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【休載中】天罰のメソッド〜処刑天使。ひきこもりの少年に恋をする〜  作者: 結乃拓也
第一部  【 白銀の邂逅編 】
5/234

第4話  『 行く宛て先なく 』

登場人物紹介~

颯太 「……という訳なんだけど、俺たちどうすればいいんだ?」

アリシア「そうですね。まさか前回、作者が言った通りにやるとは思いもよりませんでした……」

颯太 「とりあえず、なんか言っておこうか」

アリシア 「そうですね。ではソウタさん、お願いします」

颯太「え⁉ 俺から⁉ ……まぁ、仕方ないか」

アリシア「はい! どうぞ!」

颯太「えーと、宮地颯太です。一応、この天罰のメソッドって作品の主人公やってます……はい、次アリシア」

アリシア「それだけですか⁉ ええと! 私はアリシアと申します。この作品のメインヒロインを務めさせていただいてます。まだまだ日本語が不慣れですけど、毎日勉強して頑張ってます!」

颯太「おぉ。流石は天使。急な無茶ぶりでも見事な対応だ」

アリシア「褒めてくれてありがとうございます、ソウタさん」

みつ姉「ちょっと、二人とも、私がいること忘れてないでしょうね?」

ソウタ・アリシア「ギクッ!!」

みつ姉「もうっ。今回は私も出てるんだからね。――そんなこんなで天罰のメソッド、第四話『行く宛て先なく』始まるわよ!』



【 side颯太 】

 

 ―― 4 ―― 

  

 空から降って来た少女――アリシア。その正体はなんと、神が創造した世界『聖域』 から来た天使だった――


「うん。嘘吐くならもう少しマシな嘘にしようか」

「嘘じゃありませんけど⁉」


 当然、そんな話を信じるはずもなく、颯太は容赦なくアリシアの発言を否定した。


「ホントなんです! 私はほんとうに天使なんですよ!」


 涙目で抗議するアリシア。だが、颯太は「いやいやぁ」と失笑しながら、


「普通、信じないから。作り話ならもっとうまく作ったほうがいいよ。スケールがデカすぎて、凡人には理解できないから」

「ぼす、すけーる?」


 聞き慣れない単語に首を捻るアリシア。それに颯太は肩を竦めた。


 やはり、落下した影響で脳にダメージがあったようだ。起きてから間もないが、現時点で意識ははっきりしているようだと安堵したものの、まさか、起き抜けにこんな出鱈目話を切り込んで来るとは想像もしていなかった。少し見た目が可愛いからといって、自分を天使と名乗るには流石に無理がある。


「あぁ、そういうことか。つまりキミは、自分が天使ぐらい可愛いって言いたい訳か」

「突然なにを言い出すんですか……違います。私は本物の天使デス」


 ぱちん、と指を鳴らして答えた颯太に、アリシアはきっぱりと否定する。


「やっぱ、病院に連れて行った方がよかったか」

「そのビョウイン、というものが何なのかはわかりませんが、でも何故でしょう。まったくいい気がしません」


 本気で後悔している颯太に、アリシアはムッと頬を膨らませた。

 颯太は疲労で淀んだ瞳でアリシアを見つめた。


「な、なんデスカ……」

「いや特になにも……」


 どうしたものか、と颯太は乱暴に頭を掻きながら苦悶した。


 アリシアが嘘を虚言しているのなら、不審な挙動があってよかった。が、現状アリシアにそれがないのだ。まるで本当に自身が天使であると疑ってすらないかのように。


 だからこそ、颯太の疑心は尽きなかった。


 それが嘘か真か。本音を言えば、正直どうでもよかった。


 問題なのは、その発言が、脳の機能に障害を及ぼした影響によるものなのか否かだ。

 颯太が危惧はまさにそこであり、そして恐怖だった。


 彼女の発言が日常的によるものならばなんら問題は――あるがここは意図的に切り離す――ない。が、今の状態があの落下による脳の異常、つまり、記憶が一時的に混乱しているならば状況は大きく変わる。今すぐに少女を病院に連れて行き、検査を受けさせねばならない。


 その為の判断材料が曖昧なせいで、話が思うように前に進まないのだ。


 アリシアの発言は明らかに出鱈目だ。けれど、その顔は、嘘偽りなどついていないと断言しているようにも見えた。


 一向に解決の糸口が見つからず、颯太は眉間に皺を寄せた。

 颯太は渋々ながらも、一つアリシアに訊ねてみる事にした。


「なら、キミが天使っていう証拠をみせてくれ」

「ショウコ……ですか」

「そう。それが、俺がキミの話を信じるのに一番手っ取り早いから」


 アリシアは颯太の言葉に戸惑いを浮かべた。

 この提案は、アリシアが虚言を吐いているなら明らかに不利な誘導尋問だ。颯太は無い物を見せてみろ、と言っているのと等しいのだから。


 ――さぁ、どうする?


 案の定。アリシアは困った風に顎に手を置いて考え込んでいた。

 しかし数秒の沈黙の後、アリシアは「うーん」と不安そうに呻りながらも目を開いて、


「わかりました。私が天使であるショウコをお見せすれば、信じてくれるんですね」

「あ、あぁ……そう。あれば、だけど」


 意外な返答を受けて、颯太はぎこちなく頷いた。


 ――まさか本当に証拠を用意できるのか。


 いったいどうやって証明するつもりなのか、そんな興味が少しだけ湧いた思考に突然、温もりが割って入ってきた。


「な、なにしてんのさ」


 見れば、アリシアが颯太の手を握っていた。


「いいからそのまま、あそこを見てください」

「は、はぁ」


 アリシアの行為に理解が追いつかぬまま、颯太は言われるがまま窓の方を向いた。


「ええと、これがキミが天使だっていう証拠にどう繋がるのかさっぱりなんだけど……」

「どうですか、視えませんか」

「視え……え?」


 颯太の戸惑いの声に気にする様子もなく、アリシアはそう問いかける。


「視えるも何も……空しか見えないけど」


 座っているせいで視線には限界がある。窓枠から覗く景色はせいぜい雲が一つ二つ見える程度だ。


「なら、このまま、もっとあそこへ近づきましょう」


 と、アリシアは掛け布団を剥いでゆっくりと起き上がった。颯太はアリシアの命令通り、立ったアリシアの手を離さぬよう遅れて立ち上がる。

 そのままアリシアに四角形の窓へ誘導されて、


「あれです」


 とアリシアは窓から外の景色を一瞥した後、颯太に続くようにと顎を引いた。

 まるで、外に何かがあるような言い方だ。


「いったい空に何があるのさ」


 颯太は訝し気にアリシアが見ていた方向に窓から空を覗いた。

 空に何があるからといって、それがアリシアが天使である証拠にはなんら関係ないはずだ。それなのになぜ、アリシアは颯太に空を見せるのか。もしかしたら、隙を伺って逃げ出すつもりなのかもしれない。けれど、アリシアは颯太の手を握ったままだった。

 いったい、空に何が見えるのか。何も見えないはずだと決めつけて空を見た――その矢先だった。

 あれ? と黒瞳が瞬く。

「ん?」と思わず声が漏れた。


「『視え』ましたか?」


 どこか嬉し気に問いかけるアリシア。


「え、あれ? え?」


 驚愕のような、困惑のような形相をした颯太の顔が、アリシアと空に挟まれて何度も行き来した。


「よかった。もしかたら視えないかもしれないと思っていたので、私も安心しました」


 安堵に胸を撫で下ろすアリシア。しかし、颯太はそれどころではなかった。

 ごしごし、と颯太は己の目を強く擦った。そして、空を凝視する。


 ――なんだ、あれ⁉


 窓枠越しに、それは確かに颯太の目に映っていた。

 ベールのようなものに覆われているせいなのか、正確にはその全容を捉えることはできない。が、それは人の目に届くところに確かにあって、しかし届くことはないのだと瞬時に理解した。

 まず分かったのは、それが人工物があること。おそらく住居区であろう建物の羅列に、頂上にあたる部分には神殿のようなものがあった。建物の土台は巨大な岩石で、山がひっくり返ったような形をしていた。


「……空島だ」


 ぽつりと、颯太の口からそんな単語が零れた。

 現実にあるはずのない存在だが、漫画や映画ではよく登場する、いわば架空の島だ。

 その背景の殆どが人ならざる存在――つまり神やそれに比類する存在の住処として使われるが、まさか現実にあるなどとは想像にも及ばなかった。


「あれは空島などではありませんよ」


 唖然とする颯太の耳に、アリシアの否定する声が入ってきた。

 その声に意識を返し、颯太は今まさに真実を告げようとする少女の顔を見つめた。


「あれが、神が創造し、天使が宿された使命を果たす場所――『天界』です」


 颯太の目を真っ直ぐに見つめたまま、少女――天使・アリシアはそう告げた。


「はは……」


 乾いた笑い声。その声の主は自分だった。

 まさか、自分にこんな非日常が訪れるなんて思いもしなかった。

 空から降って来た少女が実は天使で、天界という、およそ人間が視ることのできない存在すら視えるようになってしまって――


「とりあえず、キミが天使だってことは信じるわ」


 それが今、颯太が彼女の発言を信じてこなかったことに対してできる精一杯の償いかただった。


 ******


「だから言ったじゃないですか! 私は天使だって」


 階段を降りている途中、後ろでアリシアが不服そうに頬を膨らませていた。


「疑ってごめんて。言い訳のつもりはないけど、いきなり天使って言われて信じるほうが無理があるからね。ごく平凡な日常を生きてる庶民からすれば、こんな非日常イベントが起こるなんて想像できなから」

「? でも、最初は驚いていたわりに、意外とすぐ冷静になったように見えましたよ?」

「まぁ、こういうのは何事も受け入れてこそだから」


 意外と慧眼なアリシアに、颯太は適当なことを言ってその場を退けた。

 あの時、受け入れたというより思考を放棄した感覚に近いが、それでも颯太が瞬発的に平常心を取り戻したことに変わりはない。ただほんの少しだけ、まだ『天界』が視えたことへの驚愕の余韻が残ってはいるが。

 複雑な感情を抱きながらも颯太は階段を降り切り、その後に続くアリシアに顔を向けると、


「よっ。ほっ、ほっ、はっ」


 どうやら木板を踏む感覚が新鮮なのか、木造建築に慣れない天使は奇妙な声を上げながら階段を降りていた。

 苦笑を交えつつアリシアが階段を降り切るのを見届けると「こっち」と指さしながらリビングへ向かう。


 ――なんか、変な感覚だなぁ。


 後ろから続く足音に、颯太はむず痒さを覚える。

 自分以外がこの木板を踏む音は久しぶりに聞いた。無論、みつ姉はこの家に何度も訪れているが、彼女の場合、何年も前から部屋に上がっているので今更足音など気にしたことがなかった。

 トタ、トタ、トタ、と軽やかな足音だった。

 体重は乗っていない。けれど、確かにその場にいて、自分について来る。それが判る。


「……爺ちゃんの足音は、もっと五月蠅かったな」

「? どうかされました?」

「いや、なにも」


 ふと、憧憬が脳内に再生されて頬が歪んだ。けれど覗き込もうとしたアリシアに意識が割かれ、颯太は慌てて残影を振り払って前を向く。

 それから数十歩歩いて、二人はリビングに着く。


「飲み物持ってくるから、キミは座って待ってて」

「はい」


 颯太は四つあるテーブルの一つを引くと、そこにアリシアは腰を落とした。

 そわそわと落ち着かない様子のアリシアに気を配りながら、颯太は台所のほうへ。そして冷蔵庫を通り抜け、流し台まで行くと、颯太はアリシアから隠れるように尻もちを着いた。


「なんか……どっと疲れたわ」


 これまでで一番深い吐息が零れた。

 頭が異常に重い。

 当然だ。颯太が生を受けてからの十六年間の概念をたった数分でひっくり返す事実を聞かされたのだから。それらの情報を脳が整理しようとして仕切れずパンクを起こしている。どうやら、肉体の疲労より、精神的な疲労の方が勝っているらしい。


「あと一分だけ休もう」


 そう決めて、颯太はしばらく瞳を閉じた。

 休むにはとても短い一瞬で、開こうとした瞼がやけに重たい。それでもどうにか目を開くと、颯太は両手両足に力を込めて立ち上がった。

 呼吸を整え、アリシアのもとへ戻る前に氷を入れたコップに麦茶を注ぐ。両手に持ったコップが、カランと氷が揺れる音を立てながら白銀の少女を映した。


「お待たせ。はい、麦茶」

「あ、ありがとうございます」


 片方の手に持つコップをアリシアの前に置く、もう片方のコップを持ったまま颯太も背を椅子に預けると、流れるまま麦茶を飲んだ。


「ぷっはぁ、うま」


 キンキンに冷えた麦茶をぐびっと飲むと、思わず声が漏れてしまった。その様子をアリシアはジッと見ていたが、颯太は特に気にすることなく、


「というか、本当に天使なんだ」

「は、はい。まさか、まだ疑ってるんですか?」

「違う、違う。ただ、ぱっと見、俺たち人と見た目変わんないなぁ、と思って」

「そう、ですね。私も本物の人間は初めて見ましたが、まさか、私たちと容姿がこれほど酷似しているとは思ってませんでした」


 どうやら天使も人と姿形が似ていることに驚愕したのは一緒らしい。


「というか、まんま人なんだよなぁ」


 そう呟いて、颯太は改めて、アリシアという天使を観察した。

 人間に近い容姿。本物の天使に性別があるかは不明だが、アリシアは顔立ちや容姿からすれば間違いなく女性、いや、身長的になら女の子と区別するべきか。身長は大体150センチ前後で、高校生にはとても視えない。全体的に華奢な体躯や幼さのある顔立ちから、中学二年生くらいの印象だ。


 けれど、その愛らしさとは別に、どこか超然とした何か感じた。


 外見は人間と瓜二つ、だが、与えられたものが圧倒的に違う。

 華奢といっても腕や脚は曲線美を描いており、肌は真珠のように白く滑らかだ。


 髪の毛は腰まで届くまで長く一本一本の繊維が見えた。そしてその色は世界中で彼女のみが与えられた、燦然と輝く白銀だ。


 顔立ちも幼さがあるがやはり神の使い。見紛うことなく、絶世と呼ぶに相応しかった。


 黄金比という理想の位置に精緻された顔のパーツたち。細い眉。ツンと立ったまつ毛。そして白銀の髪同様、猫のように丸い瞳は彼女のみが与えられた黄金の色だ。筋の通った鼻に、淡い桜色の唇。


 人間離れした美貌であることは明瞭。けれどそう思わせないのはやはり、眼前の天使の『幼さ』なのだろう。それが美貌と奇跡的に混ざり合い、神々しさを相殺しているのだ。もしアリシアの『幼さ』という印象がなかったら、颯太はあの時天使と言われた時点で肯定していたかもしれない。


「あの先程からあなたから妙な気配を感じるのですが……」


 とアリシアは耐えかねたように己の肘をきゅっと抱えて体を退いていた。


「失礼だな。俺はただ、天使がどういうものなのか観察してただけだよ」

「それならそれでいいんですけど……ただ視線が恐ろしかったといいますか不気味だったといいますか……」


 不純な気持ちなどありもしなかったが、結果的には女の子をまじまじ見ていたことに変わりはない。どうやら、眼前の天使の好感度を下げてしまったようだ。


「まぁ、好感度は置いておくとして、一つ気になる事があるだけど、その質問、してもいいかな?」

「はい。私に応えられる範囲であれば、どうぞ聞いて下さい」


 姿勢と表情を元に戻したアリシアから許可を得て、颯太は「それじゃあ」と一つ咳払いして問うた。


「俺たちの知ってる天使ってさ、背中に羽が生えてるんだよね。でもさ、キミには生えてないんだけど、もしかして、本物の天使は羽ってないの?」


 教科書・伝承に神話。語り継がれていた歴史に記された天使たちにはその存在を象徴するように羽が描かれていた。


 けれど、本物の天使はアリシアのように、本当は羽など生えていないのか。

 見たい、という好奇心より、知りたいという純粋な欲求だった。

 颯太のその質問に、アリシアは複雑な表情を作って答えてくれた。


「えぇ。あなたのおっしゃる通りです。天使には皆、この背に羽が生えています。けれど私は、この世界に落ちた間際に全て抜けて散ってしまいました」


 そう告げたアリシアの顔は、寂しそうな、なのにその事実に安堵しているように見えた。


「そっか……ごめん。たぶん、聞いちゃいけないやつだったよね」

「気にしないでください。そうなるべくしてなっただけですので」

「それってどういう……」


 追及しようとして、颯太はその先を呑み込んだ。それを聞く資格は自分にはないはずだ。それに、彼女の表情からして、天使にとって羽はやはり大事なものなのだろう。失ったことを知らなかったとはいえ、軽率に聞いてしまった自分をぶん殴りたくなった。


 それからどう声を掛けるべきか迷ってしまって、颯太とアリシアの間に重い沈黙が続く。

 数秒。数十秒の間を破ったのは、アリシアの「あっ」と何か思い出した声音だった。


「そういえば、まだ助けて下さったことに、きちんとお礼をしていませんでした」

「あぁ、別にいいよ。そんなこと。お互い、命があって何よりだ」


 果たして人命救助がそんな事かどうかはさておき、今のアリシアに感謝される訳にはいかなかった。

 けれど、アリシアは納得いかないと首を横に振った。


「そんな訳にはいきません。この身体を救ってくださったご恩、今の私がすぐに恩返しできることは出来ませんが、それでもせめて、気持ちだけでも受け取ってください」


 彼女の真っ直ぐな瞳に訴えかけられて、颯太はたじろぐ。


「はぁ……わかった」


 彼女の気持ちに折れて、颯太は頷いた。

 そして、アリシアは姿勢を正すと深く頭を下げ、


「私なんかを助けてくれて、ありがとうございます」

「……。ん、どういたしまして」


 アリシアの感謝の言葉に引掛りを覚えながらも、颯太は素っ気なく返した。


 ――まだ、言葉に慣れてないだけだよな。


 そう解釈して、颯太はアリシアに顔を上げさせる。

 ゆっくりと顔を上げたアリシア。するとまた「あっ」と声を上げた。


「今度はなに?」

「そういえば、まだあなたのお名前を聞いてませんでした」


 アリシアに指摘されてようやく、颯太も名乗ってなかったことに気がついた。


「聞かせてください。貴方の名前を」


 アリシアが金色の瞳が颯太をみつめる。じっと、ただ名前を聞く為に。

 名前を言うだけ。なのに、心臓の鼓動が五月蠅い。

 それを少しでも和らげようと小さく、けれど深い息を吐いて、


「俺は宮地颯太。颯太、でいいよ」

「はい。――ソウタさん」


 瞬間。この空間にだけ大輪の花が咲いたのかと錯覚させるほどの笑顔に、颯太の心が沸き上がった。


 ――調子、狂うなぁ。


「ソウタさん? どうかしました?」

「いや、別になにもないよ」


 さらりと前髪を落としながら覗き込むアリシアに、颯太はそっぽを向いた。

 何かの間違いだ。自分が笑顔を向けられただけで惚れる訳がない。顔がいくら可愛いからといって、それでコロッと落ちるタマではないと自負している。それに、相手は天使だが見た目は子供だ。つまり、恋愛は対象外。

 内心で続く言い訳とは裏腹に、心臓の高まりは止まない。

 それを紛らわせるように、颯太は麦茶を勢いよく飲み干した。


「……どしたの?」


 お替りしようか悩んでいた時、ふとアリシアがじーに見つめていることに気付き首を捻ると、アリシアは「あの」と自分の手先にある麦茶を見つめながら言った。


「先程からソウタさんが口に運んでいるそれが気になっていて。これはなんですか?」

「これって、麦茶のこと?」

「ムギチャ……」


 オウム返しするアリシア。その反応に颯太は目を瞬いた。その数秒後、納得する。


「そっか。天界には麦茶はないのか……いや待て、もしかして、この世界の知識は殆ど持ってない感じ?」


 アリシアは申し訳なさそうに肯定した。


「はい。お恥ずかしい限りですが」

「恥ずかしいことはないと思うけど。俺も外国語になると分からないことだらけだし。あれ、でもさ、アリシア。キミ、普通に日本語で喋れてるよね?」


 知識がないのであれば当然、日本語で会話することなど不可能なはずだが、しかしアリシアは颯太とすんなり会話ができている。

 そんな颯太の疑問に、アリシアは神妙な顔つきで言った。


「感覚があったんです」

「感覚?」

「えぇ。起きた時に、頭の中に何かが入ってくるような感覚がありました。おそらく、私がこの地で人と関わり合うのに必要最低限の知識を神様が与えてくれたのではないかと思います。そのおかげで、こうして今、ソウタさんとお話できているのではないかと」

「なるほど、ね。確かに起きたばかりは言葉が通じてなかったように見えたけど、すぐに日本語でココが何処か聞かれたしな」


 アリシアの説明通りならば、颯太の疑問にも強引ではあるが辻褄が合った。神様、なんて存在は信じ難いが、アリシアの驚異的な言語習得の速さが根拠なら文句は言いづらい。

 兎にも角にも、アリシアが日本語を理解し話せるなら僥倖だった。


「話せる言語が日本語だけかは分からないけど……今いるのが日本だし、日常生活に支障はなさそうだな……あ、でも、」


 颯太はもう一つ重要なことを思い出す。会話と同じくらい大事なことを。


「アリシア、読み書きはできる?」

「ええと?」

「おっとマジか」


 困った風に首を傾げるアリシアに今度こそ颯太は絶句した。反応からして、どうやらアリシアは読み書きができない。ただ、もしかしたら神様の恩恵とやらで自覚はないが書けるかもしれない。

 颯太はその事実を確認するべく立ち上がると、アリシアに「ちょっと待ってて」と言い残し電話台に向かう。そこにあるメモ用紙を一枚剥がし、ペンを取って机に戻る。


「あの、何をしてるのでしょうか……」

「んー。ちょっとアリシアにテスト~」


 気になって仕方がないのか、アリシアは颯太が書いているのを覗き込む。すらすらとペンを走らせ、コト、とペンを置くと、颯太はひらがなで書いた文字をみせた。


「これ、なんて書いてあるか分かる?」

「いいえ。何かの象形文字でしょうか」

「象形文字は知ってるんだ……」


 意外な発見をしつつも、颯太は即座に否定したアリシアに苦笑い。そして、事態が予想より深刻だった。文字が読めないとは、つまり大問題だった。

 そんな颯太の心情とは対照的に、アリシアはメモ用紙に書かれた文字を右や左に角度を変えながら眺めていた。


「それは「ひらがな」っていうだ」

「なるほど、「ひらがな」と書かれているんですね!」

「違う。「ありしあ」って書いてあるんだ。キミの名前。ひらがなでそう書くんだよ」

「ほほぉー」


 まるで幼稚園生相手に勉強を教えている気分だった。目をキラキラさせてメモ用紙に書かれた自分の名前を見つめるアリシアを尻目に、颯太は何度目かも忘れた重い溜息を吐いた。

 由々しき事態だ。


 話せる以外の能力が殆ど皆無となれば、日常生活は困難を極めるに違いない。意志疎通が可能なだけ幸いだが、それでも、読み書きが出来なければ苦労は絶えないだろう。


 アリシアの今後がいよいよ不穏になってくる。それに、少女にはあるのだろうか。

 自分の名前を嬉しそうに眺めているアリシア。そんな彼女に、颯太は「もう一つだけ、確認させてほしいことがある」と前置きすると、


「アリシア、キミには行く宛てがあるのか?」

「――――」


 反応から、答えはすぐにわかった。

 言いたくはないであろう事実を言わせるのは酷だ。けれど、アリシアは自らの口で告げる。キュッと自分の名前を握って。


「いいえ。ありません」


 アリシアの精一杯の勇気に、颯太は「そっか」と短く相槌を打った。


「天界から、こっちに来た天使とはいないかな?」

「わかりません。そもそも、天使が他の世界に存在こと事態が異例ですから」

「そうかぁ」


 仮に日本や世界のどこかに天使がいたとしても、その連絡手段はないはずだと遅れて気付く。天界に電子機器はないだろうし、電話番号など必要すらないはずだ。


 アリシアを追い詰めているようで気分が後ろめたいが、それでも颯太には事実を知る必要があった。


 ――偶然、だったであれ少女を救ったのは自分だ。なら、その責任だって自分にある。


 罪悪感か責任感なのか。あるいは両方の感情に突き動かせられながら、颯太は質問を続けていく。せめて、声音だけは穏やかにと努めて。


「あのさ、ずっと思ってるんだけど、アリシアは、天界には帰れるの?」

「――――」


 無言のままアリシアは首を横に振った。颯太も、これ以上聞くのは胸が苦しくなった。


「ん。教えてくれてありがと」


 これで、アリシアの現状は概ね把握できた。


 人間とはある程度の意思疎通は可能。会話は問題なくできるが、読み書きの文字にして伝える能力はゼロに等しい。そして、麦茶や畳などどの(おそらくは地球で生まれたものに限定される)名詞は一切分かっていない。


 そして肝心の天界には帰る手段も方法も現状なく、同じ天使が地球に住んでいる可能性も無い。

 アリシアの現状を絶望的と言わずして何と呼べばいいのか。少なくとも、颯太だったら既に絶望している。


「ホント、どうするか」


 思案する颯太に、アリシアが元気のない表情で言った。


「あの、ソウタさん。私のことを心配してくださるのは嬉しいですが、本当に気にしないでください。これは私の問題ですから、自分でどうにかしてみせます」

「そう言うなよ。それに、これは俺の責任でもあるんだ。だから、せめて一緒に考えさせてよ。それに、日本には〝三人寄れば文殊の知恵〟っていうことわざがあるんだ。一人足りないけど、二人で考えた方が良い案が思いつくかも、でしょ?」

「ソウタさん……」


 一人では難しいことも、案外二人ならすんなりと解決できるかもしれない。


 否、颯太は既に、この状況を解決できる策が思い浮かんでいる。ただ、できればこの案はアリシアが本当の窮地の時に最後の手段として取っておきたい。


 だから今颯太が考えるべきはこれ以外の選択肢を見つけてあげることだ。

 だが、いくら知恵を絞ろうが名案は思い浮かばず時間だけが削れていく。

 二人が向かい合って唸り続けること十五分。


 颯太が一度トイレに行こうと立った時だった。


 ピンポーン。と玄関のチャイムが鳴った。三秒の間もなく、再びチャイムが鳴らされる。

 つぎは少し間を空けて、ピンポーン。と鳴った。

 配達にしては連続でチャイムを押すな、と颯太は違和感を覚える。

 そしてまた、チャイムが鳴る。


「あーもうっ。トイレに行きたいのに」


 イライラしながら席を立ち、颯太は玄関に向かおうとした。


 ――何回も押すなって文句言ってやるっ。


 そう決めて腕まくりする動作をした時だった。


「ソウちゃーん? もうお昼だし、帰って来てるんでしょー?」


 それは聞き馴染みのある声だった。それこそ毎日聞くほどの。


「あっ」


 思わず声が漏れて、さらに数時間前の記憶が蘇った。


『今日のお昼は一緒に食べるからね』


 だばっ、と額から滝のように汗が流れ始める。

 颯太の顔色が、段々と蒼白と化していく。


「ま、まずい⁉ みつ姉だ⁉」


 颯太は勢いよくアリシアの方へ顔を振り向かせた。


 ――この状況を見られたら、確実に面倒くさいことになる!


 青白い顔色の颯太の心情など知るはずもなく、無垢なアリシアはキョトンとした顔のまま座っている。


「あ、あの、どうかされました? ソウタさん?」


 颯太は鬼気迫る形相でアリシアに詰め寄ると、その何の脈絡もなく華奢な腕を掴んだ。


「事情は後で説明するから、とにかく! 今は隠れてくれ!」

「うええっ⁉ ちょ、ちょっと待って下さい、ソウタさん⁉」

「見つかったらヤバイ人がいま玄関に居るんだ。だからバレないよう隠れて!」

「ど、どんなお方なんですか?」

「とにかくおせっかいな姉ちゃん。以上」


 噛み砕いた説明にアリシアの困惑はさらに深まる。が、それを説明する暇もなかった。

 が、流石は天使。颯太の表情から事情を察したのか、「わ、わかりました」とぎこちなく承諾してくれた。

 あとはアリシアをどこに隠すか、だが――、


「もうっ。勝手に入っちゃうからねー。ソウちゃん」

「合鍵持ってるの忘れたぁ⁉」


 動揺につぐ動揺で、みつ姉が颯太を待たなくても合鍵を使って入れることにすっかり忘れていた。

 玄関に響くみつ姉の声。そして、二階に通じる道は塞がれてしまった。


「くっそ。玄関先はもう駄目だ。魔物が待ち構えている!」

「ま、マモノ……っ⁉」


 後ろから素っ頓狂な声が「マモノ、マモノとはなんデスカ⁉」と聞き返してくるが構っている暇がなかった。


「あとはトイレか洗面所か風呂場……ダメだ、全部みつ姉が入ってきそう!」


 隠れ場所に使える候補が瞬く間に半分消えた上に、残った選択肢も後々のことを考えればどれも有力になりえない。一つだけ、みつ姉が絶対に入らないと割り切れる場所があったが、そこにはアリシアを立ち入れさせたくなかった。

 颯太は逡巡した。時として五秒ほどか。

 それはみつ姉が颯太を見つけるのに十分な時間だった。というより、渡り廊下にいる時点で気付かれていた。

 ドサッ、と高い位置から袋が床に落ちた音がした。


「ソウちゃん、何してるの?」

「~~~~ッ!」


 ビクッ、と颯太の方が震える。ギギギ、と首がそんな音を鳴らすようにゆっくりと振り向くと、


「その女の子、だーれ?」


 圧の籠る声音は、狂気すら垣間見えた。


「ハ、ハハハ……」


 瞬間。颯太は終わりを悟った。

 

 ―― Fin ――


今話がよければ広告下↓【☆☆☆☆☆】いいねを【★★★★★】にしていただけると作者の励みになります! 皆様の応援、心よりお待ちしております! 

そんな訳で今回の前書きは皆にお願いしました。さて、第四話、いかがだったでしょうか。まさかの修羅場エンドですが、次回、颯太はどうやってみつ姉から切り抜けるのか見ものです!

アリシアの紹介シーンなんですけど、改稿前一ページ近くあって「あ、流石にやべぇ」と思って減らしました。、、、一行くらい。

ちなみに前回のアリシアの台詞は殆ど漢字はカタカナ表現でしたが、本編通り神様の力で日本語が喋れるようになったこと、覚醒してある程度時間が経ったことを表現する為に、普通に漢字になりました。ただ、知らない単語はカタカナで表記しています。お気に入りのシーンは「ムギチャ」のシーンですね。あれ、めっちゃ可愛く言ってます(笑

さて、あまり長くても皆さん飽きてしまうでしょうし、今回はこの辺で! それではまた次回!

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