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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第16話 反乱

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3

 私は鬱蒼と茂る樹々の間を疾風のごとく駆けおりる。


 子どもの救出を優先するため、自らをかばうことなく最速で駆けているから、露出した肌は張り出した木々の枝によって傷だらけになる──が、フィーリが癒してくれるであろうから、と私は速度を落とさない。


 森を抜けて、平原に出る。エルラフィデスに足を踏み入れたという感慨もそこそこに周囲を見渡すが、さらわれた子どもの姿はどこにも見えない。私はしゃがみ込んで、耳を地にあてる。かすかに響く、遠ざかる馬の音を聞いて──音のする方に、再び疾風のごとく駆け出す。


 やがて、前方に騎兵の姿を認める。目視できる範囲で六騎──そのうちの二騎が、それぞれ子どもを前に乗せているから、やはり奴らこそが件の残党狩りとやらなのであろう。子どもを聖堂に連れ帰って尋問するつもりだとすると、それまでの道中のどこかで奪還しなければならない。


 残党狩りがさらに前方の村に入っていくのを見て、私はいくらか速度を落とす。

「運が向いてきたかも」

 つぶやいて、奴らの後を追うように村に入って──その荒れ果てた様子を見て、私はここが廃村であることに気づく。やはり運が向いてきている。廃村であれば、多少の無理をしても、とがめられることもあるまい。


 家屋の境となっている柵を踏み台にして、私は茅葺の屋根に飛び乗る。次いで、家から家へと屋根を飛び移り、村で唯一の石造りの建物──おそらく教会であろう──の鐘塔にのぼって、残党狩りの姿を探す。見れば、奴らは村の家屋を避けるようにうねる道を駆けており、それゆえに速度を落とさざるをえないようで──これならば先んじることができる、と私は再び屋根を飛び移る。


 残党狩りの行く手に先回りして、屋根に身を隠しながら、旅神の弓を構える。馬に罪はないのであるが、この際いたしかたあるまい。後続の三騎を狙って、一呼吸に三射を放つ。すべての矢が、あやまたず三騎の馬を貫いて──馬はつんのめり、騎兵は馬上から放り出される。奴らが宙を舞って地に落ちるまでのその刹那に、私は再び弓に矢をつがえる。今度は前を行く三騎に狙いをさだめて、やはり一呼吸に三射。先ほどと同様に、騎兵と──子どもとが馬上から放り出される。私は屋根から飛びおりて、落ちてくる子どもを待ち受ける。


『風よ!』

 唱えて、落下の勢いを風で殺して、ふわり、と地に落ちた子どもを両脇に抱える。

「助けにきたよ」

 言って、私は彼らを安心させようと強く抱きしめる。


「──小娘、いい腕してるじゃないか」

 と、不意に声をかけられて、私は子どもを抱えたまま後ずさる。見れば、落馬した六人の騎兵のうち、一人だけ──その女だけが平然と立っており、好奇な目つきで、舐めるような視線を私に這わせている。


「何だあ、あれは?」

 女を目にして、思わずつぶやいてしまったのもむべなるかな、奴の腰のあたりで、ゆらゆら、と揺れているのは、まぎれもなく──そう、まぎれもなく尻尾だったのである。いくつかの節にわかたれた尻尾は、まるで蠍のそれのように不気味に蠢いており、尻尾を模した飾りなどではないことが見てとれる。


「残党狩りなんて、つまらない任務を押しつけられたもんだと思っていたが──なかなかどうして、楽しめる獲物がいるじゃないか」

 言って、女──いや、雌蠍は獰猛に笑う。


「僕たち、走れる?」

 脇に抱えていた子どもをおろして、私は逃げるよううながす。彼らは脅えながらも頷いて、脱兎の勢いで走り出す。遠ざかるその足音を背中に、私は雌蠍の前に立ちはだかる。


「蠍の──魔人?」

 まずは子どもの逃げる時間を稼がなければならないから、と私は訳知り顔で雌蠍に問いかける。

「ほう──あたしたち勇将が魔人であることを知って生きているものなど、そうはいないはずなんだがなあ」

 雌蠍は、ますます楽しくなってきたというように、くつくつと笑う。


「小娘──お前、反乱軍の一員か?」

 反乱軍。問われて、はて、と首を傾げる。マリナは「ダヴィア解放軍」を自称していたはずであるが、と思い起こして──なるほど、エルラフィデスからすれば反乱軍であり、ダヴィアの民からすれば解放軍なのであろう、と思い至り──私はマリナの思いを汲んで名乗りをあげる。

「解放軍──解放軍の戦士、マリオン」

 そう答えると、雌蠍はにたりと邪悪な笑みを浮かべる。名乗りも返さぬまま、悠然と私に近づき、腰を落として拳を構える。素手でやろうというのであろう、舐められたものである──が、子どもを無事に逃がすためには好都合であろう。応えるように、私も腰を落として拳を構える。


 互いにすり足で、じわりと間合いを詰めて、突き出すように構えた拳同士が触れ合いそうになったところで──雌蠍が動く。

 雌蠍は私の顔面に右拳を放ち、私はその拳をかわしながら奴の脇腹を打つ。拳に伝わる鈍い感触──雌蠍は外套の下に鎧を着込んでいるのであろう。それならば、と雌蠍の足の甲を踏み抜いて、そのまま顎を掌底で打つ。足を固定されたことで、雌蠍は後ろに避けることもままならず、まともに打撃を受けるのであるが。


「──いいねえ、強い女は嫌いじゃないよ」

「私はあんたのこと嫌いだけど」

 掌底をくらって、なお平然と舌舐めずりする雌蠍に、私は思い切り舌を出して応える。

「あたしは大好きさ!」

 雌蠍は笑いながら返して、言葉とは裏腹に、私の顔面めがけて蹴りを放つ。私はそれをとっさに屈んでかわす──が、蹴りの後ろに続くように、蠍の尻尾が襲いくる。私はその避けようのない死の一撃──蠍の毒針を、竜革の手袋でむんずとつかんで受け止める。


「──な」

 まさか毒の針を直につかまれるとは思ってもいなかったのであろう、雌蠍は唖然として立ち尽くし、私はその隙に奴の間合いから逃れる。

「あたしの毒をくらって、腐食もしないとは」

 いったい何革の手袋だい、と雌蠍は問うが、別段教えてやる義理もあるまい。


 私は再び雌蠍と相対して、奴が食いつくようなわずかな隙をつくる。本来、雌蠍ほどの使い手であれば、そのような隙に食いつくはずもなく、罠を疑ってしかるべきなのであるが、奴は自らの()()に絶大な自信を抱いているようで、ためらうことなく殴りかかってくる。雌蠍の殴りかかる勢いを利用して、私は絶妙の瞬間に、再び奴の脇腹を打つ。私の渾身の一撃である──というのに、雌蠍はそれさえ涼しい顔で受け止める。


「聖鋼に打撃が効くものか!」

 雌蠍は吼えて、まさしく蠍のごとく尻尾を振りかざして、私に襲いかからんとして。

「あ、そう」

 拳による打撃が効かぬのならば、と私は雌蠍を疾風のごとく蹴り飛ばす。


 雌蠍は吹き飛ばされて、頭から廃屋に突っ込む。その衝撃で、屋根を支える木材が折れたのであろう、廃屋は雌蠍を呑み込んだまま倒壊する。聖鋼の鎧を身に着けた魔人ともなれば、あれくらいで死ぬこともあるまいが、逃げるには好機であろうと判断して──私は疾風のごとく駆け出す。


 途中、懸命に逃げる子どもを拾って──二人は全力で駆けたようで、私が追いつく頃には息もたえだえであった──両脇に抱えて、隠れ里まで駆ける。私一人ならばともかく、子どもとはいえ二人を抱えての疾走はなかなかにこたえて、隠れ里に帰り着く頃には、私も肩で息をするはめになる。



 隠れ里に戻ると、子どもらの母親であろうか、女が泣きながら駆け寄ってくる。私は子どもらをおろして、ためらう彼らの背中をそっと押す。わずかに押しただけであるというのに、二人は勢いよく駆け出して、母親の胸に飛び込む。

「──ありがとう」

 二人を抱いた母親は、涙ながらに礼を述べる。


 子どもらは、しばらくはおとなしく抱かれていたものの、やがて母親の抱擁から抜け出すと、いかにして聖堂騎士から逃げ出したのかを、口々に語り出す。

「あの姉ちゃん、とんでもねえよ!」

 子どもらは、私の弓の腕や、魔将と相対して生きて戻ったこと、そして疾風のごとく駆けることを早口でまくしたてて──隠れ里の女たちは、それを半信半疑といった様子で聞いている。


「どうじゃ、マリオンは馬よりも速かったじゃろう」

 言って、黒鉄はマリナの背を叩く。他と同じく、信じられぬという面持ちであったマリナは、背を叩かれて我に返ったようで──経過はともかくも、子どもらが救われたという事実に目を向けて、私たちを希望に満ちた眼差しで見やる。

「あなたなら、あなたたちなら──」

 と、感極まった様子で、先を続けることのできないマリナの言葉を引き継いで、黒鉄が告げる。


「おうとも、ダヴィアの地を取り戻そうではないか!」

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