第69話 『 友達でよかった 』
ただただ朋絵が良い女の回です。
【 side朋絵 】
―― 2 ――
「―――――」
それはほんの僅かな違和感だった。
それは不快感というほど胸に残らず、かといって快感かと言われればまた違かった。
この胸中に涌く不思議な感情は、眼前の睦ましいカップルを眺めて生じたものだった。
「朋絵、どうかした?」
「ん? いや、なんでもないよ」
「そ。ならいいんだけど」
そんな朋絵の様子を、隣に歩く陸人が怪訝な顔をしながら覗き込んできた。
「にしても、あの二人。俺たちがいるのにお構いなしにイチャついてるな~」
「むしろ、二人からすればあれは平常運転なんだと思うよ」
前を見れば、颯太とアリシアは楽しそうに今日あったことを話していた。颯太の話はアリシアが表情豊かに聞き届け、アリシアの話は颯太が静かに聞いている。――その光景が羨ましくもあり、けれど同時に、胸が締め付けられた。
――颯太が元気になったのはアーちゃんのおかげ。私たちがまた、こうやって三人でいられるのも、アーちゃんのおかげなんだよね。
彼女が繋いでくれた輪は、朋絵にとってもかけがえのない宝物だ。一度、壊れかけたこの関係が、今では修復どころか以前より強い絆で結ばれてまでいる。だからこそ、朋絵はアリシアに恩を感じている。本人は無自覚なので全く感じていないのが不服だが。
「陸人」
隣を歩く友達の名前を呼ぶと、「んー?」と気の抜けた返事が聞こえた。
「あたしさ、前はアーちゃんのこと、嫌いだったんだよね」
「なにそれ以外。二人はずっと仲良しなんだと思ってた」
目を丸くする陸人に朋絵は苦笑い。
「全然逆。むしろ、仲良くなる気なんて毛頭なかったよ」
アリシアと出会った当時は、彼女は颯太にまとわりつく邪魔者しか思っていなかった。
「あたし、颯太と偶然再会したとき、アーちゃんのこと睨んだなんだよね。颯太のこと好きでもない女が纏わりついてんじゃねーって感じの視線で」
「おう。そりゃえげつないな」
「今ではちゃんと反省してるよ。でも、やっぱり昔のあたしはさ、颯太の境遇知ってたし、颯太と喋れる唯一の女子だって勝手に自分を評価してたんだよね。だから、あたしなら颯太を救えるかもしれないって思ってた」
「――――」
語る朋絵に、陸人はただ黙って耳を傾けていた。
「でも、あたしは違った。あたしは結局、颯太を助けるばかりか、自分のことだけ考えてたよ。アーちゃんは違った。アーちゃんは自分の恋心を隠してまで、颯太を助けようとした」
颯太を救う為に奔走するアリシアを見て、朋絵はその時完全に、アリシアには勝てないと悟った。あそこまで一途で、健気で、純情を抱く少女に、朋絵は敗北の悔しさよりも報われて欲しい気持ちが勝った。
「アーちゃんも色々と悩んでたみたいだけどさ、あたしは、今目の前にある光景をずっと望んでたんだと思う」
颯太が穏やかな顔を浮かべる瞬間を、朋絵はずっと望んでいたのだ。例え、その隣に自分がいなくとも、颯太が救われたのならば、朋絵にとっては本望でしかなかった。
「颯太の隣に居てくれたのが、アーちゃんで良かったよ」
好きな人の隣に好きな友達が笑っている。それを傍で眺められるのは、きっと朋絵だけの特等席だ。
「じゃあ、朋絵は完全に颯太のこと吹っ切れったって訳だ」
長い一人語りを、それまで静かに聞き届けてくれた陸人がそう締め括った。
朋絵は眼前の光景を眺めながら、こくりと頷く。
「うん。もう、颯太は友達だよ」
きっと、颯太もそう思っている。それに、大切な友人の大切な人を奪うような無粋な真似はしたくなかった。二人の幸せを願うからこそ、朋絵は心穏やかに、この結論を口にできたのだ。
「そっか。なら、俺も一安心だわ」
「はっ。なんで陸人が安心するのよ」
「そりゃ、お前の恋心を中学から応援してきたからに決まってるじゃん」
陸人の言葉に、朋絵は目を瞬かせた。
「嘘。初めて知ったんですけど」
「言ってないからな」
淡泊に返した陸人に、朋絵は声を上げた。
「応援してるって言ってよ! それで勇気貰ってたら中学の時告れたかもしれなかったじゃん!」
「普通思っても言わないし……だって悔しいだろ」
「あ? 何か言った?」
「なーんも言ってませーん」
「いや絶対言った。女の勘舐めんな。吐けこら」
「ちょ、怖い⁉ その目怖いんですけど⁉」
上手く聞き取れなかった単語を必死に吐かせようとしていると、前の方から呆れた吐息が聞こえた。
「お前ら何イチャついてんの?」
「颯太くんよ。これがイチャイチャしているように見えるかい?」
「十分見えますよ。お二人はお似合いですから」
「あら嬉しい。ということで本当に付き合ってみるかい朋絵さん。まずは軽くお話する程度の中から」
「冗談やめてよ。あと、もうあたしたちは友達でしょうが」
「嬉しいのとショックがせめぎ合っている⁉」
「……さらりと玉砕したなぁ」
陸人のやたらハイテンションな態度に三人は揃って苦笑。そして、
「悪い、二人とも。俺とアリシア、スーパー寄って帰るわ」
どうやら踏切前で止まったのはそれを報せる為だったらしい。
朋絵は陸人の腿を蹴りつつ、二人に頷いた。
「了解。家で料理するなんて、家庭的だね」
「もう日課だからな。今日はあんまん食べたから、アリシアもそんな夕食入らないだろうけど」
「私はまだまだ余裕で食べられますよ!」
「そういう事言ってるとお腹壊すよ。この前実際食べ過ぎて体調崩したんだから」
「うっ」
「あはは。アーちゃんは食いしん坊だね」
「だって、ソウタさんのご飯が美味しいんですもん」
「可愛いこと言ったって駄目だぞ。揺らぎかけたけど、今日はお茶漬けにしようよ」
「はーい」
子どものように返事するアリシアに、颯太は微笑み浮かべる。それが以前と違って見えたのは、やはり、ただの気のせいのだろうか。
「どうした? 朋絵」
「いや、ううん。何でもないよ」
怪訝に眉を寄せる颯太に、朋絵は遅れて反応した。颯太は「そっか」とぎこちなさそうにするも、特に追及はしなかった。
そして、颯太はアリシアの手を握ると、片方の手をひらひらと揺らした。
「それじゃあ、俺たちはこれで」
「うん。また明日ね」
「さようなら、トモエさん。リクトさん」
「アーちゃんもまた今度ね」
「じゃな、おしどり夫婦」
「夫婦じゃなくて恋人な」
陸人が去り際に放った言葉に颯太は淡泊に言い返す。
「――ッ!」
その時、これまで二人に感じていたこの胸の違和感が一気に晴れた気がした。
――なんだ。そういうことか。
それは、きっと女だから理解できた二人の変化だ。実際、隣の茶髪の少年は気付けていない。
――颯太。解決できたんだね、アーちゃんの悩みのこと。
遠くなっていく背中を、朋絵は羨望の眼差しで見続けた。
きっと、二人は恋人として、一歩先へ進めたのだろう。
――良かったね、二人とも。
大好きな恋人たちの歩みを眺める朋絵の顔は、嫉妬など欠片もない満足げな顔をしていた――。
―― Fin ――




