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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第16話 反乱

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 私たちはマリナに先導されて、深い森を抜けて、廃坑となって忘れられたと思しき鉱山の集落跡──隠れ里に出る。もとは陽の射し込む開けた土地であったのだろうが、今や鬱蒼と樹々が生い茂り、わずかに残る廃屋だけが在りし日を思わせる。


「このあたりでは『聖鋼』の原料となる聖鉱石が産出されていたらしい」

 物めずらしくあたりを見まわす私の様が、子どものように思えたのであろうか、マリナは苦笑しながら語って──緑に埋もれた集落を見るに、それはよほど昔のことなのであろう、と思う。


「聖鋼って?」

 マリナの後ろに続きながら、小声で黒鉄に尋ねる。

「神の祝福を受けたがごとくに光り輝く、妙なる鋼よ」

 魔鋼には劣るがの、と黒鉄は誇らしげに自らの盾を叩いてみせる。


「このあたりの山々で聖鉱石が産出しておったというのは、割に有名な話ぞ。何せ、儂らドワーフが山脈の北に国を構えたのも、それゆえであったと聞くほどだからのう」

 続く黒鉄の言葉に、私は思わず北を仰ぎ見る。山脈を北に向かえば、目指すドワーフの国にたどりつくのである。出立のときには果てがないようにさえ思えた旅路にも、いよいよ終わりが近づいているようで、感慨深いものがある。


「とはいえ、それも昔のこと。聖鉱石の産出は、絶えて久しいと聞く」

「──そうであったなら、よかったのだがな」

 黒鉄の言葉に返すようにつぶやいて、マリナは私たちを一際大きな家屋に案内する。家は他のものとは異なり、植物の浸食から逃れており、手入れの行き届いたその様から、実際に人が暮らしているのであろうな、と思う。


 私たちはマリナに案内されて広間に通されて──といっても、部屋の仕切りの壁が壊れて、結果的に広間になったというようなものであったが──うながされるままに藺草(いぐさ)の敷きつめられた床に腰をおろす。

 しばし待つと、女が茶を運んでくる。黄金色の茶は、野草を煎じたものであろうか。今さら毒ということもあるまいが、飲むならばフィーリの加護のある私からがよいであろう、と覚悟して、茶器を手に取る。


「わ、甘い!」

 と、私の覚悟も知らず、すでに茶を口にしていたロレッタが驚きの声をあげて──あきれながらも、どれどれ、と私も続いて茶に口をつける。かすかに草土を思わせる香り。次いで、じわりと染み出すような甘みが広がり、それが余韻のように口内に残る。


「驚いたであろう」

 言って、マリナは誇らしげに笑う。

「このあたりの野草には、甘草と呼ばれるものがあるのだ。甘草の根は大変に甘いものでな。山暮らしでは重宝しておる」

 と、マリナ自身も茶を口に含み、その甘みに微笑をたたえる。


「さあ、菓子もあるぞ」

 マリナが合図すると、先ほどの女が木皿に載せた菓子を運んでくる。黒鉄とロレッタは、よほど腹が減っていたのであろう、瞬く間に菓子をたいらげて──私も遅れじとそれに続く。菓子は──というよりも、パンというべきであろうか──硬く、噛みきりにくいものの、木の実を砕いたものを練りあわせているようで香ばしく、また蜂蜜によるものであろうか、ほのかな甘みもあって──その素朴な味は、いつかダラムの村で食べた菓子を思い出させる。もう一口、と菓子を口に運ぼうとしたところで、何やら視線を感じる。見れば、柱の陰から、幼い少女がうらやましそうにのぞいており──よだれまでたらされては放っておくこともできぬ、と苦笑して、私は彼女に手招きして、半分にちぎった菓子を渡す。少女はうかがいをたてるようにマリナを見て、彼女が苦笑しながら頷くと、満面の笑顔で菓子を頬ばる。


「馳走になった」

 一息ついたところで、皆を代表して、黒鉄が礼を述べる。

「先ほど、剣を向けた詫びだ」

 気にするな、とマリナは告げて──先ほどの出会いを思い起こして、そういえば、と私は彼女に問いかける。

「さっき『ダヴィア解放軍』って名乗ってたよね?」

「そうじゃったのう」

 私の問いに、黒鉄が続いて。

「それにしても『解放軍』とは物々しいのう。先の反乱と関係が──」

「反乱など起きてはおらぬ!」

 言いかけた黒鉄の言葉を遮るように、マリナが声を荒げる。

「──すまぬ」

 思わずあげた声だったのであろう、彼女はすぐに謝罪の言葉を述べて。

「いや、こちらこそ、すまぬ」

 黒鉄も真摯に謝罪する。


「──反乱など、起きてはおらぬのだ」

 マリナは繰り返して、ぽつり、ぽつり、と事情を語り出す。



 マリナの語るところによると、ダヴィア教区の歴史は──エルラフィデスのそれに比すると──浅く、百年も遡ると、そもそもエルラフィデスに属してもいない氏族の集まりであった頃まで行き着くのだという。


 その頃、四方を山に囲まれたダヴィアの地は、外より訪れるもののほとんどいない、寂れた土地であった。もちろん、険しい渓谷によって隔てられたエルラフィデスとも交流はなく、ダヴィアの民は信仰とは無縁に暮らしていた。


 しかし、ある日、谷川の下流に一人の男が流れ着いたことで、ダヴィアに信仰が芽生える。男はエルラフィデスの司祭であった。その名は後世に伝わっていないが──マリナによると、彼が頑なにその名を明かさなかったからだという──男の起こした奇跡の数々は逸話として残るほどで、ダヴィアの民は彼を聖者として崇めた。そうして、ダヴィアはエルラフィデスの教えを信奉するに至り、その教区の一つとして数えられるようになったのだという。


 ダヴィアとエルラフィデスを隔てる渓谷には橋が架けられた。橋のおかげで人々の往来が増えて、ダヴィアは次第に豊かになった。やがて、エルラフィデスより司教が遣わされることとなった。ダヴィアの民は聖堂を築き、喜びをもって司教を迎えた。


「その頃のダヴィアの民は、素朴に神を信仰していたのだ」

 マリナは、祖父から聞いたという在りし日のダヴィアを、懐かしそうに語る。

「そう──聖鉱石の鉱脈がみつかるまでは」


 ダヴィアの北方で聖鉱石の新たな鉱脈が発見されたのは、五年ほど前のことだという。ダヴィアの民が神に奉ずるために聖鉱石を献上したことで、その存在はエルラフィデスの知るところとなり──そして、新たな司教が遣わされた。


 司教は神に仕えるものとは思えぬほどに横暴だった。聖鉱石の産出を増やすよう要求し、ダヴィアの民がそれを拒むと、手勢の聖堂騎士を率いて、その武力をもって鉱山での労働を強いるようになったのである。


「その強制に我らが立ち向かったことを、奴らは反乱と呼んでいるのだ」

 そんなもの反乱であろうはずがない、とマリナは吐き捨てる。

「最初の頃は互角に戦っていたのだ。渓谷に架かる橋は小さなもので、エルラフィデスも大軍を送ることはできぬ。ダヴィアに駐留する聖堂騎士はそれほど多くはなく、我らは善戦していたのだ」

 言いながら、マリナの口調は次第に重くなっていく。

「それを──たった三人の魔将が蹂躙したのだ」

 マリナは、しぼり出すようにつぶやいて──それを聞いて、私は、おや、と思う。

「勇将じゃないの?」

「あのような邪悪な輩が勇将なものか!」

 何の気なしに発した問いに、マリナは再び声を荒げて──辺境伯アウルス・アルジナスの変わり果てた姿を思い起こしてみれば、彼女の発言も無理からぬことであろう、と思う。


 結局、ダヴィアの民は魔将に蹂躙されて、男は老若を問わず捕らえられて鉱山で労働を強いられており、女と、わずかに難を逃れた男は──といっても、ほとんどは子どもである──各地にひそみ、解放軍として、反旗をひるがえす機会をうかがっているというわけである。


「ダヴィアの地を解放する手だてはあるのかの」

「鉱山で労働を強いられる男たちを救い出し、ダヴィアの民の総力をもって司教を討つ」

 黒鉄の問いに、マリナは血気盛んに答える。

「いかにして」

「つい先日、ある男をわざと残党狩りに捕らえさせている。その男の手引きで、内外から呼応して、鉱山の男たちを解放する手はずになっている。彼らを解放し、率いて、一気呵成に聖堂に攻め込む」

「そんなにうまくいくものかのう」

 希望的な見込みに、さらに希望を重ねたような危うい筋書きに、黒鉄は苦言を呈する。

「勝てるかどうかではない、ダヴィアの民の誇りのために戦うのだ!」

 マリナは勇猛に言い切るが、彼女自身、勝てるとは思っていないのであろう。

「ならば、三人の魔将はどうする」

「それは──」

 核心を突く黒鉄の問いに、マリナは口ごもる。どれだけ希望的に見込んでみても、魔将を打ち破ることができるとは思えないのであろう。


「マリオン、ロレッタ」

 呼びかけて、黒鉄はまるで許しでも請うように、私たちの顔を見やる。まったく、お人好しにもほどがある。これでは、あの関所の老兵の思う壺であろうに──そう思いながらも私は頷いて返して、ロレッタも私の首肯に続くように、いいんじゃない、と軽く請け合う。

「──すまぬ」

「気にしなくていいよ」

 詫びる黒鉄に、笑顔で返す。魔将を打ち倒すことは辺境伯の弔いにもなるであろうし──何より、困っている人を見捨てられないお人好しのドワーフのことを、私は好ましく思っているのである。


「おぬしのいう魔将とは、少なからぬ因縁があってのう」

 黒鉄はマリナに向き直り、獰猛に笑って。

「魔将は儂らが引き受けよう」

 言って、その鋼の胸板を勢いよく叩く。

「──恩に着る」

 マリナは礼を述べて、安堵するように息をつく。


 いくらか剣の心得はあるようだが、おそらくマリナは武人ではない。そうあろうと気丈に振るまっているものの、時折みせる感情の起伏は、彼女が武人として育てられていないからこその発露であろうと思う。そんな彼女にとって、解放軍を指揮する──ダヴィアの民の命運を握るというのは、荷の勝ちすぎる大役だったのであろう。老兵の思惑のとおりに黒鉄の助力を得ることができて、ようやく肩の荷を半分くらいはおろせたようで、マリナは先ほどよりもやわらかい表情を見せる。



 私たちは、鉱山の男たちの救出について、ああでもない、こうでもない、と膝を突きあわせて議論する。そうして、甘草の茶を二杯ほど飲みほしたところで。

「大変だよ!」

 大柄な女が息を切らして広間に飛び込んでくる。

「客人の前だぞ」

 マリナはたしなめるが、女は引きさがらない。

「そんなこと気にしてる場合じゃないんだよ! 山菜採りに出かけた子どもが山の麓まで出ちまって、残党狩りにみつかっちまったんだよ!」

 女の言葉に、マリナは血相を変える。

「子どもはダヴィアの未来だ」

 何としても助けねばならん、とマリナは勢い込んで立ちあがる。


「私も手伝うよ」

 言って、私も立ちあがり──続いて立ちあがろうとする黒鉄とロレッタを手振りで制する。

「ご助力、感謝する」

 礼を述べながらも、マリナは手早く身支度を整える。子どもの口から隠れ里の所在が知れてしまっては、先に語られたマリナの目論見は、わずかな実現の可能性さえ失ってしまうであろうに──どうやら彼女はそんなことよりも子どもの身をこそ案じているようで、私はマリナに好感を抱く。ダヴィア解放軍に──というよりも彼女に、辺境伯の弔いというだけでなく、私の力を貸してもよい、と思う。


「いざというときのために、山の麓に馬を隠してある」

 案内する、と駆け出そうとするマリナを制して。


「私は馬よりも速い」


 言って、家から飛び出して──私は疾風のごとく駆け出す。

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