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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第15話 百雄

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7

「──魔法は使わないんじゃなかったの?」

 すぐに自失から立ち直り、私は嫌味たらしく巨人を責める。

「その弓が相手では、いささか具合がわるい。許せ」

 巨人は笑いながら答えて、悪びれる様子もない。


「青!」

 私は瞬時に判断を下して、その名を呼ぶ。

「少しの間でいいから、奴の足止めを!」

「御意」

 青は私たちをかばうように前に出て、たった一人で巨人と相対する。

「存分に打ちあおうぞ! 古きものよ!」

 応えるように巨人が吼えて。


 再び始まる戦神同士の戦いをよそに、私は手振りで皆に集まるよううながす。黒鉄とロレッタはすぐに意図を汲み取り、私のもとに駆け寄る。その様を見て察したのであろう、他のものも集まり、にわかに軍議が始まる。


「何なんだ! あの化物は!」

 開口一番、ラウムはわめき散らす。

「アルグスと青いおっさんの二人がかりでも敵わねえんだぞ! あんなもん、逃げるしかねえだろ!」

 ラウムは今にも逃げ出さんばかりの勢いで言って、皆の顔を見まわす。敵わないなら逃げる。普段であれば、もっともである、と頷くところである──が、今や迷宮は巨人によって閉ざされた空間なのである。どうしたって、逃げられようはずもない。


「弓の封印を解いて、奴を射抜いたらどうなる?」

 黒鉄はラウムの主張を取り合いもせず、真剣な面持ちでフィーリに尋ねる。

「奴の障壁など紙も同然でしょうが──迷宮の表層に築かれたエントマの街も滅びてしまうでしょう」

 フィーリは淡々と答えて、黒鉄は星を穿つ一撃の代償に黙り込む。


「その弓なら、あの化物を殺れるってのか?」

 ラウムは黒鉄とは異なり、フィーリの答えに光明を見出したようで、だったら、と力強く続ける。

「奴を倒す手だてがあるなら、そうするべきだろうが! エントマの連中なんて、どうでもいい! まずは自分の命だろう!」

 まくしたてるラウムの言葉に、誰も賛同はしない──が反対もしない。いざとなれば自らの命を優先するというのは、戦士としては当然の心得である。しかし、それでも──まだ、あきらめるには早すぎる。


「おい、娘」

「マリオン」

 呼びかけるアルグスの言葉を訂正すると、彼は心から愉快であるというように口角をあげる。

「マリオン、巨人の障壁──六枚の障壁をどうにかして、奴を射抜く算段があるんだろ?」

 まだ何も話していないというのに考えを見抜かれて、私は少なからず驚く。確かに、考えはある。しかし、皆が私の考えに命を預けてくれるかと言えば、その確信はなく、言いあぐねていたのであるが──私は逡巡しながらも頷いて返す。


「いいだろう、俺の命を預けよう」

 アルグスは拍子抜けするほどに軽々と返して。

「ちょっと、アルグス!」

 剣となったラディが、どこから声を出しているものやら、可憐な声をあげて制止する。

「ラディ、俺の目を信じろ」

 言って、アルグスは自らの胸を叩いて──それだけで皆の覚悟が決まったのが伝わる。英雄の資質とはかようなものであろうか、と私はアルグスに一目おいて──そして、皆に巨人を屠る策について話し始める。



「青!」

 巨人の足止めを続ける青の背中に呼びかける。

「奴の右腕をお願い!」

「御意」

 短く答えて、青は何故とも問わずに、巨人に向かって左側にまわり込む。私をのぞく残りの六人は──正確には五人と一本である──巨人に向かって右側に陣取って──巨人が不敵に笑い、決戦が始まる。


 先ほどまで一人きりで巨人と相対していた青は、危なげなく巨人の右腕をさばいて、左翼の戦線を維持する。一方で、アルグスをはじめとする六人も負けてはいなかった。エントマに集った百を超える戦士のうち、類稀なる英雄のみが生き残ったのである。彼らはアルグスの指示のもと見事に連携して、右翼の戦線を維持する。


 拮抗する戦線にほころびが生じて、最初に危機を迎えたのは──黒鉄だった。

「剛勇のドワーフよ!」

 巨人は黒鉄との数十合にわたる打ちあいの末、勝ち誇るように告げる。

「見事な膂力よ──しかし、その斧は貴様の膂力には見あわぬものであったようだな」

 巨人の言葉のとおり、黒鉄の手にする古代の斧は──魔人さえも斬り裂いた斧であるというのに──その半ばから折れて、斧頭は荒野に落ちて、乾いた音をたてる。


「貴様のことは忘れまいぞ!」

 巨人は黒鉄との戦いに満足したようで、恍惚とした顔で止めの一撃を放つ。

「なんの!」

 吼えて、黒鉄は大地に突きたてられた巨人の斧を引き抜き──引き抜いただけでも驚きであるというのに──それを振るって、巨人の一撃を打ち払う。


「我が斧を──振るうか!」

 巨人は歓喜の声をあげて、再び黒鉄との打ちあいに興じる。


 黒鉄は、自らの身の丈の数倍はあろうかという巨人の斧を、まるで棍でも扱うかのように軽々と振りまわして、巨人の一腕どころか、二腕の相手をしてみせる。黒鉄の剛力で振りまわされた斧は、遠心力でさらなる力を得て、巨人の鉄槌をも弾き返して──弾かれたその腕に、アルグスが狙いをさだめる。


「もらった!」

 アルグスの渾身の一撃は、巨人の腕の半ばまで斬り込んで──しかし、そこでぴたりと止まる。

「見事な一撃よ」

 言って、巨人はアルグスの剣を受けた腕に力を込めて──隆起した筋肉は、まるでそれ自体が生き物であるかのように、彼の剣を覆う。

「──しかし、古きものをのぞけば、もっとも強き剛のものは貴様よ。警戒すべきは貴様の一撃。くるとわかっておれば、こうして耐えることもできるというもの」

「そりゃどうも!」

 返して、アルグスは剣を引き抜こうと力を込めるが、山のごとく隆起した筋肉に覆われた剣は、微動だにしない。

「楽しませてもらったぞ、強きものよ」

 賛辞を述べて、巨人はアルグスの身の丈ほどもあろうかという大剣を、彼に向けて振りおろす。アルグスは逃げようともせずに──巨人にとらわれている剣は、彼の相棒たるラディなのであるから、捨ておいて逃げるわけにもいかない──今にも彼を打ち砕かんとする大剣を、真っ向から見すえて。


「ま──俺は囮なんだけどな」

 アルグスがつぶやくと同時に、その背後から飛び出したロレッタが赤剣を振るう。無造作に振りおろしただけの未熟な一撃は、しかしアルグスの剣をとらえて離さない巨人の左腕を一刀のもとに斬り飛ばす。巨人は、斬り落とされた自らの腕を、信じられぬものでも見るかのように、呆然とみつめる。その隙を見逃す青ではなかった。アルグスに振りおろさんとしていた巨人の右腕に銀光がきらめいたかと思うと、腕は見事に両断されて、握りしめていた大剣とともに地を揺らす。


 巨人の二本の腕が地に落ちると同時に、私は旅神の弓に命ずる。

『貫け!』

 放たれた矢は光りをまとって、さながら彗星のように飛ぶ。巨人は、先ほどと同様に瞬時に武器を捨てて、障壁を展開する。残る四つの腕で四つの障壁を重ねて構えて──しかし、旅神の矢はそれをものともせず、次々に障壁を打ち砕いて、ついには巨人の胸をも穿つ。



「──おお」

 自らの胸に空いた大穴をみつめて。

「ふははは!」

 巨人は、心から愉快であるというように、哄笑する。


「おいおい、不死身かよ」

「いや──」

 もはやこれまで、と逃げ出そうとするラウムを、アルグスが制止する。


 巨人は荒野に転がった自らの腕を感慨深そうに見下ろして。

「我が腕を落とすとは、見事なり、赤毛の妖精よ。見事なり、古きものよ」

 と、心からであろう賛辞を述べる。

「つまらぬ相手と罵ったことを詫びよう、真祖の騎士よ」

 続く謝罪の言葉に、青は小さく頷く。


 次いで、巨人はゆるりと歩いて、私の前で足を止める。

「そして──見事なり」

 と、私を見下ろして。

「六枚は無理でも、四枚の障壁であれば射抜けると判断したというわけか」

 貴様から殺すべきであったな、と物騒なことをつぶやいて。

「見誤っておったぞ、娘──貴様こそが、当代随一の剛のものよ」

 しぼり出すように言って、巨人はその場に膝をつく。


「これが──敗北か」

 死を目前にして、しかし歓喜に震えながら、恍惚とつぶやいて──百腕の巨人は、荒野に倒れ伏す。そして、その身は一瞬で千年の時を経たかのようにしなびていき、やがて塵となり──風に吹かれて消えた。

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