8
「財宝はありませんでした」
そう報告したときの領主の顔といったらなかった。顎が外れるのではないかと思うほどに、あんぐりと口を開いて、目の前で手を振ってみても、呆けたように反応はない。
私たち生き残った八人は、領主から迷宮踏破の報酬を受け取って──もらえるものはもらうのである──その居館を後にする。
目抜き通りは、先の喧噪が嘘のように閑散としている。あれほど建ち並んでいた露店も、いつのまにやら店じまいしたようで、まるで祭事の後のような、どこかもの寂しい心持ちになる。
百を超える英雄を呼び寄せてまで挑んだ迷宮に財宝がなかったということは、すでに街中に知れ渡っていた。しかも、その生き残りは、たったの八人だというのだから、人々の熱狂がさめるのも無理はない。
一攫千金を夢みた冒険者は去り、エントマは寂れて──もしかすると、以前のとおりの小さな村に戻ってしまうのかもしれない、と思う。
あいもかわらず衛兵のいない門をくぐって、私たちはエントマを後にする。
八人のうち青は、百腕の巨人に迷宮を授けた神──異神のことを調査せなばならぬと言い残して、すでに去り、残るものは七人。私たち三人は、黒鉄の故郷を目指して北に向かう、と告げる。
「俺たちは南に向かう」
言って、アルグスとラディは街道を南に折れる。
聞けば、二人は剣の乙女と謳われるラディの、まさにその剣と化す呪いを解くために旅を続けているのだというから、南方にその手がかりでもあるのであろう。
「マリオン──もっと育ったら、また会おう」
言って、アルグスは両手で胸のあたりに大きな山をつくりながら、品なく笑って──隣のラディに小突かれる。真の英雄と呼ばれる割には、ずいぶんと卑俗な男であるなあ、と笑って──それが不思議と心地よくて、私は彼に好感を抱く。
南に向かう二人の背中が小さくなるまで見送って。
「ラウムはどうするの?」
私はラウムに尋ねる。
「俺は──もう少しエントマにとどまることにする」
「そうなの?」
エントマに残るつもりであるというのに、門の外まで見送りとは、義理堅い男であるなあ、と意外に思う。
「今なら、仕事にあぶれた冒険者があふれているだろうからな。また仲間でも集めて、小銭でも稼ぐさ」
言って、ラウムは悪そうに笑う。その不穏な口振りからすると、何かよからぬことで稼ぐつもりなのであろうな、と私は眉をひそめる。
「また悪さをするつもりかい?」
それはよくないな、と鉄壁はラウムの顔をのぞき込む。
「うるせえな。てめえには関係ねえだろ」
「いや、関係なくはないよ。僕は君と同行することに決めたからね」
鉄壁はさらりと告げる。あまりに突飛なその発言に、ラウムの思考は追いつかなかったようで、彼は思案顔で首を傾げて。
「はあ!?」
ようやく意味が呑み込めたようで、ずいぶんと間の抜けた声をあげる。
「君のその傲慢で、周囲を傷つけてはばからない態度──騎士として、看過することはできないからね」
「ふっざけんな! そんなの俺は認めねえぞ!」
「君が認めなくても、僕はついていくさ」
ラウムの怒声を涼しい顔で受け流して、鉄壁は続ける。
「君にだって、仲間を思いやる気持ちはあるんだ。あとは、その思いやりを、周囲の人に向けることができればいい。それだけだよ」
諭すように言って、鉄壁はその白い歯をきらめかせる。
私は知っている。自らに酔っている鉄壁に、何を言っても無駄であることを。
「その盾ぶんどって、売り飛ばしてやる!」
言って、ラウムは竜鱗の盾をにらみつけて──黒鉄の許可を得て、名実ともに鉄壁のものとなった──その目を爛々と輝かせる。見送りもそっちのけに言い争いを続ける鉄壁とラウムに別れを告げて──といっても、二人からの別れの言葉は返ってこなかったのであるが──私たちは北に向かう。いくらか歩いて、振り返ってみても、二人の言い争いは止んでおらず、もしかすると意外に仲がよいのかもしれないなあ、と私は笑いながら手を振って──そして、もう振り返らない。
ちなみに、鉄壁とラウム──二人は終生の友となり、新生ラウム傭兵団は数々の冒険や戦場で勇名を馳せることになるのであるが──それはまた別のお話。
「百雄」完/次話「反乱」




