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【休載中】天罰のメソッド〜処刑天使。ひきこもりの少年に恋をする〜  作者: 結乃拓也
第二部 【 紫惑の懺悔編 】
96/234

第89話 『 物語るは喧騒 』

【 side颯太 】


―― 2 ――

 

 予定通り午後から学校に向かう準備を完了させれば、颯太は玄関に手を掛けた。


「それじゃあ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃい」


 見送られる顔には僅かに生気が戻っているような気がして、颯太はほぅ、と息を吐く。


「なるべく早く帰ってくるから」

「もうっ。心配性ですね、ソウタさんは――ちゃんと、此処で帰りを待っていますよ」


 そう言われるといくらか気分も晴れる。けれど、それがアリシアの強がりであることはすぐに理解できてしまう。アリシアの癖くらい、颯太は余裕で見抜けた。

 彼女の事は心配ではあるが、ここで彼女の言葉を信じなければ恋人とは言えない。葛藤する心を叱咤して、颯太は手掛けを引いた。

 ゆっくりと外の景色が広がって、アリシアは金色の瞳を細める。ギュッ、と己のスカートを握ったのはきっと、寂しさを堪える為だろう。アリシアも、己と闘っているのだ。


「じゃあ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。ソウタさん」


 弱々しい笑みに見届けながら、颯太は前を向いた。

 ぴしゃり、と閉じた玄関の音が、やけに鮮明に聞こえた気がした。


 *************************************


 昼休みに合わせて学校に着けば、颯太はそのまま玄関口で室内シューズに履き替えて職員室へと足を運んだ。そこで遅刻届を提出して、颯太は担任の先生に顔を合わしてから自身の教室に向かった。


「ソウタ!」


 と声を大きく上げながら駆け寄ってきたのは、朋絵だった。


「おはよ、朋絵」

「おはよう……って、もう体調は良いの?」


 傍から見れば、朋絵は颯太の体調を心配して聞いている風に見えるが、実際はアリシアのことを慮っているのだ。

 眉尻を下げる朋絵に、颯太はこくりと頷くと、


「あぁ。少し良くなった気がしたから、たぶん大丈夫だと思う。でも、今日は部活休むよ」

「そうしな。竹部先生も休めって言うだろうから」


 朋絵に背中を叩かれ、颯太は彼女の優しさにこれまで貼っていた緊張感が僅かに和らぐ感覚を味わった。


「それと、悪い。あとで午前やった授業の内容写させてくれるか」

「なんで謝んの。いつも颯太に勉強教えてもらってるんだから、それくらい気にしなくていいから。というか、今日はそのつもりで授業寝てなかったから、陸人もね!」

「そりゃ凄いな。先生も驚いてだろ」


 本当に最近は誰かに謝ってばかりで、それだけに朋絵の優しさが胸に染みる。アリシアがいなければ惚れてもおかしくないくらい、朋絵が魅力的な女の子に見えた。

 そして自分の席の方に顔を向ければ、前の席でこちらの様子を窺っていた陸人が親指を立てた。彼が親友で良かったと、初めて思えた気がした。


「本当に、俺はもったないくらいの友達だよ。爺ちゃん」


 弱気な心が、無意識に敬愛する祖父を求めた。きっと、祖父ならば男がうじうじするな、と叱責して尻を叩いてはずだ。どうせなら、叩いて、励まして欲しかった。


 ――馬鹿か。俺が弱気になってどうする。


 強くかぶりを振って、颯太は曲がった性根を自ら叩きなおす。

 今は、颯太が弱音を吐く時ではない。アリシアの為に、不格好でも強がっていなければならないのだ。

 深く、さらに深く吐息して、颯太は自席に進む。

 眦を決めたのは、退屈そうに窓を眺める少女がこちらに気付いて振り返ったから。


「おはよう。ソウタくん」


 にこりと微笑む聖羅に、颯太は言い知れぬ何かを感じた。どうして、と胸裏にそんな疑問が生まれるが、今はそれに構ってる暇はなかった。


「おはよ、神払」

「――――」


 そう挨拶すれば、聖羅は不満そうに口を尖らせた。一瞬、訳が分からないと顔を顰めたが、理由はすぐに思い出した。

 昨日。聖羅が所望した内容を。

 颯太はため息を吐くと、


「おはよう。――聖羅」


 颯太が彼女の名前を呼んだ瞬間、教室がざわついた。


「おはよう。ソウタくん」


 明らかに意図がある微笑みに、颯太は頬を引き攣らせ、教室はさらなる驚愕が生まれた。

 カタリ、と聖羅が優雅に席から立てば、真紅の双眸を愉快そうに細めながら、


「昨日は楽しかったわね。お買い物」

「――っ」


 露骨にクラスメイトたちに聞こえるように言ってきて、颯太は声にならない叫びを上げた。

 聖羅の一言に、朋絵が目を向いて、陸人が口に含んでいた牛乳を噴き出して、教室が一際大きくどよめきが生まれた。

 マズい、と颯太の頭は即座に理解する。


 ――こいつ、絶対ろくでもないことしようとしてやがる⁉


 名前を呼びを此処で強要してきたのも、おそらく、周囲に何らかのアピールを送る意図があるからだろう。

 その意図は確実に、颯太の脳が警鐘を鳴らしている通りのものだ。

 ならばすぐにでも、聖羅に話を付けなければならない。

 このまま、聖羅に好き勝手に暴れてもらう訳にはいかないのだ。


「ちょっと二人きりで話したいことがある! 来い!」

「えー、ここで話せばいいじゃないですか。それとも、何か、皆には知られてはマズいことでもするんですか」


 聖羅が舌を舐めながら耳元で囁けば、背中に寒気が走った。堪らず一歩距離を退けば、聖羅はなおもその顔に笑みを貼り続けていた。


「その誤解を生むような発言をやめろ! 普通に、お前と話したいことがあるだけだ……」


 ここで聖羅を調子に乗らせる訳もいかず、颯太は挑発めいた声音で続けた。


「俺は、別にここで話しても構わない。けど、お前としても、俺と一体一で話した方が都合がいいことがあるんじゃないか」


 昨日の件を引き合いに出せば、聖羅はふむ、と頷く。

 聖羅が十分に思案するのを待って、颯太は再び提案を持ち掛けた。


「お前と、二人きりで話がしたい。だからついて来てくれ」

「ふふ。喜んで。私はソウタくんの言う事ならなんでも聞いてあげるわ」

「だから誤解が生む発言止めろ! 行くぞ⁉」


 聖羅の手を無理矢理掴んで引っ張れば、聖羅はきゃんと可愛らしく鳴いてついて来る。

 教室を去る間際。朋絵が「あばば」と泡を吹いて倒れたが、今はそれに構ってる暇はなかった。朋絵のことは、陸人に任せる。


「お前、性格悪すぎだろ……ッ」

「あらら、なんのことかしら。私は空気が読めて理解力もある良い女よ」

「だったら尚更空気読めよ⁉」


 わざとらしく視線を逸らす聖羅に、颯太は声を荒げる。

 この光景を、他人はどう捉えるだろうか。

 仲の良い男女友達の戯れと捉えるか。

 将又、誕生したばかりの恋人の惚気と捉えるか。

 教室の悲鳴が、それを物語っていて。


「ホント、最悪だ……っ‼」

「私は最高の気分よ」


 顔面蒼白する颯太と、意気揚々とステップを刻む聖羅。

 極端な表情を浮かべる二人が、廊下を駆け抜けていく――。

 

  ―― Fin ――


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