第57話 『 恋人の定義 』
登場人物紹介~
アリシア 本作メインヒロイン。地球のことはまだまだ勉強中。恋愛面を特にお勉強しましょう。
優良三津奈 (ゆらみつな) 颯太のお姉ちゃん。常識人だが颯太が関わると暴走気味。最近はアリシア
にも顕著か。
【 side アリシア 】
―― 20 ――
男女の恋愛に悶々していたのは、颯太だけではなかった。
時は、颯太がアリシアの作ったお弁当を食べているまで遡る。
「んむ……この卵焼き美味しい。腕を上げたわね、アーちゃん」
「ありがとうございます! ちょっと焦げてしまったのが減点ですね」
「厳しいわねぇ。これもソウちゃんの為なんでしょ」
「はい。だから、もっと上手になりたいんです!」
「健気すぎて鼻血出そう」
颯太に褒められたいから料理をするのではなく、元気づけたいから料理を頑張る。それが、今のアリシアが料理に向ける姿勢だった。
「今の私はこれくらいしか出来ませんので、その分、ソウタさんの為にできる事があれば全部やりたいんです」
「愛されてるわねぇ、ソウちゃん。でも、ソウちゃんはアリシアちゃんがいればそれだけで満足だと思うわよ?」
「それで満足しては、私はソウタさんの隣に立つ資格なんてありません」
みつ姉の言い分に、アリシアは毅然とした面持ちで言い切る。
ソウタは今、大変なのだ。学校に再び通い始め、部活まで再入部した。役柄は違えど多忙さは同じだろう。時々疲れ切ってリビングで寝て落ちてしまう彼を何度も起こしている。
気合、とはまた少し違うアリシアの姿に、みつ姉は困った風に吐息した。
「アーちゃんはまだ、ソウちゃんに拾ってもらった恩があるのね」
アリシアが行く宛てもなく彷徨っていたのはみつ姉も既知している。そもそも、この同棲生活を送るきっかけを作ったのがみつ姉だった。
「……はい。この御恩は、一生をかけて返したいんです」
重々しく頷くと、みつ姉は小さく笑みを浮かべて頭を撫でてきた。
「そんなに思い詰めなくていいのよ。ソウちゃんはアーちゃんがいるだけで十分幸せなの。それはあの子をずっと見守ってきた私が保証する」
「それだけで、満足してくれているんでしょうか、ソウタさんは」
「えぇ。アーちゃんは気付かないかもしれないけど、アーちゃんと居る時のソウちゃん、凄い優しい顔してるのよ。私にはあんな顔一切見せないくせにね」
少しだけ嫉妬しているのか、みつ姉は頬を膨らませていた。
「とにかく、ソウちゃんが幸せを感じてるのは、間違いなくアーちゃんと一緒にいる今なの。だから、ソウちゃんの為に頑張ってくれるのは嬉しけど、頑張り過ぎはしてほしくないの。これはお姉さんからのお願いね」
「……はい」
朗らかな声で諭されて、アリシアはこくりと頷いた。みつ姉の言う通り、最近は少し頑張り過ぎたかもしれない。無理をして、それで体に支障をきたせば取返しの付かない所だった。
「ありがとうございます、みつ姉さん。少し、やり方を考えてみます」
「うん。アーちゃんは人の話を聞けるいい子ね」
みつ姉の意見を反芻しながら反省していると、みつ姉はそう言って頭から手を離した。
――そうだ。ソウタさんは私と一緒にいるのが安らぐって言ってくれたんだ。なら、疲れた顔より、笑顔で一緒にいなきゃ。
それに、ソウタとはいつも笑顔で一緒にいたい。それが、アリシアの心の底からの懇願だった。
少しだけ、気分が軽くなったアリシアは、もう一度気合を入れなおす。頬は強張っておわず、その顔には毅然としながらも愛らしさがあった。
「よし。午後のお仕事も頑張らないとっ」
「そうそう。アーちゃんは笑顔が魅力的なのよ」
ふん、と可愛らしく鼻息を鳴らすアリシアに、みつ姉は顎を両手に乗せて見守っていた。
そして、アリシアは空になった自分のコップに麦茶を注いでいると、みつ姉が「それに」と続けた。
「二人はもう恋人なんでしょ。だったら色んなこと分担していかないと、どちらか一方に負担を預けてたら、日頃から溜まってた鬱憤が爆発しちゃうわよ」
「……恋人、ですか」
「なんで初めて聞く単語みたいに言うのよ」
注ぎ終えた麦茶で喉を潤してから、アリシアはみつ姉の言葉に喉をうならせた。その様子に、みつ姉は困惑したように聞いてきた。
「えっと、ソウちゃんとアーちゃんは付き合ってるのよね? 前といつもの雰囲気が違うし、ソウちゃんからも「付き合い始めたから」って聞いてるんだけど」
「…………」
「なにこの間、凄く怖いんだけど……ハッ。もしかしてソウちゃんの妄想⁉」
「ち、違います! 恋人です! 私とソウタさんは」
戦々恐々とするみつ姉にアリシアは慌てて肯定した。
「なら、どうしてそんな難しそうな顔するのよ」
「それは……」
みつ姉の言及に、アリシアは身を竦ませた。この胸中にある疑問をどう言葉にすれいいのか、上手く表すことが出来なかった。
「みつ姉さん、恋人ってなんですか」
その定義が分からないから、アリシアはありのまま感じた疑問をみつ姉にぶつけた。
アリシアの問いかけにみつ姉は形のいい眉を下げたが、片方の手を頬に充てながら思案していた。
「みつ姉さんには既に、素敵な恋人がいますよね」
「晴彦くんを素敵かどうかはさておき、まぁ、大切な人ね」
カレシを褒められて嬉しいのか、みつ姉の頬が少し朱く染まった。
「ソウタさんにお伺いしたところ、二人はお付き合いしてかなり長いんですよね」
「アーちゃんに何を言ったのあの子……」
みつ姉の頬が引きずるも、アリシアは続けた。
「仲も凄く良いのは見ていて分かります」
「あ、ありがとう……」
「みつ姉さんがハルヒコさんの前だと柔らかい笑みを浮かべますし、ハルヒコさんもみつ姉さんに接している時が一番優しい空気が感じます。お二人を見ていると、私も将来ソウタさんとこんな関係になりたいって思うんです……もぎゅ⁉」
「ちょ、ちょっと待って! アリシアちゃん! 凄く恥ずかしい! この歳になって子どもに惚気ているシーンを解説されるの死ぬほど恥ずかしいから一旦止めて!」
アリシアが二人から感じられる雰囲気をありのまま解説すると、みつ姉は耐えきれなくなって両手で口を塞ぎにきた。みつ姉は羞恥に顔を真っ赤にしていて、目には涙が溜まっていた。
みつ姉に強制的にお口を塞がれて、アリシアはみつ姉が落ち着くまで黙った。それから約三分後、一応は落ち着いたみつ姉が「続けて」と促した。
「……ですので、円満な関係を築けているみつ姉さんに、恋人とは何か、をご教授いただきたくて」
「なるほど、話は分かったわ」
ぎこちなく言い終えると、みつ姉は腕を組み、目を伏せた。何秒後かして瞼を開くと、みつ姉は朗らかな口調で問いかけた。
「まず、始めに確認したいんだけど、アーちゃんはソウちゃんとどんな関係になりたいの?」
「どんな関係、とは?」
首を捻るアリシアに、みつ姉は「そうねぇ」と間を置くと、
「例えば、さっき言ったように、私と晴彦くんみたいな関係になりたい、とは言ってくれたけど、私から見れば二人はもう十分私たち同じ関係に見えるのよね」
「そうでしょうか? まだまだお二人には遠く及びません」
力強く言い切るとまたみつ姉の顔が赤面しかけたが、今度は耐えた。
「そんなことないわよ。ほら、私と晴彦くんの関係って、お互いを尊重するのがモットーなの。当たり前だけど、その当たり前をちゃんとする。プライベートもずっと一緒にわけじゃないしね。アーちゃんとソウちゃんは、その辺は上手くやってるでしょ」
「はい」
「そう即答できるなら、ソウちゃんは本当に頑張ってるみたいね」
みつ姉に断言したように、分担はしっかりできていた。
平日の朝食は五日の内二日がアリシア、三日がソウタ。休日はソウタが担当している。料理がどうしてもソウタに負担が掛かる分、アリシアは掃除を多く請け負っている。今の所その方針で文句はないし、互いが互いの仕事に感謝しているので問題はない。
「二人はお互いを尊重できているし、客観的にも恋人というよりもう夫婦に近いんだけど、アーちゃんは何にがそんなに不満なの?」
他人から見れば、どうやら自分とソウタは理想的な関係らしい。それでも満足していない様子のアリシアに、みつ姉はほとほと困ったように吐息した。
喉に小骨がつっかえたようなこの不快感に、アリシアは弱々しく吐露した。
「私は、好き以上の感情が分からないんです。私はソウタさんと一緒にいるだけで満足です。ソウタさんもそう言ってくれてました。でも時々、ソウタさんが何か望んでいるのは何となく分かるんです。私は、それがどうしても分からなくて……」
それを理解したくてもできない矛盾が、アリシアを苦しめた。
「あー。なんでアーちゃんがそんなに思い悩んでるのか分かったわ」
苦悩するアリシアの言葉を聞いて、みつ姉は重々しく息を吐いた。
ビクッ、と肩を震わせると、みつ姉は「怒ってないわよ」と手を振った。
「アーちゃんは何も悪くないわよー。悪いのはヘタレな弟のせいだから」
「へ、へたれ?」
聞き慣れない単語を聞いて首を傾げるアリシアに、みつ姉はしかめっ面で「これは後でお説教ね」と唾を吐いた。
それからみつ姉は吐息したあと、にこりと笑って、
「アーちゃんが感じてる不安はね、このままじゃいたくない。お付き合いを始めた段階からそろそろ次のステップに進みたい。つまり、ソウちゃんとキスがしたいってことよね」
「キス……あ、ドラマで見ました。男と女の人が口を合わせることですよね。ソウタさんにこれはどういう意味があるのか聞いたんですけど、上手くはぐらかかされてしまって」
「おっと、これはソウちゃんの方が色々と教えてあげないといけないかしらね」
目が笑っているのに顔が笑っていないみつ姉に頬が引きずった。余計な事を言ってしまったせいでソウタが危機に晒されてしまったが、それもソウタが怖気づいたせいなのでアリシアに非はない。
「ソウちゃんに勉強させるのは追々にして、とにかく、アーちゃんはソウちゃんとキスがしたい、って事ね」
「そ、そうなんですかね」
その単語が胸に響かなければときめくこともないので、自分が望んでいるかは分からなかった。
「今はまだ理解できなくていいのよ。きっと、すれば分かるようになるから」
「分かるように、なりますか」
「私が保証するわ」
まだ怖気づくアリシアに、みつ姉は己の胸を叩いて断言した。曇り一つない眼に、アリシアは思わず笑みが零れる。
「ふふ。みつ姉さんが言うなら、間違いありませんね」
「頼れるお姉ちゃんでしょ」
「はい。みつ姉さんは凄く頼りになるお姉さんです」
「これからもどんと頼りなさい! 可愛い妹よ!」
「ははー」
「それちょっと違うわね」
「えぇ――⁉」
テーブルを挟んで行われる、姉と妹の談笑。血は違えど、二人は信頼で固く結ばれていた。
それから、二人は『キスしよう作戦』を企てるのだった――。
―― Fin ――
次回、アリシアが大胆な行動をみせる⁉




