだけの風景なんだね」

 ウェルダラムは、確かに『訪れるべき場所』だった。



 迷宮へと戻る階段をのぼりながら、時折名残惜しく振り返る。

 黄昏の街、ウェルダラム。旅に出ることがなければ、決して見ることのできなかったであろう景色。旅立ちは、そそのかされた感も否めなかったが、今は謙虚に感謝する。

 黒鉄はといえば、新調した斧に夢中のようで、黄昏を惜しむそぶりさえ見せない。

「見納めだよ、いいの?」

「フィーリがおれば、いつでも見られるじゃろ」

 斧から目を離すことなく、興味なさげに返す。先ほどまでは、私と同じく、黄昏に見惚れていたというのに。これだからドワーフは。


 そういえば、と黒鉄が問う。

「迷宮踏破の届け出はせんのか?」

 黒鉄によると、迷宮を踏破するのは非常に名誉なことで、報告すれば国から恩賞が与えられるのだという。迷宮から得られる遺物だけではなく、財に、地位まで、ありとあらゆるものを求めて、冒険者は今日も迷宮に挑むのである。


「私は観光にきたんだよ。黒鉄がすれば?」

「儂、踏破した実感ないしのう」

「このようなことで届けを出していたら、きりがありませんよ」

 と、フィーリが口を挟む。

「地上に災厄が多く、地下だけでなく、海や空に都市を移した時代がありました。他にもめぐるべき場所は多くあります。それらの踏破のたびに報告などしていたら、時間がいくらあっても足りませんよ。そんなことをする暇があるなら、旅をするべきです」

「お、おう」

 旅至上主義の旅具に圧倒されて、黒鉄はかろうじて相槌を打つ。


「しかし、宝物庫の品々は、惜しかったのう」

 黒鉄は、何度目になるかわからない不満をもらす。

「狩人は、食べない獲物は狩らないの」

 使わないものを持ち出しても仕方がない。

「立派なもんじゃのう」

「さすが我が主です」

 二人の称賛に、ない胸を張る。

「それに、金貨は少し持ってきたじゃない」

「じゃの」


 宝物庫で、他にも何かないかと物色していたところ、いくつもの箱に詰まった大量の金貨を発見した。フィーリによると、金貨は古代に流通していたもので、外界との貿易用に保管していたのだろうとのこと。旅費の足しになるから、旅の役に立つから、全部、いやほんの少しでも持っていくべきである、という黒鉄の強い主張に、それならば、と旅具のお許しもいただいて、いくらかの金貨を持ち出したのである。


 古の金貨の詰まった革袋を、じゃらじゃらと鳴らす。

 その音に満足したものか、黒鉄と私は顔を見あわせて、どちらからともなく、にしし、と品のない声をあげて笑うのだった。

「迷宮」完/次話「古城」

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[一言] 黄金色に染まった街を高いところから見下ろして感動するくだり アノール・ロンドを思い出しました いろいろ違うけどあっちも滅びた街だし
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