6
ダヴィア解放軍は鉱山を出立して、司教の座する聖堂を目指し──いつぞや私と雌蠍の魔人のやりあった廃村を拠点にして陣を敷く。
「数の利は敵にある。このまま進んで平原でぶつかるよりも、この廃村を防塞とした方がよかろう」
「村を──防塞に?」
問い返すマリナに、黒鉄は不敵な顔で頷いて──主だった顔ぶれを集めて、説明を始める。
「──という具合で頼む」
説明を終えて、黒鉄はいちはやく作業に取りかかる。私たちは慌てて黒鉄の後を追い、その指示に従って──よくもそんなことを思いつくものだなあ、と感心さえしながら──防塞を築き始める。黒鉄は誰よりも手際よく、もしかするとドワーフであるからというだけでなく、どこかで戦争に参加したことがあって、似たような防塞を築いたことがあるのかもしれない、と思う。
やがて、私たちは防塞を築きあげて──そして配置につく。
私は教会の鐘塔にのぼって、東よりきたる聖堂騎士の軍勢を見やる。その戦列は廃村を押し包むように展開しており、眼下の平原は見渡すかぎりの人馬で覆われている。その数たるや、解放軍に比すると倍どころではなく、彼我の戦力には、本来であれば絶望してしかるべきほどの差があった。
「うわあ、あんなに人が集まってるの、初めて見たよ」
私に続いて鐘塔にのぼったロレッタが、あれだけ集まると気持ちわるいもんだねえ、とのんきな調子で笑うので、同感である、と頷いてみせる。
「ダヴィアの民よ、聞けい!」
と、今からまさに打って出ようとしていた黒鉄が、廃村にひそむ解放軍に向けて、鼓舞するように大音声をあげる。
「敵は大軍なれど、儂らは一騎当千! 案ずることはない!」
吼えて、黒鉄は自らの鋼のごとき胸を、どんと叩いてみせる。
「ぬしらはその防塞に陣取って、儂らの討ちもらした敵を討つだけでよい!」
「おおお!」
音に聞こえる黒鉄の武勇がそうさせるのであろうか、解放軍はその言葉を信じきった様子で、いっせいに鬨の声をあげる。黒鉄はその声に応えるように巨人の斧を高く掲げて──そして、おもむろに廃村から出でて、たった一人で聖堂騎士の軍勢と相対する。
先陣の聖堂騎士は、一人歩み出る黒鉄を使者とでも思ったのであろうか、様子を探るように騎馬隊を差し向ける。騎馬隊が駆けて、黒鉄の長大な斧の間合いまで近づいたところで。
「止まれい!」
黒鉄が大音声をあげる。騎兵にはその声に従うつもりなどなかったのであろうが、彼らの馬は別であった。黒鉄の武威に脅えるようにいななく馬から振り落とされまいとして、騎馬隊はやむなく足を止める。
「大地に引いた線を見よ」
言って、黒鉄はその眼前に引かれた線を顎で指す。
「その線を越えたならば──そこが貴様らの死地と知れい」
問答無用ではなく、線を越えたならば殺すというのが、黒鉄のせめてもの優しさだったのであろうが──返ってきたのは失笑だった。
「このドワーフ、いかれてんのか?」
「そんな斧、振るえるわけがねえだろうに」
騎兵は口々に侮蔑の言葉を投げつけて、嘲るように笑う。
「忠告はしたぞ」
黒鉄は巨人の斧を構えながらつぶやいて──私からすれば慈悲深いとさえ思える忠告であったのだが、騎馬隊の返答は突撃であった。騎兵は槍を構えて隊列を組んでおり、その穂先はかわす隙間さえないほどに密集している。私とロレッタ以外の誰もが、無残にも串刺しとなったドワーフを想像したのであろうが──槍は黒鉄に届くことはなかった。
「ぬうん!」
吼えて、一閃。
黒鉄に襲いかからんとした騎馬隊は、槍よりも長大な斧の一振りにことごとく吹き飛ばされて、地に転がる。人馬ともにぴくりともせぬところを見るに、その一閃のみで息絶えてしまったのであろう。
騎馬隊の全滅を目の当たりにして、しかし聖堂騎士は怯まなかった。次なる騎馬隊を繰り出して、黒鉄を討ちとらんとする。対する黒鉄は、巨人の斧をまるで棍でも扱うかのように振りまわして、騎馬隊の突撃を迎え撃つ。黒鉄の斧は暴風と化して、その圏内に足を踏み入れた騎兵は、斧がかするだけで弾け飛び、物言わぬ肉塊となって地に転がる。
「黒鉄だけで何とかなっちゃうんじゃないかなあ」
あきれるようにつぶやくロレッタに、さもありなん、と頷いてみせる。実際のところ、疲れで不覚をとることさえなければ、そこらの騎士など物の数ではあるまい。一騎当千というのも、黒鉄にかぎっては誇張ではないかもしれぬ、と思う。
「さて、私も──」
つぶやいて、旅神の弓を構える。遥か彼方、聖堂騎士の軍勢の後方を見やって、指揮官と思しき騎兵に狙いをさだめて──矢を放つ。
「指揮官が目立つような格好をしているのは、味方にその所在を明らかにするためなんだろうけどさあ──」
そこまでつぶやいたところで、私の放った矢は、あやまたず敵の指揮官の眉間を射抜く。
「──敵にもその所在が明らかになってしまうとは考えないのかなあ」
「こんな遠距離から指揮官を射殺す敵なんて普通いないから、考えないんじゃないかなあ」
あきれるように答えるロレッタに、そんなもんかねえ、と返しながら、私はより目立つ騎兵から順に射殺していく。
聖堂騎士の軍勢は、指揮を執るものを次々と失い、やがて烏合の衆と化す。
指揮の有無による統制の欠如は、より身分の低いであろう歩兵に顕著なようだった。指揮を失った彼らの多くは、判断がつかぬとその場にとどまるばかりで、戦場での用をなさぬ人形になりさがる。
一方で、騎兵は士気を失わない。たとえ指揮を失おうとも、彼らはそれぞれが騎士であり──つまるところ、それぞれが貴族なのである。騎兵は自らの誇りを糧に、騎馬隊を単位として戦場を駆ける。その多くは黒鉄の暴風に呑み込まれたものの、彼を避けるように進軍した騎馬隊が、ついに廃村に──防塞に足を踏み入れる。
「ようやくあたしの出番だね!」
言って、ロレッタは腕まくりして、騎馬隊の進攻を目で追う。
廃村に侵入した騎馬隊は、家屋を避けるようにうねる道を駆ける。その進む先には、騎馬隊を待ち構えるようにして、解放軍が布陣する。解放軍は、廃屋を打ち壊して、その木材を山と積んで防塞となしている──が、その防塞は、いかにも急ごしらえで心もとなく、騎馬隊に突進されたならば、たやすく打ち破られてしまいそうなほどに脆弱な代物だった。
勝利を確信しているのであろう、騎馬隊は一切の躊躇なく、雄叫びをあげながら猛進して。
『──魔糸よ』
不意に現れたロレッタの糸により、馬はつんのめり、騎兵は馬上から放り出される。騎兵は等しく地に落ちて、したたかに身を打ちつけて──解放軍は、動けぬ騎兵に向かって殺到し、止めを刺してまわる。
ロレッタは次々に魔法を発動して、そのたびに各所で騎兵の叫び声があがる。それは、聖堂騎士たちが想像だにしていなかったであろう、一方的な殺戮だった。廃村がロレッタの魔法の罠を基点として築かれた防塞であるのだとようやく気づいた頃には、軍勢は半壊し、ついには騎兵も戦意を失ったようで、散り散りに敗走する。
「勝鬨をあげよ!」
鎧の隙間には何本かの矢が刺さっているというのに、それを気にするそぶりも見せずに、黒鉄は高らかに叫ぶ。その声に応えるように、解放軍は勝鬨をあげて──その勢いのまま、敗走する聖堂騎士を、そして諸悪の根源たる司教を討つべく進軍する。
私たちは聖堂騎士の残党を打ち破りながら東進し、やがて司教の座するという聖堂にたどりつく。聖堂は、ダヴィアの牧歌的な風景とは裏腹に、まるで貴族の宮殿のごとく、きらびやかに飾られている。
「何だ、これは──」
聖堂を見あげて、マリナは呆然とつぶやく。
「私の知る聖堂は、こんな──こんなに醜く飾りたてられたものではなかった」
続くマリナの言葉は、まさに真実であった。素朴な意匠の聖堂は、その素朴さゆえに荘厳な印象を与えていたのであろうが、今や悪趣味に飾りたてられており、品位の欠片もない。
「こんなくだらないことのために、我ら同胞は引き裂かれたというのか!」
マリナの慟哭のごとき叫びに、解放軍は一様に憤りをあらわにする。
「司教を探せ!」
その怒りのままに聖堂に討ち入って、司教はどこぞ、と周囲を見渡す。
「司教なら──」
と、聖堂の奥からゆらりと現れたのは誰あろう──雌蠍の魔人であった。
「司教なら、あんたらが怖いみたいで、祭室に引きこもってるよ」
言って、雌蠍は顎で祭室のあるであろう方を指して、マリナと解放軍を手振りでそちらに追い払わんとする。
「先に行け」
「しかし──」
黒鉄の言に、マリナはかぶりを振って、自らの剣に手をかける──が。
「──どうやらご所望の相手は決まっておるようじゃからのう」
雌蠍はマリナには見向きもせず、私をにらみつけて──常人ならば失神してしまうほどの怒気を放つ。
「行け──行って、司教を討てい!」
「──ご武運を」
黒鉄の言葉に送り出されて、マリナは司教を討つべく、解放軍を率いて祭室に向かう。
雌蠍の魔人は、解放軍には微塵も興味を示さず、私を見すえたまま、顎でついてくるようにうながして──私たちは聖堂の最奥へと誘われる。




