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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第16話 反乱

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107/311

5

 新月の夜、草木も眠るような静寂に身を浸しながら──私は樹上から矢を放つ。一呼吸に二射。放たれた矢は、坑道の入口を見張る二人の衛兵の眉間をあやまたず射抜いて、彼らは絶命して倒れ伏す。


 私は先陣を切って、坑道に足を踏み入れる。次いで、ロレッタ、黒鉄と続き、その後ろにマリナをはじめとするダヴィア解放軍の面々が連なる。


「マリオン──右」

 ロレッタが魔法の糸の感知をもとにつぶやいて──私は気配を探り、右の坑道で揺れる灯りにむけて、遠間から矢を放つ。矢を受けて、声もなく倒れたのは、おそらく坑道を巡回する衛兵であろう。

「次は──左」

 と、同様に索敵と急襲とを繰り返しながら、私たちは奈落を目指す。


 奈落の上層には、聖鉱石を掘り尽くして枯渇したと思しき、いくつかの廃坑道がある。

「マリオン──その坑道」

 ロレッタの声に、私は足を止める。彼女の示す廃坑道には、出入りを禁じるように、鉄の格子がはめ込まれている。まるで牢獄のようなその廃坑道からは、糞尿の入り混じったすえた匂いが漂っており、解放軍の中には臭気に耐えかねてえずくものもある。ロレッタの調べによれば、その廃坑道こそが、捕われたダヴィアの男たちの寝床となっているのだという。


「ロレッタ」

 呼んで、私はロレッタと前後を入れ替わる。彼女はおもむろに赤剣を抜いて、無造作に振るって──鉄の格子は音もなく両断されて転がる。


「解放軍だ。助けにきたぞ」

 マリナの声に、捕らわれの男たちは、小さく喜びの声をあげる。

「さあ、逃げよう」

 言って、私は順に男たちの手を引いて、廃坑道から抜け出すのを助ける。無事に抜け出した男たちは、黒鉄に先導されて、坑道の外を目指す。男たちの中には、相当に足腰の弱っているものもいるようで、彼らの歩みにあわせて、脱出は緩やかに進行する。


「ほら、前に続いて」

 私とロレッタ、それにマリナは、すべての男たちの脱出を見届けてから殿をつとめる心づもりで、廃坑道の側に残り、周囲の警戒を続ける。

「さ、早く」

 と、最後の一人の手を引いたところで──私はこちらに迫る気配を感じて、皆をかばうように前に出る。


「──下郎ども、そこを動くな」

 尊大に告げて、衛兵を率いて現れたのは──双頭の魔人だった。


 その姿は──事前にロレッタから聞いていたというのに──何とも異様なものとして、私の目に映る。まるで、双子のように似かよった頭が二つ。見れば、頭と同様に腕も二人分あるようで、魔人は四本の腕を器用に組みながら、私たちをねめつけている。


「汚らわしい鼠どもめ」

 どうやら魔人は、二つの頭で、同時に、同じ言葉を話しているようで、声が重なって聞こえるという現象に、私は理由もわからずに不快感を覚える。

「貴様らこそ、ダヴィアに巣食う鼠であろうに!」

 そう返したのは、マリナだった。憎悪に満ちた目で魔人をにらみ返し、今にも剣を抜かんばかりの怒気を放ちながら、その柄に手をかけている──が、マリナと双頭の魔人を戦わせるわけにはいかない。


「私が足止めする」

 言って、私はマリナの背を押す。

「しかし──」

「あたし一人じゃ逃げらんないよ!」

 逡巡するマリナに、ロレッタが堂々と弱音を吐いて──そのおかげで、マリナは渋々といった様子で、解放軍を率いて脱出を目指す。


「追え!」

 その背を追おうとする衛兵の進路に、私は割って入る。

『風よ!』

 次いで、暴風を呼び、迫る衛兵を吹き飛ばして──幾人かは奈落に落ちたようである──双頭の魔人に相対する。

「小癪なことを」

 魔人は暴風にも微動だにせず、衛兵に向けて命じる。

「逆からまわれ」

 その指示を受けて、衛兵は奈落をぐるりとまわり始める。確かに私から遠ざかれば、風が届かぬのは道理であるが、逆からまわったのでは、奴らが追いつく頃には、解放軍の態勢も整っているであろう。追手の存在に気づきさえすれば、黒鉄が殿をつとめることになる。衛兵が束になってかかったとて、剛勇のドワーフには敵うまい。私は憂いを断って、目の前の魔人に集中する。


「貴様、反乱軍か?」

「解放軍──」

 双頭の魔人の問いを律儀に正して。

「──解放軍の戦士、マリオン」

 名乗りをあげると、魔人は真顔になり──そして、おかしくてたまらぬというように、二つの頭で笑い出す。


「貴様、コルフィスの話しておった娘か!」

 双頭の魔人は、ひとしきり笑ったかと思うと、訳知り顔で続ける。聞き覚えのない名に首を傾げると、奴はそれすらもおかしくてたまらぬというようで、再び笑い出して──二つの頭で笑われるというのは、存外に腹の立つものであるなあ、と私は眉根を寄せる。


「蠍の魔人とやりあったであろう」

 笑いながら続ける双頭の魔人の言葉を受けて──なるほど、廃村でやりあった雌蠍の魔人の名をコルフィスというのであろう、と理解して、頷いてみせる。

「ならば、よし──貴様を屠れば、コルフィスの悔しがる顔が見られるというわけだ」

 つまらぬ任務に思わぬ楽しみができたものだ、と魔人は腰に差した四刀を抜いて──その稀有な輝きからするに、聖鋼の剣であろう──それぞれの腕に構えて、にたりと笑う。


 瞬間──双頭の魔人は一足で私の間合いに飛び込み、神速の剣を振るう。私はその軌道を見切り、余裕をもってかわした──つもりであったというのに、そのうちの一刀の切っ先は、わずかに私の前髪の先を落とす。野郎、乙女の髪に何てことをしやがる。


「後がないぞ」

 双頭の魔人は、獲物を追い詰めたと確信するように、にたりと笑って──奴の指摘のとおり、私は今や奈落の縁に立っている。

「もうかわすこともできまい!」

 魔人は、逃げ道をふさぐように二刀を広げて構えて、残る二刀で私に襲いくる。その神速の斬撃を、私は後ろに──奈落に向かって飛んでかわす。

「血迷ったか!?」

 言わば自ら奈落に飛び込んだ私に、魔人は驚愕の声をあげる──が、私は微塵も血迷ってなどいない。

『風よ!』

 唱えて、奈落の底から呼び寄せた風を受けて、私はふわりと宙を舞って、大穴を挟んだ向かい側に降り立つ。


「じゃあね!」

 言って、双頭の魔人に別れの手を振って、私は解放軍の後を追わんと踵を返す。

「──!」

 獲物を逃した怒りのあまりか、魔人は何やら聞き取れぬ怒声を発して──私はわざわざもう一度振り返って、思い切り舌を出して、今度こそ疾風のごとく逃げ出す。



 鉱山から遠く離れた山中──追手のないことを確認して、私は解放軍の皆に合流する。合流地は、ダヴィアの民であれば誰もが知るという、鉱山の集落跡であった。マリナによると、ダヴィアでもっとも大きな鉱山であったというのだが、今や隠れ里と同様に緑に埋もれており、在りし日の面影はない。


 再会の喜びにあふれて、そこかしこで抱擁するダヴィアの民をかきわけて、私は黒鉄とロレッタを探す──と。

「おお、無事か!」

「心配したよう!」

 向こうも私を探していたようで、私は二人に出迎えられて──ロレッタには抱擁までされる。


「そちらの首尾は?」

「上々!」

 意外に力強い抱擁を引きはがしながらロレッタに尋ねると、彼女は笑顔で答えて、預けていたフィーリを私に放る。


「投げるのはいかがなものかと」

 苦言を呈するフィーリを、まあまあ、となだめながら身に着けて。

「じゃあ、フィーリ、よろしく」

 うながすと、フィーリは次々と戦利品を吐き出し始める。それは、ダヴィアの男たちの救出の道中、坑道の衛兵から奪い取った武具の数々であった。


「皆のもの! 聞けい!」

 フィーリが武具を吐き出し終えると、マリナは高らかに声をあげる。

「皆の再会に水を差すのは心苦しいが、我らは追手のかかる前に進軍しなければならぬ!」

 ダヴィアの民は、再会の喜びから一転、抱擁を解いて、マリナの言葉に耳を傾ける。そこには、鉱山で生ける屍のごとく労働を強いられていた男たちの姿はない。ダヴィアの地を──故郷をその手に取り戻さんと燃える解放軍として生まれ変わった彼らは、先を競うように武具を身に着ける。

「剣を取れ! 今こそダヴィアを我らの手に取り戻すときぞ!」

「おおお!」

 男たちは手にした剣を高く掲げて、鬨の声をあげる。その士気は高く、鬨は山中に響き渡る。もしかすると追手の耳にも届いているやもしれぬが、もはや我らは追われる身ではない。司教の座する聖堂を目指して、進軍を始める。


 山を下り、平原に出ると、解放軍の物見であろうか、馬に乗った女が駆けてきて、マリナの傍らに馬を寄せる。

「──マリナ様」

 と、女は何やらマリナに耳打ちする。

「どうしたの?」

 物見の言葉に顔色を変えた彼女に、他のものには聞こえぬよう、小さく尋ねる。

「エルラフィデス本国から──聖堂騎士の増援が到着したとのことだ」

 それはマリナにとっては、ダヴィアの男たちの解放の喜びさえ吹き飛ぶほどの、絶望の報であった。

「気にすることはない」

 しかし、黒鉄はマリナの絶望を吹き飛ばすように、ことさらに豪放に笑う。


「儂らは一騎当千、目にもの見せてくれようぞ」

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