第59話 『 友達の存在 』
登場人物紹介~
宮地颯太 (みやじそうた) 本作主人公。アリシアに拒否され内心動揺してます。
アリシア 本作メインヒロイン。
三崎朋絵 (みさきともえ) 颯太の親友でアリシアの女友達。
倉科陸人 (くらしなりくと) 颯太の親友。今日も平常運転です。
【 side 颯太 】
―― 22 ――
――結局、昨日からアリシアとはぎこちない雰囲気が続き、今朝はまともに顔を合わせることもできなかった。
――アリシア、どうしていきなり拒否したんだろ。
英語の授業中。クラスメイトが先生に指名されて嘆くのを聞き流しながら、颯太は思案していた。
――あの時確かに、アリシアは受け入れてくれたと思ったんだけど。
体は震えていた。それでも、颯太を受け入れようとしたのは間違いないはずだった。上気した頬に揺れるまつ毛。淡い桜色の唇は、颯太との口づけを求めているまであった。
何度も鮮明に蘇る。いつも元気で笑みを絶やさない顔が、唇を交わそうとした時に魅惑的な女性の顔つきになった瞬間を。
――俺も、あの時理性失いかけたからな。
想い人のそんな顔なんて見たら、男なんて生き物は大抵理性が吹っ飛ぶものだ。それでも颯太は精一杯、アリシアを傷つけぬよう慎重に触れようとした。大切な人の初めてを、欲望に負けて奪いたくはなかったから。
それでも、颯太の思惑とは裏腹に、アリシアは拒絶した。
――アリシア、何かに怯えてるみたいだったな。
拒絶され、吹っ飛ばされた時に垣間見えた、アリシアの苦痛に歪んだ顔。それがずっと頭から離れなかった。
それが、颯太が拒絶したアリシアに強く当たらなかった最大の理由だった。
きっと、あれは颯太に対してではない。もっと別の何か。つまり、アリシア自身の問題だ。それに安易に踏み込んでいけないのは、自分も経験しているから余計に理解できた。
「――じゃあ、この文法を宮地くん、訳して」
「……あ、はい」
颯太の思考を、英語担任の声が中断させた。颯太は数秒遅れて返事し、椅子から腰を挙げる。
「………………」
颯太の変化を、隣の席の女子は見逃さなかった。
***********
「颯太、アーちゃんと何かあった」
「少し……てかなんで分かった?」
昼休み、椅子に座る颯太を見下ろすように朋絵が問いかけてきた。
「友達だし、いつも見てるからね。そりゃ、颯太の変化くらい気付くってものですよ」
「前の席のやつはちっとも気付いてないみたいだけど」
「あはは。じゃあ、女の勘、てことで」
陸人の背中を睨めば、彼は恐怖を感じたのか背筋を震わせた。朋絵はその様子に苦笑しつつ、自分の席を手前に寄せて座った。
「今日はあたしもお弁当だし、颯太もお弁当でしょ」
「まぁ、一応」
朋絵が机のフックに視線を送って、颯太は曖昧な反応で返した。
ぎこちない空気が続いていたとはいえ、アリシアは今日の弁当を作ってくれた。渡される時に「ありがとう」とお礼はしたものの、返って来たのはぎこちない笑みだった。
「やっぱり何かあったんだね」
「……あぁ。といっても相談するほどでも……」
ない、と言いかけた所で、朋絵は両手でバツを作った。
「そういう人に頼らないのは颯太のダメだ所だよ。あたしたちは何の為の友達なの」
「スマン」
「分かればよろしい」
口を尖らせる朋絵の言い分は正論で、颯太は頭が上がらなかった。
友達とは、楽しいことを共有するばかりではない。悩み事を相談できるから友達なのだ。
頼れる親友に感謝しながら、颯太は思い切って昨日の出来事を吐露し始めた。
「実はさ、昨日アリシアと一緒に家でゆっくり過ごしてたんだけど……」
「それはいつもでしょ」
苦笑しながら、朋絵は弁当袋を広げていく。
「それで、結構いい雰囲気になって、キスしようとしたんだ」
それを口にした直後、朋絵が盛大に吹いた。
「おっとまさかの急展開! え、というか、二人まだキスしてなかったんだ⁉」
「当たり前だろ」
「なんでそんな真顔で返せるの……」
「陸人にも散々弄られた」
「あー。陸人なら馬鹿にしそー」
顔を顰める颯太に、朋絵は同情したような憐れみの目を向けた。
「でも、そっか。キスしようとしたんだ……ん? 未然形てことは、してないの?」
「あぁ、未遂だ」
「犯罪みたいに言わないでよ……同意の上だったんでしょ」
朋絵の言葉に、颯太は頷くことができなかった。
「え、まさか無理矢理キスしようとしたの?」
「そうじゃない。ただ、なんて言えばいいのかな」
颯太は必死に言葉を探しながら続けた。
「する直前までは、アリシアも受け入れてくれたと思う。でも、ギリギリになって突き飛ばされた」
「突き飛ばされたって……よっぽど颯太が激しいキスしようとしたとか」
「んなわけあるか。普通にキスしようとしただけだ」
「それじゃあなんで?」
「それが分らないんだよなぁ」
女子の朋絵なら分かると思ったが、やはりアリシアの取った行動は理解できないようだ。
「アーちゃん。受け入れてくれてたんだよね」
「むしろ、アリシアから積極的に行動してた」
そもそも、キスをしようと画策していたのはアリシアの方だ。颯太は最後にそれに気づいて、その健気な努力に報わねばならないと思ったから行動に出たのだ。
「なら尚更分からないんだけど」
「だよな」
ほとほと困り果てた様子の朋絵に、颯太も溜息を溢す。
「別に、俺としてはまだ恋人みたいなことはできなくてもいいと思ってるんだ。アリシアがそういうの身に着けるまで、ゆっくり待つつもりでいる。……でも、昨日のアリシアは何か焦っているように見えてさ」
「焦ってる? なにに?」
「分かんない。でも、これは俺が無遠慮に踏み込んじゃいけない気がして」
自分で言っていて、情けない男だと思った。大切な人が苦しんでいるのに、それに手を伸ばせない――伸ばすことに恐怖を感じている。そんな自分が腹立たしかった。
苦悩する颯太。その背中に、小さな手が勢いよく叩いた。
バシンッ、といい音が鳴って、颯太は顔を引き攣りながら朋絵を見た。
「しっかりしなよ、颯太!」
真剣な顔をした朋絵が、颯太を鼓舞した。
「颯太はアーちゃんのカレシでしょ。その颯太が怖気づいてどうすんの。あの子の悩みに触れられるのは、颯太だけだよ」
「――――」
「アーちゃんが颯太に言えない事情を抱えてるんだとしても、それを知らなきゃ、一緒に悩むことだってできないんだからね」
真っ直ぐな瞳で語る朋絵に、颯太は息を呑み込む。
本当に、その通りだった。
アリシアが苦悩しているのに、他に任せるなんて論外だった。みつ姉や朋絵ならアリシアが一人で抱える問題を解決できるかもしれない。そうやって心のどこかで甘えていたのだ。その未熟な心を、朋絵が蹴っ飛ばしてくれた。
朋絵の言葉が胸に刺さって、颯太は強く拳を握る。
「そうだよな。俺は、アリシアの恋人なんだもんな」
「そうだよ。あたしの告白を蹴って付き合ったんだから、そう簡単に別れたら許さないんだからね」
「分かってる……本当に、感謝してるよ、朋絵」
にしし、と笑う朋絵に、颯太は素直にお礼を告げた。
「あ、デレた」
「デレてねぇ」
揶揄ってくる朋絵に、颯太はぶっきらぼうな態度で逃げた。
「ほれ、アリシアお手製のツナマヨおにぎりやるから、これで大人しくなれ」
「わーい! ずっとアーちゃんの手料理食べてみたかったんだよねー! いただきます!」
アリシアの手料理に舌を鳴らす友人に、颯太は自慢げに笑みを浮かべた。
ずっと胸中に蔓延っていた不安が僅かに晴れて、颯太はおにぎりを食べ進めていくのだった――。
―― Fin ――
意外と書けたので上げました。またストックがなくなりました。
わりとすぐ連日投稿が切れそうなので、読者の皆様は温かい目で見守って頂けると幸いです。<( ̄︶ ̄)>
ではまた次話で!




