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【休載中】天罰のメソッド〜処刑天使。ひきこもりの少年に恋をする〜  作者: 結乃拓也
第一部  【 白銀の邂逅編 】
3/234

第2話 『 始まりの日 』

登場人物~

宮地颯太みやじ そうた 16歳の高校二年生。不登校中。好きな食べ物は刺身。

アリシア 天界で追放された天使。処刑されたはずの魂が辿り着いた先は……

優良三津奈ゆら みつな 24歳の颯太の幼馴染。最近の悩みは颯太が思春期なこと。

【 side颯太 】


 ―― 2 ――


 その後。みつ姉と分かれたあとも暫く釣りを続けていたが、結局、当たりはなかった。


「うわっ。もうこんな時間か……そろそろ帰るかな」


 スマホを見れば、時刻は十時半を回ろうとしていた。六時頃から開始しているから、ざっと四時間は釣りをしていることになる。

 魚が掛かることも一向にない。それに、粘っても釣れる気配は感じられなかった。


「こんなに釣れないのは久しぶりだなー。今日は大漁な気がしたのに」


 落胆する颯太は、唇を尖らせながらリールを巻き始めた。往生際悪くゆっくりと糸を回収していると、その時だった。


「……羽?」


 颯太の顔の前に、揺蕩いながら落ちてくるもの。それは一枚の綺麗な羽だった。純白で、それこそ穢れ一つない羽だ。


「――――」


 なぜか無性に気になって、颯太は地面に落ちる直前に器用に片手でキャッチする。


「……鳥の羽、にしては綺麗過ぎる気がするな」


 これほどまでに綺麗な羽根は珍しいなと、颯太はつい凝視する。

 空にかざせば蒼白が見えるほど羽毛は細い。けれど、何故かこの一本の羽根には力強さというか、生命力を感じた。


「この羽根、どっから落ちてきたんだろ」


 たかが羽根一枚に執着するほどでもないとは思いつつも、颯太は快晴の空を見上げた。


 ――あぁ。あのカモメのか。


 見上げた先の空に、白い何かを捉えた。颯太はそれをカモメだと解釈して、胸に生じた違和感を晴らす――


「ん? あれ鳥か?」


 視線を手元に戻す直前。颯太は首を傾げた。それは違和感を払拭し切れず、胸に生じる奇妙な感覚がより強くなったからだ。

 颯太は再び視線をあの物体へ戻した。


「鳥……じゃないな、あれ」


 空を落ちる物体。それと手にしている羽根を交互に見やる。どうみても、あれは鳥にしては大きすぎるし、羽もない。


「なんだあれ?」


 ならばあの正体は一体なんなのかと、颯太は眼を凝らした。

 落下を続けるそれは、雲でも飛行機でもなかった。色は白く、大きさはざっと一メートルくらいか。形で一番似ているのは、颯太だった。

 それと海までの距離が五十メートルほどで、颯太は何かに気付く。

 形が自分に近い。さらに目を凝らしてみれば、何となくだが腕と足がある気がする。パタパタと靡いているのが服だとすれば、不思議と違和感が消えた。


「……人?」


 声に出して、思考する――刹那、背中に悪寒が、脳が警鐘を鳴らした。

 息が乱れた。

 それと海までの距離が縮むごとに、颯太の心臓は早鐘を打つ。

 声に出してしまったあの瞬間から、颯太はもうそれを『人』としか認識できなくなっていた。


「やっばい⁉」


 背筋にゾッと怖気が奔る。

 颯太は竿とポケットから取り出したスマホを地面に投げ捨てて海に飛び込んだ。

青い波紋を立てて着水。すぐに浮上して、颯太は落下する人の姿を目で追う。その距離はざっと、五十メートルほどか。


「間に合うか……いや、間に合わせなきゃ⁉」


弱音も海に吐き捨てて、颯太はとにかく懸命に泳ぎ出した。しかし、進路を波が阻む。

陸地から距離が離れるほど、海は荒れだす。波は右往左往にうねりを上げ、颯太は抵抗するのが精一杯だった。


「クッソ! 進まねぇ!」


必死になって颯太は突き進む。けれど、自然は容赦なく少年に牙をむく。

手足にいくら力を入れても、波は推進力を根こそぎ奪う。人力で自然に挑むことがいかに無謀か理解する。


「はぁ……はぁ……」


肺が苦しい。息を継ぐのもやっとで、手足に力も徐々に入らなくなってくる。


「なんで、こんなことしてんだ」


思考も鈍くなって、颯太は弱音を吐いた。

今思えば、自力で助けに行く以外の選択肢があったはずだった。投げたスマホで警察でも近隣の漁師にでも連絡できたはずだった。自分の手を使わずともこの状況を解決できる手段はいくらでもあった。なのに、何故、よりにもよって自分が助けに行く選択肢を選んでしまったのか。自分の馬鹿さ加減に呆れた。


「ほんと、なにやってんだ」


 歯を食いしばる。腕に、足に、投げやりに力を入れた。

 弱音を吐いて尚、それでも助ける為に前に進む理由。それは、颯太自身の答えが出ていたからだ。


「海が好きなら、海で困ってる人は助けなきゃ、だもんな。爺ちゃん」


 祖父が遺してくれた言葉の一つ。それを言葉に出して、颯太は危険を冒すのを続行した。

 小学五年生の頃だったか。ある日、海で泣いている子がいて、颯太は気にすることなく通り過ぎようとしていた。どうせろくな理由じゃない。そう勝手に決めつけて、去ろうとした。そして通り過ぎようとした時、それまで隣にいた祖父が足を止めてその子で立ち止まったのだ。身長をその子供に合わせて、そして祖父は柔和な声音で問いかけた。「どうしたんだ」と。

 最初は知らない人に声を掛けられてビックリした少年も、すぐ何かを察したらしい。子供は泣きじゃくりながら、サンダルが波に持っていかれて、それを追いかけたら貝殻の破片が足に刺さったのだと祖父に伝えた。

 それを聞いて祖父は「そっか、それは痛かったよな」と子供の頭を撫でると、ポケットからハンカチを包帯の代わりに少年の足に巻いた。

 それは祖父にとって大事なハンカチだったはずだった。祖母との馴れ初めのハンカチだと、颯太は聞いていた。そんな大事なハンカチが血で汚れることを、祖父は躊躇う仕草すら見せなかった。

暫くして子供の親が探しに来た。少年と両親は祖父に感謝を伝えたあと、夕日の歩道を仲睦まじく帰っていった。

その光景をぼんやりと眺めている颯太に、祖父は頭を撫でながら、


『いいか、颯太。どんなつまらない理由でもな、海で困ってる人は放って置いちゃいけないだぞ。海が好きなら尚更だ。いいかぁ、颯太。海くらい広い心を持て。そうすれば、お前が困った時には海はお前の味方してくれっからな』


 ガハハッと祖父は豪快に笑いながらそう言った。

 それから、颯太は海で困ってる人がいれば、例えどんな理由であれ放って置くことはしなくなった。海が好き以上に、尊敬する祖父の教えだから。


「やっぱり、爺ちゃんはすげぇや」


 苦しいのは変わらない。なのに、自然と笑みが零れた。

 颯太の進行を阻んでいた波。それが途端穏やかになって、颯太の体を運ぶように流れを変えたのだ。


「はぁッ――はぁッ!」


 進め、進めと体を前進全霊で前へ進ませる。

 距離が近づく。人影はしっかり目で捉えられる距離だ。もう数十メートルもない。

 しかし、人影が大きく見えたのは、決して颯太が全霊を尽くして前に進んだ結果だけではなかった。

 どれだけ海が味方をしてくれようが、時間の流れは変わらない。

 それに気づいた時、颯太は泳ぐのを止めていてその場に立ち尽くしていた。

 バッシャーン‼ 

 ほんの数メートル先。その先で、巨大な水飛沫が上がった。

 雷が落ちたのかと錯覚するほどの轟音が鳴り響いて、その衝撃は大きな波紋を生んで颯太の元にまで届く。

 降り注いでいた水飛沫はやがて海に還り、波紋は波に呑まれていく。残った颯太は荒い息遣いを繰り返して、


「まだ、まだだ……ッ!」


 雑念を振り払い、颯太はロスした時間を取り戻そうと再び泳ぎだす。

 数メートル先で落ちたのなら、まだ間に合うはずだと、颯太はその希望を捨てなかった。


「たぶん、この辺りのはず……」


 痕跡は完全に消えている。けれど、距離的に間違いはないはずだった。颯太は核心半ばのまま、肺に限界まで酸素を溜める。入りきらない酸素も口内に閉じ込めて、リスの頬をした颯太は眼を抉じ開けて海中へ潜って行った。


『どこだ……何処にいる⁉』


 深い蒼の世界で、颯太は血眼になって落ちた人を探した。漂う藻屑を払いのけ、辺りを見渡す。いない。ならば下かと顔を下げれば――


『見つけた!』


 自分のほぼ真下、そこに、明らかに魚影ではない黒い影を捉えた。

 喜びで酸素を吐きそうになるもグッと堪え、颯太は海中で鮮やかに身を翻す。

 海中を蹴って深く潜り出していく。最低限、且つ無駄のない泳ぎで、颯太は人影を追いかけた。

 段々と息も限界が近づいて、死にそうなるくらい苦しくなる。

 それでも、颯太は今まで一番の安堵に満たれた。


『捕まえた』


 伸ばした手は、確かにその影の腕を掴む。

 そ腕を引き寄せ、自分の方へ抱くように近づける。温もりがあった。華奢で、今にも消えてしまいそうだった。その体を決して離さぬよう、颯太は浮上していく。

 海面の光が近づいてく。

 酸素が限界ギリギリの寸前で海面に顔を突き出し、颯太は貪るように空気を吸った。


「うっまー⁉ 空気ってこんなに美味かったっけ!」


 当然、空気に味はないが、この時だけは味がしたような気がして颯太は大声を上げた。きっと、これが生きた心地というやつのだと、颯太はその感覚に少しだけ浸った。

 しっかりと呼吸を整え、颯太はすぐさま現実と向き合う為に腹を括る。

 ここまで来た道のりを、颯太は再び戻らなければならなかった。しかも、状況はさらに厳しくなっている。

 体力は尽きかけ、その上、一人抱えて戻らなければならないのだ。

 当然だが抱えている人に力はない。声を掛けてみたが返事もない。やはり、意識がなかった。あの落下の衝撃だ。気絶するのも納得がいった。そして、最悪のケースも。


「大丈夫。絶対に帰ってやる」


 根拠ない自信を掲げ、颯太は力の無い腕を肩に回し、いよいよ泳ぎ出した。

 泳ぎにくさは半端なかった。片腕の状態で前に進む力などほとんどなく、かといって足を速く漕ごうとすれば抱える人の足と絡んでしまって、とてもではないが満足に泳げなかった。

 さらに体力は奪われていく一方だった。

 それでも懸命に、颯太は陸地を目指して進む。ただ前だけを向いて。

 それから、どれほどの時間が経っただろうか。

 ようやく、自分が元いた防波堤が見えてきた。そこまでくれば波も穏やかになっていて、力を振り絞れば前に進んでいる実感が確かにあった。

 腕も足も、もう力はない。筋繊維はいつ千切れてもおかしくはない状態だった。

全身を倦怠感に襲われながら、颯太は足先に僅かに触れた砂の感触に歯を食いしばった。

 視界がぼやける。何度も眩暈がして、一瞬でも気を抜けば意識が飛ぶような気がした。


「あと、ちょっと……」


 水中を蹴っていた足が、やっと砂底に触れた。

 足先から五指、踵までその感触が広がっていく。鉛のように重い足を引きずるように動かして、颯太の体はついに生還を果たした。


「戻って、これたぁ!」


 足がさざ波を蹴って、熱を帯びた砂に颯太の足跡が刻まれていく。

 さざ波も届かない距離まで歩いて、颯太は陸地に戻ってこれた感動とともに倒れ込んだ。


「もう無理。マジ限界。一歩も動けん」


 視界がちかちかと明滅を繰り返し、息は肩でする。戻ってきた感動の余韻よりも、疲労が勝った。

 五分。十分ほど地面に転がり続けて、ようやく息が落ち着く。体力ももはや残っていないが起き上がるくらいには回復した。倦怠感は凄まじく、体を起こす瞬間に強く眩暈が起こる。まだ休みたい気持ちはあったが、そういう訳にもいかなかった。

 自分が繋ぐ手。その先に延びる白い肌を追っていく。


「――さてと、この子をどうするかだな」


 颯太が助けた人物。

 その子は、この世の存在とは思えないほどに可憐な――少女だった。


 ―― Fin ――



 今話がよければ広告下↓【☆☆☆☆☆】いいねを【★★★★★】にしていただけると作者の励みになります! 皆様の応援、心よりお待ちしております! 

この感想書いたのにデータ飛んで全部白紙になって泣いた。マジで発狂した。

コメントなど頂けたら作者の励みになります!

ポイントなども気軽にくださいね!

それではまた次回。(ちなみに作者はまだ泣いてます)



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