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「許可なきものを通すことはできん」
他をあたれ、と関所の衛兵はすげなく突っぱねる。
「他をあたれ──って」
どうしろっていうのよ、とロレッタは衛兵に食ってかかる。
それもそのはず、北に向かう街道は険しい山道となっており、その唯一の街道をふさぐように関所が置かれているのであるからして、他をあたろうにもどうしようもないのである。
「通行税なら、いくらだって払うからさ」
ね、とロレッタは金と美貌で衛兵を誘惑せんと迫り──吐息を感じるほどに近づいたロレッタの顔に、衛兵が鼻の下を伸ばしかけたところで。
「おい──そんなもん受け取ったら死罪だぞ」
と、年かさの衛兵が割って入る。
「あんたらの事情は知らんが、誰も通すなと命じられてるもんでね」
それなりの年齢なのであろう、真っ白に染まった髪をなでながら、衛兵──老兵は、我々を手振りで追い払わんとする──が。
「こんなところに関所なんぞあったかのう」
あたりを見まわしながら黒鉄がつぶやくと、老兵はその姿を認めて、はっと目を見開く。
「あんた──もしかして『黒鉄』かい?」
「儂を知っておるのか?」
「あんた、このあたりじゃ有名だよ」
敬意をあらわにした老兵の眼差しに、黒鉄はまんざらでもなさそうに頷く。
「──やはり、剛勇のドワーフともなれば、本人の意向によらず、名は轟いてしまうものなのかのう」
困ったもんじゃわい、と黒鉄はぼやきながら、まったく困っていない様子で、見せつけるように力こぶをつくる。
「いやいや──とんでもないお人好しだっていうんで、いろいろ逸話が伝わってんだよ。弱きを助け、強きをくじく、心優しいドワーフだってな」
老兵は苦笑いしながら返して──私は、さもありなん、と頷く。黒鉄は、まさかその優しさをたたえられるとは思ってもいなかったようで、気恥ずかしそうに、そんなことはないんじゃがのう、と髭面の奥を赤らめる。
「あんたらも、エルラフィデスで内乱があったって話くらい聞いたことあるだろ」
黒鉄の一行ならば、と老兵はうちとけた様子で、封鎖の理由を語り出す。
「その内乱のあった地こそが、ここダヴィア教区ってわけだ。対外的には、内乱は鎮圧されたことになっているんだが、実のところ残党狩りは続いていてな」
よそものを通すわけにはいかんのだよ、と老兵は続ける。
「残党狩り──」
ロレッタが老兵の言葉を繰り返して──その不穏な響きに、私たちは顔を見あわせて、一様に眉をひそめる。
「どうしても北に向かいたいっていうんなら、西の山でも越えてみちゃどうだ。エルラフィデスは、西の山脈を国境としているからな。山向こうのことまでは関知せんよ」
老兵の視線につられるようにして、私たちは西を向いて──その峻険な山並みを仰ぎ見る。
「誰だよ、西の山を越えろって言ったやつは」
獣道を行く私の後ろに続きながら、ロレッタは息もたえだえに恨み言をこぼす。
私たちは、先の老兵の言葉のとおり、街道を西に外れて、深い森に足を踏み入れていた。私が先頭に立ち、生い茂る草木を竜鱗の短剣で払いながら、道なき道を行き──やがて、大型の獣が踏み固めたであろう獣道をみつけてからは、まったくの藪よりはいくらか歩きやすくなる。
「こちらには山に慣れておるマリオンがおるし、フィーリもおるからの。山越えというのも、あながち無理な話でもあるまいよ」
殿をつとめる黒鉄は、ロレッタをなだめるように言いながらも、いつ現れるともしれぬ獣に備えて、警戒を怠らない。
「二人には無理じゃなくても、あたしの脚は繊細なの」
休もうよ、とロレッタは駄々をこねるが、先ほど森の開けたあたりで休んだばかりであるからして、耳を貸すものは誰もいない。
「──止まって!」
草木の茂る様に自然ならざるものを感じて、私は制止の声をあげる。黒鉄は声と同時にぴたりと止まり──。
「どしたの?」
一方で、ロレッタは止まることなく歩き続けて、草木に隠すように張られていた紐に蹴つまずいて、盛大に転がる。私はロレッタをかばうように覆いかぶさり、真祖の外套で身を覆う──が、私たちを害するような反応はなく、おそらくどこかしらに侵入者の存在を知らせるような仕掛けなのであろう、と当たりをつける。
「開けたところまで下がろう!」
言って、私はロレッタを引き起こして黒鉄に渡し、黒鉄はロレッタをぞんざいに肩にかついで、そして二人で走り出す。私一人であれば、かえって森の中の方が戦いやすいのであるが、仲間と一緒──特にロレッタも一緒となると、開けている方が守りやすい。
来た道を戻り──私たちの歩いた跡が道となっている──先ほど休憩をとった陽の射し込むあたりまできたところで、私たちは足を止める。黒鉄は肩からロレッタをおろして、彼女をかばうように前に立ち、フィーリから取り出した巨人の斧を構える。
「姿を見せい!」
黒鉄が大音声をあげて、周囲の野鳥がいっせいに飛び立つ。しばらくして、木々の間から現れたのは、野盗というには身ぎれいな、数人の女たちであった。女たちは弱腰で、巨大な斧を構える黒鉄の威容におののいているようであったが、先頭の女──亜麻色の髪を後ろで束ねた女剣士だけは様子が違った。正眼に剣を構え、黒鉄の斧から目を離さず、いざとなれば戦いも辞さないという覚悟が見てとれる。
「ぬしらが野盗の類でないならば、儂らに争う気はないぞ」
言いながらも、黒鉄は女たちを試しているのであろう、威嚇するように武威を放つ。
「──こんな山奥で何をしている」
先頭の女剣士は、自らが上であると示すかのように、黒鉄の言葉を無視して私たちを問い詰める。黒鉄の武威を受けて、なおも虚勢を張れるとは、なかなかに大したものである。
「関所を通行できなかったんだよ」
あんたらこそ何してんのさ、とロレッタが黒鉄の背中に隠れながら問いかける──が、相手に答える気はないようで、女剣士は剣を構える姿勢を崩そうとはしない。
「関所の衛兵に、西の山を越えることを勧められたんだよ」
と、私はロレッタの言葉を補うように続ける。
「──西の山を越えることを勧めたのは、白髪の老兵か?」
尋ねる女剣士に頷いて答えると、彼女は目に見えて警戒を解く。
「その老兵は我らの仲間でな。彼が西の山を越えろと勧めたのであれば、それは貴殿らを私に引きあわせるためであろう」
言って、女剣士は剣を鞘におさめる。
「私はダヴィア解放軍の一人、マリナと申すもの」
軍というのもおこがましいかもしれぬが、と女剣士──マリナは自嘲するように笑いながら、騎士の作法で辞儀をする。




