第77話 『 共に向かう目標を―― 』
ヒャッハーーーーー!! 書き上げたぞ! 俺はやったぞ――ッ!
感情が爆発してすんません。
ついに、聖羅と颯太の関係に変化が起こる⁉
それから、二人は話し合いという名の口論を繰り広げていた。
「まず、お前が一人でやってた練習を教えてくれ」
「腹筋背筋・三十回を三セット。三キロのランニングに、坂道ダッシュを十五本……です」
「バカかお前⁉ なんで俺の練習メニューに加えて足に負荷の掛かるメニューばっかやってんの⁉」
「こ、これくらいやらないと全国に行けないと思ったんですよ!」
涙目で訴える聖羅に、颯太は深々と溜息を吐いた。
そんな自主ばかりやっていたら、当然足が悲鳴を上げるはずだ。むしろ、この時期にきづけて良かったのかもしれない。これに気付かずにいたら、確実に聖羅の足は故障していた。
「それでよく肉離れ起こさなかったもんだ――神払、足に痛みを覚えた事は?」
「一度か、二度。でも、マッサージしたら痛み引いたから、続けてました」
「意固地なのかアホなのか分かんないなもう」
口を尖らせて白状する聖羅に、颯太はこの短いやり取りで何度目かのため息。
疲労の蓄積によって引き起こされる怪我が『肉離れ』それは筋肉が切れ、炎症や内部出血を起こすものだ。症状が起これば歩行が困難なほどの痛みを伴い、最悪の場合、運動不可能な身体になってしまうこともある。陸上競技ならず全ての競技選手が危惧すべき怪我であり、留意すべき問題だ。
彼女の足に怪我が起きる前で良かったと心底安堵しつつ、颯太は視線を下げた。
「神払、ちょっと足、触らせろ」
「――はい」
また揶揄うものかとつい身構えたか、聖羅は素直に足を前に出してくれた。
タイツ越しに、彼女のふくらはぎに五指を押し込んだ。
「――んっ」
初めは丁寧に、それこそ肉を揉み込むように。ぐ、ぐ、と親指に力を入れれば、細い足の割にしっかりと付けられた筋肉に反発された。
「これ、痛いか?」
「むしろっ……、ん、気持ちいです。やっぱり、宮地くんに触られるのは格別ですね」
「変なこと言うじゃねえ。あと変な声も出すな」
「出すなと言われても、そんなやらしい手つきじゃ声も出ちゃいますよ」
「普通に触ってるだけだから!」
聖羅がいちいち喘ぐから、颯太もどう接触すれいいか逡巡してしまう。聖羅がたんに敏感なのか、はたまた颯太がテクニシャンなのかはさて置き、
「ん。ちゃんと、マッサージはやってるみたいかな」
「分かるんですか、そういうの」
「分かるよ。足の筋肉をちゃんとほぐしてないと、細胞だけが固まってこんな風に反発したりしない。だから、こうやって指で押せば返してくるのは、神払の足にちゃんと筋肉が付いてる証拠だ」
「ふふ。それなら嬉しいです。成長している実感が涌くような気がします」
「ちゃんと成長してるよ、神払は」
はにかむ聖羅に、颯太は唇を緩めて彼女を湛えた。
「普通はさ、運動を始めたばかりの人は、こんなすぐ筋肉が付いたりしないんだ。どれだけやっても。毎日欠かさず筋トレして、ご飯食べて、寝て――そういう日常を繰り返していくうちに、自然と筋肉が成長していく。神払は、きっと筋肉が付きやすい体質なんだな」
それでも、聖羅のように急激に筋肉が発達する訳ではない。彼女がこの数週間でいかに努力してるのかが、指先で伝わってくる。
「俺はさ、神払が羨ましいよ」
「どうしてですか?」
ぽつりと呟けば、聖羅が食い気味に問いかけた。
「俺はさ、小さい頃、速くなるためにただがむしゃらに走ってた。筋トレも俺なりに頑張ってやってたけど、でも、その割に全然筋肉が付かなくてさ。なんで、って思ったよ。そしたら、俺は生まれつき筋肉が付きづらい体質だったみたい。そん時は流石にショックだったな」
「でも、宮地くんは足が速いでしょ」
「まぁな。でも、本当にそれを実感できたのは、中二時だよ」
「それって、成長期?」
「あぁ」
十一歳の頃に学年一、否、県内トップクラスにまで俊足になれたのは、紛れもなく研鑽を積み重ねたてきたからだ。おそらく、颯太のように走ることだけに意識を削げば誰でもその場所へは到達できる。
「中一の時に、関東の選抜強化選手に代表されてさ、合宿に行ったんだ。そこで、俺は初めて現実を思い知ったよ」
「何があったんですか」
あの時のことはよく思い出される。
自分より、何十センチも大きな体。恵まれた体格とはこの事なのだと、颯太はその時現実の非情さというのを垣間見た。
「一回り大きい体に、自分よりも長い足と腕。そこに、見てわかるほどの筋肉が付いてるんだ。その人たちは三年生だったけど、自分より歳が二つ違いなだけで同じ競技やってる奴らじゃないと思ったくらいだ。当然、練習の時はズタボロに負かされた」
これまで出場したレースや学校での催しは、颯太が必ず上位にいた。けれど、レースではなく練習という、言ってしまえば結果の残らぬ場所で、颯太は強者の洗礼を浴びた。
「あん時はマジで陸上やめようかと思ったくらい悔しかった。でも……」
「でも?」
奥歯を噛んで、強く握ったタオルを投げようとした時だった。
「ある人にさ、その気持ちを大切にしろ、って言われたんだよ」
自分と同じ強化選手のシャツ。ジャージは関東では有名な陸上名門校のジャージを羽織っていた。天パと丸眼鏡で、いかにも選手としては弱そうなイメージだった。
その人は何処からともなく現れて、颯太に朗らかな笑みを浮かべながらそう言ったのだ。
「最初は何言ってんだコイツって思った。他の選手よりも明らかに体が細くて、コイツ、俺よりだいぶ遅いだろ、って決めつけてた」
「昔の宮地くんは気性の荒いですね」
「ふ。そうだな。当時の俺は、走ること以外に何の価値も持ってなかったから。誰も信用してなかったし」
一瞬、失った物を思い出させてくれた少女を脳裏に浮かべながら、颯太は続けた。
「それで、俺はその人の走るを見る事にしたんだ。生意気な事言う奴の走りなんだから、つまらないレース見せたら文句言ってやろうと思って」
その時に言う言葉も、ちゃんと準備して、颯太は観戦席で彼の走りを見た。
「他の選手たちはその人よりも明らかに屈強な体格だった。足の大きさも全然違って、その人が枝に見えたくらいだった。あぁ、この人は最下位だな、そう思いながら見届けて――震えた」
圧巻だった。自分よりも明らかに大柄な選手たちに、その人は体躯の優劣も感じさず颯爽と掛けていく。疾風、その時感じたのはまさしくそれだった。
誰よりもしなやかに、誰よりも勇ましく――風を体現した走りだったと感服した。
「あの走りを観戦席で見たのがもったいなかったくらい、感動で打ち震えた。もっと近くで観たかった、ってすぐに後悔したよ。どうして、自分と同じくらいの体格なのに、誰よりも速く走れるのか、理由が知りたかった」
あの時の感情を例えるなら、きっとわくわくしたのだろう。初めて、颯太は〝走る〟ことにわくわくした。
「その人は快く教えてくれたよ。自分は他の選手たちに比べて体格に恵まれてはいない、けど、足には恵まれた、って」
「足に恵まれる? それってどういう事ですか」
興味津々に聞いて来る聖羅に、颯太は自分の足を数センチ上げて答えた。
「瞬発力だよ」
「瞬発力……」
「神払にはもう何度も言ってるだろ。走る時には地面を強く蹴ることを意識しろ、って」
「えぇ。宮地くんに口五月蠅く言われてますから、意識して走ってますよ」
「煩わしくて悪かったな。でも、走りにおいて、地面を蹴ることは何よりも重要視しなきゃいけないことなんだ。……神払、女子の陸上選手が百メートル走を本気で走った時の歩幅は知ってるか?」
「知りません」
知らないことはきっちりと知らないというのは、神払の良い所だろう。
「平均五十五歩だ。ちなみに、男子はだいたい四十後半くらいかな」
「それが瞬発力と、どういう関係になるんですか?」
首を捻る聖羅に、颯太は「つもり」と継ぐと、
「百メートルをたったの五十歩前後、それだけで俺たちは走り切らなきゃならない。誰よりも速くだ。距離を縮めるには足を前後に動かすだけ。理屈でいえば単純なのに、その動きだけで俺たちは強いか弱いかが決められる」
「――っ」
聖羅が息を呑む気配がした。
「足は必ず、地面に着かなきゃ先へは進まない。地面に足が着地する時、走る時はその時間が最も要らない時間だ。それを削れるのが……」
「瞬発力、というわけですか」
「正解」
颯太の言葉に被せるように言った聖羅に、颯太はこくりと頷く。
「瞬発力は、筋肉みたいに鍛えてどうにかなるもじゃない。脳が体に命令する伝達速度だからな。これは、まさに神様に与えられた天性だよ。その人も、俺も、体格に恵まれなかった代わりに、これがあった」
キミも自分と同じだよ、と言われた時、颯太の中にあった体格の壁が壊れた気がした。
「その人のアドバイスがあったから、俺は自分の足に自身を取り戻せた。それで、そっからは瞬発力を活かす為にただ練習した。二年生の夏頃には、三年生を越せるくらいには成長できたよ」
「努力家だったんですね、宮地くんは」
柔らかな笑みを浮かべる聖羅に、颯太は黒瞳の双眸を褒めた。
「目的があったからな……お前みたく」
「私みたく?」
視線を聖羅に向ければ、彼女は目を瞬かせた。
「神払は、俺に早く認められたいから、頑張ってたんだよな」
「――うん」
彼女が胸に抱いていた想いを言葉にすれば、聖羅は神妙に頷いた。
颯太はつい苦笑してしまって、聖羅は眉尻を下げた。
「やっぱり、似てるよ、俺とお前は」
「私と宮地くんが? どこがですか」
促す聖羅に、颯太は昔の自分を脳裏に浮かべて、
「昔の俺は、あの人たちに認められたくて走ってたんだ。周りのことなんか構いもせずに、結果だけが欲しくて、走り続けてた」
過去を伝えていけば、聖羅は黙って聞いていた。
「誰かに認めれる為に努力することは、決して悪い事じゃない。俺がそうだったから。それが原動力になって、結果も残せてきた。――でも、神払には、そうなってほしくないんだ」
「……私が、宮地くんのように」
「俺を目標にしてくれるのは、嬉しい。でも、それだけの理由で走ってほしくないんだ。もっと沢山、仲間と一緒に、走ることを楽しんでほしい。ただ強くなるのは、寂しいから」
誰の手も借りず、誰とも関わず前に進んでいくのは、悲しいことだから。
「お前には、頼りになる友達も後輩もいる。俺がお前をちゃんと見守ってる。だから、一人で頑張ろうとしないでくれ」
「――――」
「俺はもう、お前の努力を、とっくに認めてるから」
「――――ッ」
揶揄って来るのは鬱陶しいけれど、それでも、彼女と練習する時間は悪くなかった。
一緒に居られて、友達になれて良かった。
だからこそ、
「ひたむき走るお前を、俺は尊敬してる。隠れて努力するお前を好ましいと思う。お前の努力を、ちゃんと他の人も認めるから。水瀬さんだって、お前のことを尊敬してるんだ」
一年生の後輩は、聖羅の成長に目を輝かせていた。自分より速くなりつつある、ライバルに対してそんな眼差しは普通送れない。水瀬は、心底聖羅を尊敬している。一人の陸上選手として。
「私は、とっくに認められたんだね……宮地くんに」
「当たり前だろ。お前みたいな努力家は、そうそういないからな」
ぽつりと、聖羅は言葉を噛みしるように呟く。
人は、何かに向かって努力する。裕福になりたいから、意中の相手に好かれたいから、誰かに認めて欲しいから――動き出すのは意外と困難で、だからこそ、颯太は聖羅の努力を尊敬した。
それを教えてくれた天使は、やっぱり凄い子で――。
「俺は、神払を認めた。次は、神払が次に何をしたいか教えてくれ」
目標は、一つじゃなくていい。もっと大きな目標を、彼女の相棒として叶えたい。
そう問いかければ、聖羅は深く息を吸って、そして、凛然とした双眸で聞いた。
「宮地くん、私は、貴方を越えられますか」
それはきっと、神払が自分と同じ場所に立つための問いかけだろう。
そんなの、答えるまでもなかった。
「あぁ、お前は、俺を越えられる。――誰よりも速くなる。俺が、そうさせるよ」
「――そう。なら、これからも宜しくお願いします。マネージャーさん」
「任せろ」
この肯定は、自分を鼓舞するまじないだ。彼女のマネージャーとして、選手をサポートするのがマネの務め。それを、颯太は果たすまで。
「それじゃあ、早く練習に行きましょうか。今日は練習、とことん付き合ってもらいますからね」
「部活が終わるまでな。それと、無茶はすんなよ」
「分かってますよ。本当に――〝ソウタ〟くんはお節介ですね」
「言ってろ。これから、もっと五月蠅くなるからな」
「あはは。じゃあ、私は倍返しで揶揄うとしましょう」
「揶揄うなよ!」
部活に向かう途中。夕暮れに朱く染まる廊下に、二人の声が木霊する。
聖羅と颯太。選手とマネージャーは、更なる絆を結んで、共に目標に向かって進み出した――。
明日は学校で卒業制作の最終プレゼンがあります。書いたイラストはアリシアちゃんです。その絵をネットに上げられる日を楽しみにしながら、頑張ってあの絵を描いた思いを伝えます。本当に、自分は天罰のメソッドの作者になれて良かったと思ってます。
明日の投稿は上記の理由でお休みになるかもしれません。くぅ! バイトがなかったらたぶん次話書けたのに!
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