第75話 『 認められたくて 』
今日はもう上げないと思っただろ? 上げるんだよぉ!
……更新できたのは奇跡です。
【 side聖羅 】
―― 8 ――
――休日であっても、部活に加入している学生であれば貴重な時間はおのずと消費されていく。
部活が始まる五分前、聖羅は後輩や同学年の生徒たちとの会話に応じていると、監督である竹部先生の集合が掛かった。
途端、部員たちは談笑を止め、一斉に集合していく。
「皆、おはよう!」
「おはようございます!」
竹部は快活であり生徒に対しても笑顔で接する為、学生や教師陣からも厚い信用を得ている。故に、部員たちはこうして声を張り上げて挨拶を返す。
「本日の練習メニューだが、短距離チームは一時間のグランドジョッグ。その後に十五本の百メートルダッシュ。それが終われば専攻している競技に分かれてそのリーダの指示を仰ぐように」
『はい!』
「よし。なら、次は長距離チームだが……」
竹部の指示に、短距離チームは強く頷く。聖羅が専攻しているのは現状女子百メートル。ならば、後輩の水瀬と同学年三人と練習を行うようだ。
――今日は宮地くんの練習メニューをやらなくていいのかしらね。
もはや聖羅の専属トレーナーといっても過言ではない颯太だが、どうやら今日は彼の練習メニューはこなさなくていいらしい。聖羅の専属、と言うが、今の彼の立場は短距離走を専攻している選手の補佐と言っていい。アドバイスが的確で、選手の悪癖を見抜く観察眼を彼らは必要としているらしい。それが、聖羅は気に食わなかった。
――私は宮地くんと練習したいのに。
その観察眼も、的確なアドバイスも、聖羅を育成する為のものだ、と私欲が働いてしまう。だって、聖羅は颯太と練習がしたくてここへ入部したのだから。
「それじゃあ、一度解散! 長距離組はすぐに校門に集合!」
『よろしくお願いします‼』
裂帛した声音に思考中の意識が割かれ、聖羅は現実に返ってくる。ふるふる、とかぶりを振ると、隣にいた水瀬が怪訝な顔で覗き込んできた。
「神払先輩、どうかしました?」
「いいえ、なんでもないわ。ちょっと考え事してただけ」
「ならいいんですけど……体調悪かったら言ってくださいね」
「うん。心配してくれてありがとう」
「いえいえー」
照れる後輩を尻目に、聖羅は視線を泳がす。
――宮地くんはどこかしら。
今日の練習メニューで彼と一緒になれないのなら、とりあえず一目目に焼き付けて置きたくて、聖羅は黒髪の不愛想な少年を探した。
すると、女子組に小走りで向かって来る部員を目で捉えた。
「いた、神払」
「宮地くん。どうしたんですか」
それは聖羅が会いたいと願っていた少年であり、そして彼が自ら駆け寄ってくれたことに胸が弾んだ。
「ちょっとお前に用があって」
「あら嬉しい。私に会いに来てくれただなんて」
「誤解を生ませるんじゃねぇ。今日の練習についてだよ」
「今日の練習、ですか?」
眉根を寄せながら復唱すると、颯太は短く頷いた。
「今日の練習、お前だけ別な」
「え、どうして?」
さらに困惑すると、颯太は後頭部を掻きながら言った。
「数日前の足の痙攣。昨日は大丈夫だって言ってたけど、やっぱり先生も心配みたいなんだ。病院で診てもらうか悩んだくらい。だから、今日から一週間は練習メニューを軽くする」
「そんな……」
「落ち込むなって。足に負担掛け過ぎて、その反動が来てるんだ。当然だと思う。今まで帰宅部だった奴が、いきなり運動部……それも走り特化の陸上に入部したんだ。慣れない環境に筋肉の疲労……多分、色々重なったんだ。お前自身はストレスに耐性ありそうだけど、体は正直に悲鳴上げたんだろうな」
「…………」
ツッコミたい部分が一か所あったが、颯太の言い分に聖羅は頭が上がらない。
「それに、お前絶対、追加の自主練してるだろ。それもかなりハードめの」
「それは……」
思わぬ指摘をされて、聖羅はたじろいだ。
「別に自主練が駄目って言ってる訳じゃない。俺もよくやってたから、速くなりたい気持ちは理解できる。――でも、おそらく神払が今やってるのは明らかにオーバーワークだ。悲鳴を上げるの承知でやってだろ」
いつになく、颯太の声に圧が籠る。視線も鋭くなり、聖羅は喉の奥に言葉が詰まった。
既に部員は練習を開始する為に準備を始めている。その場にいる数人。その空気に声を押し殺した。
「ま、まぁまぁ宮地先輩。あまり女子に怖い目を向けちゃダメですよ」
そう助け船を出したのは、顔面を蒼白にした水瀬だった。
そんな水瀬に、颯太はいくらか剣幕を引っ込めると、
「ごめん。別に怒ってる訳じゃないんだ。少しがっかりしてるだけだ」
「が、がっかり?」
水瀬が困惑しながら颯太に聞き返せば、颯太は奥歯を噛みしめた。
「俺は、この部のマネージャーで、自分で言いたくないけどお前の専属マネージャーみたいなものでもある。だから、俺にもっと頼って欲しかった」
「――――ッ!」
颯太の胸襟に、聖羅は声にもならない叫びをあげた。
「お前がもっと速くなりたい、って言えば、俺はその為の協力は惜しまない。お前が無理って言えば、ちゃんと練習メニューも見直す。先生を説得してでも」
「――――」
「俺はお前のマネージャーで、お前が自主練してたのも気づいてたよ。でも、それが無理してるって気付けなかった。……マネージャーとして情けない」
「そんな、宮地くんは何も悪くない!」
己の叱責する颯太に、聖羅は違うと首を振る。
真に責任を問うべきは自分だ。颯太に認められたいが為に、私利私欲で勝手に行き過ぎた努力をした、聖羅だ。
「悪いのは私です。宮地くんに早く認められて、自分勝手に行動した自分です」
「俺に認められるって……なんでそんな理由で無茶なんかするんだよ」
「それが宮地くんの隣に立つ為ですよ!」
叫んだ聖羅に、颯太は瞠目した。
「なんだよ、俺の隣に立つ、って」
頬を固くする颯太に、聖羅は己の胸の前で拳をきゅっと握った。
「宮地くんと、私は友達ですよね」
「……友達、だと思う」
「なら、選手としては?」
「は?」
聖羅の問いかけに、颯太は素っ頓狂な声を上げた。
無理解を示す颯太に、聖羅は続けた。
「私は宮地くんの友達。でも、選手としては同格じゃないんです」
「俺はもう、引退してる。選手じゃない。だから同格とかだなんて気にしてないし、なろうとしなくていいだろ」
「それじゃダメなんです。知ってますよ。未だに、竹部先生からも、他の部員たちからも、宮地くんが選手として復帰することを望まれている事を」
「……それは」
聖羅の言葉に、颯太は視線を逸らす。
颯太はまだ、選手としての活躍する才能が残っている。きっと、全員が本気で彼を説得すれば、颯太はまた選手として復帰するかもしれない。
しかし、そうならないのは、彼の意思と、そして聖羅の育成に協力しているからだ。
自分が選手として活躍する為の成長期間があれば、颯太ならば高校三年生にインターハイに出場するほどの力は取り戻せるはずだ。それを詰んでいるのは、聖羅なのだ。
「私は、宮地くんの活躍するかもしれない時間を奪っているんです。友達なら許されるのだとしても、選手としては最低じゃないですか、そんなの」
「…………」
「だから私は、選手としても、貴方と同格になりたいんです。全国優勝者・宮地颯太と肩を並べるような、そんな選手になりたい」
それが、聖羅の願望だった。
友達として対等に。選手としては、同格に。
宮地颯太はただの友達ではない。神払聖羅が唯一、気の許せる存在になりかけている。
これまで、誰もかれもが聖羅を〝トクベツ〟扱いして、勝手に崇めてきた。
「キミは優秀だね」「流石は神払さん」「キミに任せておけば安心だ」
顔がいいから。スタイルがいいから。全てに秀でていたから。他人は聖羅に勝手に何かを押し付けるけれど、颯太は、颯太だけは違った。
「一緒に頑張ろう」「もっと頼れ」「お前の努力を知ってる」
親身に寄り添い、そして励ましてくれた。
その期待に、応えたかった。報いて、そして認められたかった。
「私は、宮地くんに認められたい。だから頑張るんです」
訴えかけるように吐露して、聖羅は黒瞳を見つめる。
その想いに、颯太は――
「なら、俺は今の神払を認めなられない」
力強く、そして酷薄に否定した。
「どうして!」
「それが分るまで、俺はお前と練習する気はない」
聖羅の叫びに、颯太は何一つ答えなかった。ただ、否定だけを重ねて、そして背を向けた。
去っていく背中を、聖羅は奥歯を噛み殺して見届けることしかできなかった。
聖羅は知らないのだ。
颯太は、知っている。
「……誰かが自分と同じ目に遭うのは、嫌なんだよ」
認められたくて努力して、そして破滅した人間を知っているから――。
―― Fin ――
今日は3本上げました。夜はカップ焼きそばと冷凍チャーハンと楽しみにしていたクリームコロッケです! 結構食べると思ってる方がいると思いますが、たぶん食べきれません。クリームコロッケ一個が限界です。
そして、聖羅のターンが終了。次回はアリシアのターン! バーサーカーソウルはしないからご安心を。
あ、明日更新できるか分かんないっす! 頑張れ、俺!




