第92話 『 男と天使の約束 』
【 side颯太 】
―― 5 ――
「これが地球の食べ物――なんと美味なものか」
「気に入ってもらえて何よりだよ」
「アリシア様はこんなものを毎日食べておられるのだな。うらやま……いやなんでもない」
「羨ましいんだな」
本音を隠しきれていないアムネトに苦笑しつつ、
「それで、天使が超能力じみた凄いことができるのは分かったよ。それが、神様の恩恵、ってやつなのか」
「あぁ。これも力の一部に過ぎないがな」
休息とおしる粉効果もあってか、再会した時よも随分と物腰が柔らかくなったアムネトはすんなりと頷いた。
「神様と恩恵とは、魂全てに与えられる祝福だ」
なんだか現実世界で起きてる出来事ではないような気がして、颯太は軽く眩暈を覚えた。
頭を強く振りながら、颯太は思考を加速させて、
「なら、人間にも神様の恩恵があるってことか?」
「当然だろう。まぁ、その祝福も無限ではなく有限だからな。優劣はある。人間に与えられる神様の恩恵はこの程度で、我ら天使は、人間よりも多く神様の恩恵が与えられる」
「身内贔屓が過ぎんだろ、神様」
アムネトが口頭に加えて両手でその違いを教えてくれた。片方はほぼ隙間がなく、もう片方は拳が余裕で入りそうなくらい隙間があった。
「そう嘆くな。人間の数が多すぎるのだ。それに、思考を持つものに多く恩恵を与えれば、いずれその種族は争いだし、果てには滅亡する。貴様らの先人どもがそれを実証済みだろう」
「それを言われると反論できないな」
嫌悪感を抱きながら言うアムネトに、颯太は口を噤むしかなかった。彼の言う通り、人は自分がより豊かになろうとするから騙し、貶め、醜く争う。
「まぁ、神様が人間をちゃんと評価してるのっては分かったよ。天使が俺たちより多く恩恵を貰ってるのは、天使が神様に従順で、魂を救う役目があるからなんだろ」
「そうだ。我々が多く神様より恩恵を与えられるのは、極めて自然の道理なのだ」
「そして、アリシアはその天使たち以上に多く恩恵を貰ってるってことか」
「相変わらず、理解力は速いようだな」
「たまたま地球にも似たような仕組みのものがあるんだよ」
「ほう。それは興味深いな」
ゲームに興味を抱くアムネトを置いておきつつ、颯太はこれまでの内容を脳内で纏めた。
「うん。なんとなく、神様の恩恵ってのが分かってきた気がする」
神様の恩恵をゲームで例えるならば、スキルポイントとでもいうべきか。あらかじめ神様ならざる者から個々に分け与えて、それを消費しながら人生を進めていく。それが人の《運》として機能したり、恩恵が多く与えられた者は、何かの分野に突出している《天才》であったり、颯太の父のように運動に秀でた《超人》であったり、テレビでしか見た事がない《超能力者》だったりする訳だ。
本当に、ゲームみたいなことが現実に起きているかと、驚愕せずにはいられなかった。
「やっぱ平等じゃないだな、現実って」
現実はやっぱり不平等で、でも、それだけに自分がどれほど幸運の持ち主なのか思い知らされる。以前よりも、より強く。
それを実感しながら拳を強く握って、颯太はアムネトに向き直った。
神様の恩恵という概念を自分の中でさらに解釈し、理解して、これが今、彼女にどんな影響を及ぼしているのか、それを知る為に。
「人間が神様の恩恵を少ししか貰ってないことは分かったし、天使が特別だってことも分かった。――アリシアは、神様の恩恵がそのままなんだよな。天使じゃなくなって尚、人として生きてるのに、天使だった時の恩恵を与えられたまま」
「あぁ」
「それなら、この世界でアリシアが抱えてる神様の恩恵はどうなる?」
理屈でいえば、神様の恩恵が人よりも格段に多く所有しているアリシアはアムネトのように超能力が使えてもおかしくはない。けれど、これまで一緒に過ごした中でその片鱗をみたことがなかった。
颯太が危惧することを、当然彼女を監視していたアムネトが問題視しないはずもなく、
「それが問題なのだ」
深刻な顔で答えた。
「アリシア様は、おそらく今の自分の状態を気付いていない。堕天したから力が失われたと、そう思い込んでるはずだ。地球に堕ちてからも同じように。だから、これまで自らの力を行使しないでいられた。――が、もし、この先、万が一でも自分の力が以前のままだと気付いてしまった場合、制御ができなくなる」
「どうして」
「溢れ出す力を、一瞬で制御できるものがいるか? 溢れる力量が多くなるほど。制御というのは難しくなるものだ」
「……破裂した時の水道管みたいなもんか」
アムネトに説明に、颯太はそれを連想させた。
ハンドルを捻れば水量が調節できる蛇口も、水道管が破裂すれば滝の如く勢いで水が溢れ出す。確かに、それを自分一人で制御するのは難しい。
「それが、暴走……」
ごくり、と生唾を飲み込む。
「なぁ、暴走した場合って、アリシアはどうなるんだ? まさか、死なないよな」
最も危惧すべき事態を言葉にすれば、体が恐怖に震えた。
それを否定するように、アムネトは首を横に振った。
「死ぬことはないし、アリシア様の体に直接の害が及ぶことはない」
「そっか。良かった」
「よくあるものか。暴走すれば、周囲に被害が及ぶのだ。それも、アリシア様の場合はそれがどれほどの被害か分からないんだぞ」
「それでも、死ぬよりはマシだよ」
「……貴様は楽観的なのか、それとも馬鹿なのかどっちだ?」
「たぶん馬鹿だと思う」
自分で卑下して苦笑すれば、アムネトは訳が分からんと首を捻る。
アリシアが死ぬよりも怖いことなんてないのだ。
もし、仮にアリシアが暴走したなら、その時は――
「アリシアが暴走した時は、俺が命に代えても止めるよ」
「大した力もないのにどうやって? 貴様は天使ではないんだぞ」
その問いかけは至極当然のものだった。アムネトなら、きっとアリシアを止められる。それに比べて、颯太はただの人間でただの高校生だ。
それでも、
「できる限りのことは尽くす。何度も止まってって叫ぶし、それでも止まらなかったら……叩くと思う。凄く心苦しいけど、でも、それ以上にアリシアは辛くなるだろうから」
誰よりも優しい子なのだ。アリシアは。そんな彼女が暴走して、町や誰かを傷つけたとすれば、彼女はきっと自分を死んでも許さない。
「アリシアが辛いなのは、嫌なんだ。アリシアには、ずっと笑っていてほしい。だから、例えどんな事をしてでも、俺はアリシアを止めるって約束する」
覚悟を灯した拳を突き上げれば、アムネトは怪訝に顔を顰めた。
「誰に?」
「お前に」
「ハッ」
「なんで鼻で笑うんだよ」
盛大に鼻で笑われて、颯太はむっ、と頬を膨らませた。
「なぜ私がお前と約束をせねばならんのだ」
「――お前が、一番アリシアのことを想ってるからだよ」
「…………」
「やっぱごめん、二番で」
「なぜ一番じゃないんだ⁉」
いきなり訂正した颯太にアムネトが目を向いた。
「いやアリシアを一番思ってるのは絶対に俺だから」
「やかましいわ!」
不快げに鼻を鳴らすアムネトに苦笑しながら、颯太は言った。
「でも、アムネトが俺と同じくらいアリシアの事を想ってるのは分かるから」
「…………」
颯太の言葉に片目を覗かせるアムネト。聞き耳は立ててくれる天使に内心で感謝しつつ、颯太は続けた。
「お前がアリシアを監視するって天帝様から役目を貰ったのだって、アリシアが心配だったからだろ。じゃなきゃ、聖大天使なんて忙しい役目をやりながら監視になんて来ないだろ」
アリシアから、天界での階位は聞いている。聖大天使は天帝の次に高い階位。ならば必然と、彼が多忙だということは分かる訳で。
「俺はまだ、何もかも未熟だ。だけど、だからこそ任せて欲しい。――アリシアだけは必ず、不幸にはさせない」
幸せにする、そう彼に断言できなかったのが、心臓を抉りたくなるくらいに苦しかった。今のアリシアが幸せかどうかは、彼女の表情を思い出せば否応なく分かる。
ならばこそ、アリシアの為にできることがあるならば、それを果たすのが恋人として、アリシアを堕天させた人間としての務めだと思うから。
「俺に、アリシアの事を任せてください。アムネト様」
初めて颯太はアムネトに――聖大天使に頭を下げた。それが、懇願する者の最低限の礼儀で、アリシアを想う者への最大限の礼儀だからだ。
必死の懇願。それに聖大天使は――
「そこまで言うのなら、お前に任せてみよう」
フンッ、と鼻を鳴らしてアムネトは受け入れてくれた。
「本当か!」
バッ、と顔を上げれば、アムネトは顔を顰めながら、
「天使に二言はない」
そう約束してくれた。
「ありがとう、アムネト」
「なに、その方が私も責務に集中できると思っただけだ。決して、お前とアリシア様を想っての事ではない」
照れくさげに、アムネトは言う。
そして、
「勘違いするなよ」
ツンデレぷっりを魅せてくれた。
彼の期待に、颯太は強く、生きた16年の中で一番強く頷いた。
「あぁ。絶対、アムネトとの約束守るよ」
「ふんっ」
天使と男の約束が果たされたのだった。
―― Fin ――
え、アムネト可愛いと思ってるの俺だけ?
次話更新は20時から!




