第65話 『 最初で最後の使命 』
登場人物紹介~
アリシア 純大天使。白銀の髪を靡かせる優麗な天使。
リジェム 聖天使。アリシアを純大天使へ推薦した天使。アリシアのことを気に入っている。
【 sideアリシア 】
―― 26 ――
――何故、此処に迷子の魂がある⁉
老人に声を掛けられた時、アリシアはそう驚愕した。
死した魂は本来、『天国』か『地獄』のどちらかに送られるか裁決する為に、保管所と呼ばれる場所で待機しているはずだった。そこは聖天使未満の天使は立ち入り禁止だし、保管所に赴けるのも一部の聖天使しかいない。
――ど、どうしたいいんだろう⁉
選別の役目を担う天使以外が、魂を道案内することは許されていない。リジェムですら、その権利を与えられてはいないのだ。
狼狽するアリシアに、老人は目を丸くしたまま強直していた。
「すまんねぇ。どうやら、俺は嬢ちゃんを困らせちまうらしい」
老人は申し訳なさそうな顔をして、頭を下げた。
「ま、適当に歩けばそのうちどこか着くだろ。ありがとうね、嬢ちゃん。こんな老骨の為に、わざわざ足を止めてくれて」
そう言って、老人は目的すら分からないまま歩こうとした。
――このまま行かせていいの、私?
歩き始めた老人の背にを見て、アリシアは葛藤した。
もし、このまま見なかったことにすれば、アリシアは『魂を許可なく導いた』ことで罰を受ける。神の使いである天使は法に叛くことは断固なく、それを犯そうという天使などまずいない。――法に叛けば、アリシアは確実に〝追放〟される。
この大罪を犯せば、アリシアを純大天使に昇格させたリジェムの周囲からの評価は堕ちることは目に見えていた。それに、自分に羨望や尊敬の念を抱いてくれる天使らからは失望されるだろう。――この老人を導くには、リスクが大きすぎた。
これまで多くの天使から得た信頼と、これからの将来。それら全てを、一時の救済で犠牲にする価値があるか。
白銀の天使の選択は、伸ばそうとした手を退くこと――
「待って下さい!」
アリシアは叫び、老人の足を止めた。
「このまま行く場所すら分からず足を進めるのは端的にいって無駄です。私が、魂を在るべき場所へと送り届けます」
この選択が間違いだったとしても、アリシアは老人の手を握ることを選んだ。
魂を導き、救うこと――それが、天使の果たすべき本懐なのだから。
「それでは行きましょう。『裁決の場』へ。どうか、あなたに神の祝福があらんことを」
最初で最後になる救済を、アリシアは始めた。
******
『裁決の場』へ向かう旅路の最中で、アリシアは男老人と談話していた。
「いやぁ、それにしても助かったよ。道を聞こうにも此処がどこかも分からんし、挙句に人は人っ子一人いやしねぇ。嬢ちゃん――いや、天使様がいなきゃ、おらぁ野垂死んでたかもな。あ、もう死んでるんだっけ? ガハハッ‼」
「死んでいると理解しているのに、どうしてそう屈託なく笑えるのでしょうね……」
豪快に笑う老人に、アリシアは困り果てたようなぎこちない笑みを浮かべた。
「にしても、ここが天界かぁ。想像してたよりもずぅっと味気ない場所だなぁ」
「味気ない、とは?」
老人の言葉が理解できなくて、アリシアは首を捻った。怪訝に眉を寄せるアリシアに、老人は「いや失礼」と小さく頭を下げると、
「揶揄したつもりはないんだよ。ただ、俺がいた町に比べると、どうしても、寂しいというか、つまらないというか……」
言葉が濁る老人に、アリシアは『町』というものに興味が湧いた。
「では、貴方の町には何があるんですか?」
「おっ、天使様は気になるのかい」
「はい。とても、興味があります」
にこり、と笑みを作って肯定すると、老人は何故か鼻を啜って自慢げに語った。
「まぁ、此処よりも綺麗じゃねえよ? 辺鄙な田舎町で、洒落た店なんて全然ありゃしなねぇ。どこもジジババが切り盛りしてる店ばっかりでよ、安くしてくれって言ったら唾吐きかけられる――でもよ、その代わり人情で溢れてるんだ。田舎町でも、潮風は気持ちよくて、漁港で採れる魚は新鮮でうめぇ。端の方までいきゃ、青い海が見えるんだ。そこで釣りをするのは釣り人にはたまらん娯楽でよ……」
自分の住んでいた町を紹介する老人の目は、憧憬を抱いたような、慈しみを帯びていた。
そして、懐旧する老人の目は、次の瞬間にもっとも羨望を孕んで。
「そこでよく、孫と一緒に釣りしてたわ」
「まご?」
聞き慣れない単語に首を捻るアリシアに、老人は目を瞬かせた。
「なんでぇ、天使様は孫を知らないのか」
困ったもんだな、と笑う老人は続けた。
「孫っていうのは、まぁ、簡単に言えば、ジジイとババアが世界で一番可愛いと思う子どものことよ」
「世界で一番、可愛いと思う子ども……」
復唱するアリシアに、老人はそうそうと肯定した。
「俺は訳あって孫と一緒にのんびり暮らしてたんだが、いやはや、ジジイが生きる時間ってのは意外に短いもんで、孫を置いて先に逝っちまった」
そう言って笑うも、その笑みにはどこか感傷が滲んでいた。
「もし、俺が前世でやり残した後悔があるとするならば、まだ未来をどうやって決めるか悩んでるあいつを置いてきちまったことだな。……本当は、もっと一緒にいて、楽しいこと一杯教えてやりたかった。できれば、あいつが将来結婚して、可愛い花嫁連れててる所を観たかったなぁ」
老人が口にする羨望に、アリシアはどう接すればいいのか戸惑った。
そんなアリシアを見て、老人は「気にしないでくれ」と首をゆっくり振った。
「ただの、寿命を迎えたジジイの愚痴だよ。天使様が気に病むことじゃねぇ。此処にも、俺と同じように、孫の晴れ姿見れないで逝っちまったジジイとババアは山ほどいるんだろ? 俺は、そいつらと酒でも交わしながら孫のことを見守ってるよ」
「逞しいのですね、貴方は」
金色の瞳を細めるアリシアに、老人は気恥ずかしそうな顔で言った。
「なに、神経が図太いだけですよ。七十年も生きてりゃ、体が言う事聞かなくなる割に意気だけは図々しくなるのがジジババってもんだ」
「へぇ、人は、七十年でそうなるのですね」
「そういう天使様はいくつだい?」
「私たちに年齢という概念はありませんよ。私はまだ、使命を受けて七百と十三年です」
「七百と十三……てことは七百十三歳か⁉ あ、あまり大きな声を出すと腰に響くんだった⁉」
数字を伝えれば、何故か老人は度肝を抜かしていた。腰を気にしていたようだが、魂だけの存在に痛覚はないことを教えると、老人は安堵した。
「こんなに綺麗な女の子なのに、まさか俺の十倍生きてるとはすげぇもんだ」
「地球と天界とでは、時間の流れが異なりますからね」
「それだけじゃないとは思うんだが……まぁ、深く考えすぎても意味ねえか。死んでるんだし。ガハハッ‼」
そもそも、天使に『老化』はない。魂が消えゆくときは、果たすべき使命を全うした時だ。
そうして長いような、短いような旅路は、そろそろ終わりを迎える。
「見えましたよ。あそこが、貴方が在るべき場所です」
アリシアが指を指すと、老人はその先を目で追った。
数百メートル先に見える『裁決の場』は、既に異変を感じ取った裁決者が慌て始めている。おそらく、魂が保管所から抜け出てしまったことの報告と、迷子の魂を導いた自分を聖天使へ報せている。
この老人には何ら罪はなく、無事に『裁決の場』で裁決を下されることだろう。
そして、アリシアはもうここから一歩も動けない。
「私の案内はここまでです。あとは、真っ直ぐ進んで、向こうにいる天使様の指示に従ってください」
「そうか。ここまで、道案内してくれてありがとうございます、天使様」
「いえ、私は、天使としての責務を果たしただけですから」
深く頭を下げる老人に、アリシアは微笑みを浮かべて答えた。
偶然の邂逅。その別れの一時に、互いは笑みを交わし合った。
「天使様、失礼だが、名前を聞いてもよろしいかい?」
「えぇ。私の名は、アリシアと申します」
「アリシア……綺麗な名前だぁ。白銀の天使様に、ピッタリだ」
「お褒めに預かり光栄です」
優雅に一礼した後、アリシアは慈悲を帯びた声音で祈りを口ずさんだ。
「改めて――貴方に神の祝福があらんことを」
「天使様も、どうかお達者で」
そして、老人は歩いていく。その背が遠くなっても、アリシアは見届け続けた。
――あの人ならきっと、天国へ逝けるだろう。
謎の自信がこの魂のどこかに沸いて、アリシアは戸惑う。けれど、その疑念に不快感はなかった。
小さく振る手が下りれば、アリシアはこちらに向かって来る天使たちに表情を殺した。
これが、最初で最後のアリシアの天使としての役目だった。
直後に、アリシアは捕らえられることとなった。
そして、数万年、変化が訪れることはなかった天界に、異変が起きる。
純大天使・アリシアが天界の〝絶対の法〟を破り、無許可かつ独断で魂を導いたことは、瞬く間に天界に知れ渡っていく。
この数時間後。神様が創った法を犯した天使が処刑された事実は、天国にいるあの老人には届きはしなかった――。
―― Fin ――
ぶっちゃけこの回想パートは思いつきで書いてます。
作者の無謀な執筆が露になるのはさて置き、今話、いかがだったでしょうか。
前回と今話は、物語てきには天メソのプロローグに繋がるお話になります。どうしてアリシアが処刑されることとなったのか。それは、天界での絶対の法を犯し、役目を担っていないのに魂を導いてしまったからでした。迷子に道案内をすること、それは、天界ではしていけないです。それだけ『魂』の扱いが厳重であるかが分かりますね。
アリシアは色んな天使に迷惑が掛かると理解してなお、老人の魂を導くことを選びました。アリシアは本当に、心の優しい子でしたね。
そして、天使時代のアリシアは、今と比べるとだいぶ台詞が大人びているというか理性的です。個人的にはこっちも好き。天界では純大天使という立場ということで、アリシアは常に畏まった態度でいます。
時々物語に描写される、アリシアの厳かな雰囲気は天使時代の名残や癖です。
アリシアがどうして処刑されるまでに至ったのか語られ、お次の回では現実の颯太とのやりとりに戻ります。
ここら辺でようやく二部二章が一区切りつくと思いますので、おそらく次々回から第三章へ突入します!
二章のクライマックスはどうなるのか、こうご期待を! それでは、また次話で!!
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