第87話(表) 『 露わになる本性 』
【 side颯太 】
―― 22 ――
「寝ちゃったみたいね」
「うん」
車を走らせるみつ姉がバックミラー越しに覗いてきて、颯太は静かに頷く。
颯太の肩に顔を乗せて、アリシアは小さな寝息を立てていた。
「家に帰ったら、少しは落ち着いてくれてるといいんだけど」
「そうね」
アリシアの横髪をそっと払って、颯太は黒い瞳に憂いを帯びる。
解散の直後のアリシアの倒錯ぶりは、二人の目から見ても異常だった。これまでのアリシアならば、きっとすんなりと颯太を見送っていたはずだ。それなのに、先刻のアリシアは颯太が離れることを拒んだ――否、アリシアが危惧したのはそれなではない。
「俺と、神払がいることが、そんなに嫌だったのかな」
「聞き分けが良くたって、アーちゃんだって女の子だからね。きっと、ソウちゃんが取られるとでも勘違いしたんじゃないかしら」
「俺はアリシアのことしか見てないのに」
苦笑する声が前方から聞こえてくる。颯太はアリシアの頭を撫でると、くぅ、と小さい鳴き声が返ってきた。
「あんなアリシア、初めてみた」
「そうなんだ」
「うん。俺が朋絵と話してる時は、あんな風に感情的にならないんだ。みつ姉と二人きりで話してても、アリシアはずっと笑ってるだろ」
「えぇ。すごく楽しそうにね」
朋絵とみつ姉。二人と居ても、アリシアは嫉妬心を向けたりはしない。颯太の言葉通り、それを楽しんでいる様子だ。聖羅や二人以外の異性が例外なのか、それとも、やはりアリシアの中で何か変化が起きているのか。
いずれにせよ、アリシアの心境に変化が起こっているのは明確で。
「俺、アリシアを〝天使〟から〝人〟に堕天させて、少しだけ後悔してるんだ」
「――どうして?」
みつ姉は、アリシアが天使であることを知っている。というより、そうであると信じている。だから、颯太はアリシアを天使から人へと堕天させた事をみつ姉に告げていた。
「アリシアは天使だったから、心が真っ直ぐで綺麗だった。でも、俺と恋人になってからのアリシアは、どんどん人としての感情が強くなっていってる気がして」
人は、欲深いもの。何かを手に入れる為なら、犠牲なんて厭わない存在だ。颯太がアリシアを手に入れる為に、自らを代償にしようとしたように。
「俺は、どんなアリシアでも好きでいられる自信がある。でも、今のアリシアを見てるのが、少し……」
「辛い?」
颯太が躊躇したものを、代わりにみつ姉が答えた。
「うん」
アリシアの成長に嬉しい自分がいる反面、次第に天使であったことすらも忘れてしまうのではないか。そんな恐怖が、颯太を苦悩とさせる。
「アリシアは、俺の為に頑張ってくれる。でも、それだけに囚われて、外の世界に目を向けなくなったらと思うと、正直俺がアリシアを人にした意味って何なのかな、て思う」
「ソウちゃんは、アーちゃんに色々な事を知って欲しくて助けたんだものね」
一緒に居たいから、アリシアをあの日取り戻した理由はそれだけじゃない。彼女がアムネトに連れ去れる直前、もっと色々な世界を一緒に知っていこうと約束した。アリシアの翼なら何処へでも飛べると思ったからだ。でも、その翼がいま、颯太のせいで閉じられようとしている。
「ソウちゃんは、アーちゃんにどうなって欲しいの?」
不意にみつ姉から投げられた質問に、颯太は視線を泳がせる。
「どうって……」
「恋人として傍に居て欲しいのか。それとも、自分だけじゃなくて、もっと視野を広げて欲しいのか」
「俺は……」
「ソウちゃんの中で答えが出ないなら、きっとアーちゃんだってどうしもできないはずよ」
みつ姉は、ひどく穏やかな声音でそう言った。その通りだと、颯太は顔を顰める。
苦悩する颯太に、みつ姉は「そんな深刻そうな顔しないの」と苦笑した。
「時間を掛けるのもいいけど、あんまり女の子を待たせちゃだめよ」
「うん。なるべく、時間はかけないようにするよ」
世話の掛かる弟、と困った風に吐息されて、颯太はみつ姉に頭が上がらない。
だからせめて、感謝だけはしたくて。
「ありがとう。みつ姉」
「いえいえ。思い悩んだ弟に手を差し伸べるのも、お姉ちゃんの務めですから」
少しだけ、笑えるくらいの元気は戻ってきた。
頼りなる姉のアドバイスを胸に刻んで、颯太は車窓から沈む夕陽を眺めた。
―― RSide ――
Rはリバースの略なのでお気になさらず。単純に続きますって意味です。
今話87は表と裏があります。一話分にまとめようと思ったんですけど、分かれたほうがおもしれ―w となったので別れました。




