6
階段を下りると、眼前には果てなき荒野が広がっていた。
古戦場とでも言えばよいのだろうか、荒野には数多の武具が散乱しており、その傍らでは持ち主と思しき骸が朽ちている。
「おい!」
ラウムの声に振り返ってみると、つい先ほど下りてきたはずの階段はどこにもない。私たちは逃れようもなく、迷宮の主の思惑のとおりに、地の底まで誘われたというわけである。
乾いた風が、剣戟の音を運ぶ。その響きに、かすかに黒鉄の雄叫びが混ざったような気がして、私は思わず駆け出す。
「ちょっと、マリオン!」
呼びとめるロレッタの声を振り切って、荒野に突きたてられた巨大な武器群の間を縫うようにして──これほど巨大な武器を、いったい誰が扱えるというのだろう──私は疾風のごとく駆ける。突きたった巨大な大剣の脇を抜けて、横たわる巨大な斧を飛び越えて、やがて戦場にたどりついて──息をのむ。
エントマに集いし百の英雄のうち、迷宮の最奥までたどりついたほどの豪傑たちが、一様に倒れ伏している。そのほとんどはすでに事切れているようで──かろうじて戦意を失っていない二人を守るようにして、黒鉄が盾を構えている。
「黒鉄!」
私の叫びと同時に、巨大な鉄槌が魔鋼の盾を打つ。その海神を彷彿とさせる一撃に、さしもの黒鉄もたまらず吹き飛び、荒野に突きたった大剣に、したたかに身を打ちつける。血を吐いて悶絶する黒鉄に慌てて駆け寄り、助け起こして、内臓を損傷しているのであろうと当たりをつけて、フィーリから取り出した傷薬を飲ませる。
「ようこそ、新たな強者よ!」
耳をふさぎたくなるような大音声が響き、私は顔をあげる。遥かな高みから私を見下ろしているのは、英雄アルグスとはくらぶべくもないほどに巨大な──まさしく「巨人」であった。
「百腕の巨人──」
いつのまにやら私を守るようにして巨人の前に立っていた青が、めずらしく感情をあらわにして、苦々しくつぶやく。
「おう、古きものよ」
百腕と呼ばれた巨人は──といっても、実際には巨人の腕は六本しかないのであるが──どうやら青とは知己のようで、馴れなれしく声をかける。
「知り合い?」
「遥か昔に、剣を交えたことがあります」
返して、青は忌々しそうに続ける。
「百腕の巨人──奴は武人です。強者と戦うことをこよなく好み、数多の戦場を駆けて、なお不敗であると聞き及んでおります」
武人──そう言われてみれば、確かに巨人の身体には数えきれぬほどの戦傷が刻まれており、なるほど歴戦の勇士なのであろう、と思わせる。
「奴は神ごときものではなく、その末裔にすぎません。不死ではなく、心の臓を貫けば殺すことのできる、長命な巨人にすぎないのです。しかしながら、この千年──奴の心臓を貫いたものは、誰一人としておりません」
「──そう、貴様を含めてな」
巨人は青の言葉を補足するように割って入る。
「あの頃の貴様はつまらぬ相手であった」
言いながら、巨人は荒野に突きたった大剣を引き抜いて、右腕の一つで構える。
「しかし、吸血鬼は年を経るほどに強くなると聞く。どれ、その成長とやらを見せてもらおうではないか」
「侮るな。あの頃の私は、主の騎士ではなかった」
「言葉は無粋」
青白き炎のごとく、静かな怒りに燃える青を、巨人は嘲るように一笑に付す。
「ならば、剣で示してみせよう!」
吠えて、青は剣を抜く。その鬼気迫る怒気に応えるように、巨人は荒野に突きたった武器群から、さらなる武器を引き抜いて、六本の腕で構える。
「貴様らも聞けい!」
巨人の声は、雷鳴のごとく轟く。
「我が迷宮は神よりたまいしもの。強者を渇望する我が願いに応えてつくられし迷宮ゆえに、我を倒さずんば、脱することあたわず」
巨人はさらりととんでもないことを告げる。
「我は武をもってのみ戦う」
魔法は使わぬゆえ安心せよ、と巨人は続ける──が、巨大な武器を六腕に構えた威容を目にして、安心などできようはずもない。
「我が前に武威を示せ!」
大地を震わせるようなその大音声をもって、青と巨人は剣を交える。
青と巨人の攻防は凄まじいものだった。
青の斬撃は、私の目をもってしても、銀の光としかとらえられぬほどの速さであるというのに、巨人はそのすべてを剛腕で打ち落とす。巨人の六本の腕は、それぞれが別の意思を持っているかのように自在に躍り、とても六本しかないとは思えないほどで──なるほど、百腕と呼ばれるのも頷ける。
数合、数十合と斬り結ぶうちに、速さで上まわるはずの青を、巨人がその手数で圧倒し始める。怒涛のように襲いくる巨人の連撃を、青は最小限の動きでかわしながら反撃する。それゆえに、青の身体には常人ならば致命傷となるような傷が次々と刻まれていくのであるが、青はその程度かすり傷にすぎぬとでもいうように、平然と剣を振るう。吸血鬼の力によるものであろう、傷は見る間にふさがり──二人の攻防は途切れることなく続く。
戦神のごとき戦いぶりに圧倒されて、私は──いや、私たちは動くこともできない。瞬きすることも忘れて、憑りつかれたように戦いに見入って──いちはやく我に返ったのは、先ほど黒鉄に守られていた二人のうちの一人──英雄アルグスだった。
「黒鉄の旦那を頼む!」
私にそう言って、アルグスは駆け出す。巨人と対等に戦う青の強さに勝機を見出したのであろう、二人の戦いに割って入って、巨人の一撃をかわしざまにその脇腹を薙ぐ。
「──ほう」
巨人は青と打ちあいながらも、感嘆の声をあげる。見れば、巨人の脇腹には、うっすらと血が滲んでいて──巨人に最初の傷を負わせたものが、真祖の騎士たる青ではなく、まさか人間のアルグスであろうとは。想像だにしておらず、その英雄たるにふさわしい剣技に驚嘆する。
「此度の獲物は活きがよい!」
人間風情に傷をつけられたというのに、巨人は歓喜の声をあげる。
「おいおい、こいつはドワーフの名工の鍛えた剣だぞ」
初撃の後、アルグスは巨人の脇を駆け抜けるようにそのまま戦線から離脱して、そして自らの剣を目にしてぼやく。それもそのはず。巨人と剣を交えたわけでもないというのに、アルグスの剣はわずかにひび割れていて──あれでは、巨人と数合も打ちあえば、たやすく砕けてしまうであろう、と思う。
「お前らも手伝え!」
アルグスはそれでもなお戦意を失わずに剣を構えて、ようやく戦場にたどりついた鉄壁とラウム──そしてその後ろのロレッタに呼びかける。
鉄壁とラウムは一目で状況を察したものか、立ち止まることなく私の傍らを駆け抜ける。鉄壁はアルグスを守るように前に出て、竜鱗の大盾を斜めに構えて、巨人の一腕から繰り出される槍の一突きを弾いてみせる。ラウムは弾かれた槍の下に潜り込み、身を低くしたまま駆け抜けて、そのまま槍を握る巨人の拳めがけて曲刀を振るう──が、ラウムの妙技はたやすく弾かれて、巨人の表皮を傷つけるにさえ至らない。
「こいつに傷をつけたの誰だよ」
巨人の脇腹にうっすらと残る刀傷を認めて、ラウムは渋面でつぶやく。
「俺だよ! でも、剣はこうなっちまったけどな!」
言って、アルグスはひび割れた剣を、これ見よがしに掲げる。
「けっ! てめえにはもう一本の剣があるだろうに!」
「はっ! 違いねえ!」
アルグスは軽口でも叩くように返して、ひび割れた剣のまま、巨人と剣を交える。もう一本の剣があるというのならば、早々に持ち替えるべきであろうに──気をもみながら見守っていると、はたしてアルグスの剣は数合の打ちあいにも耐えきれず、真っ二つに折れてしまう。
「ラディ!」
折れた剣を放り投げて、アルグスは後方に控えていたエルフに呼びかける。それが彼女の名なのであろう、エルフ──ラディは、心得た、とばかりに頷いて、何やら詠唱を始める。
『──』
力ある言葉を唱えると、ラディはまばゆい光に包まれる。あまりのまぶしさに思わず目を背けて──再び彼女を見やると、そこには先ほどまでの黄金の乙女の姿はなく、代わりに透きとおるような白銀の剣が突きたっている。アルグスは当然のようにその剣を引き抜いて、肩にかつぐようにして構える。
「あれが噂に聞くアルグスの剣──ラディであろうの」
「──黒鉄!」
ようやくフィーリの傷薬の効果が現れたようで、黒鉄が目を覚ます。
「儂ばかり寝ておるわけにもいくまいよ」
黒鉄は古代の斧を杖代わりにして立ちあがる。
「マリオン、ロレッタ、ぬしらは後方からの支援を頼む!」
完全に傷が癒えたわけでもないであろうに、止める間もなく黒鉄は駆け出して──かくして、エントマに集いし英雄と、迷宮の主たる巨人との死闘が始まる。
幸いにして、青が巨人の攻撃の大半を引き受けてくれているおかげで、我々にも戦いようはあった。
黒鉄と鉄壁は前に出て、二人がかりで巨人の一撃を受け止める。そうして巨人の一腕を封じた隙に、アルグスとラウムはそれぞれに剣を振るう。アルグスの一撃は巨人にかすり傷を負わせるが、ラウムの一撃はその肌に弾かれて表皮をすべるのみ──しかし、それでよいのである。わずかなりともわずらわしいと思ってもらえれば、それでよい。
『爆炎よ!』
ロレッタの力ある言葉とともに、爆炎が放たれる。巨人にとっては、彼女の爆炎など目くらましにすぎないのであろうが、アルグスにとってはそれで十分だった。アルグスは爆炎にまぎれて巨人の股を抜けて、飛びあがりざまに奴の左膝の裏を打つ。巨人はわずかによろめいて──私はそれを見逃さない。
『大きくあれ!』
唱えると、旅神の弓は長大に姿を変じる。長弓を構えて、瞬時に巨人の心臓に狙いをさだめる。
『貫け!』
放たれた矢は光りをまとって、さながら彗星のように飛ぶ。巨人は、私の力ある言葉に反応して、飛来する矢を視界にとらえる。しかし、いかな百腕の巨人とはいえ、隙をついて放たれた神速の一撃を避けられようはずもなく、矢はあやまたず奴の胸を貫かんとする──まさに、その瞬間。
「喝!」
吼えたかと思うと、巨人は群がる冒険者たちを薙ぎ払い、瞬時に武器を捨てて、それぞれの腕から魔法の障壁を展開する。
「──まさか『星を穿つもの』とは」
巨人は六つの腕で六つの障壁を重ねるようにして構えており、私の放った必殺の一撃は、六つ目の障壁を貫いたところで止まっている。
「──嘘でしょ」
私は呆然とつぶやく。無敵の力を誇る旅神の弓の一撃を、まさか真っ向から受け止めるものがいようとは。
「見事な一撃であったが、我には届かなんだな」
巨人は障壁を解いて旅神の矢をつかんで、その剛力でへし折ってみせる。
「我を滅ぼすために、星を穿つ一撃を放ってみせるか?」
それもまた一興、と巨人は不敵に笑う。




