第25話 『 アリシアと神輿担ぎ 』
登場人物紹介~
颯太 「だんだん作者の無茶ぶりにも慣れてきたな……」
アリシア 「そうですね。このまま、さくっと今回の注目ポイントを言っていきましょう!」
颯太 「だね。それじゃあ、今回は前回の続き、アリシアの神輿担ぎの回だね」
アリシア 「はいっ! もう気合十分ですよ!」
颯太 「ん。俺も、精一杯応援するから」
アリシア 「ありがとうございます。それと、ハッピを仕立て直してくれたみつ姉さんにも感謝です
ね」
颯太 「だね。みつ姉も応援に来るらしいけど、あ、なんかレイン来てる……なになに? 『もう神
輿運び終わってるわよ、急いで』だって」
アリシア 「もうそんな時間ですか⁉ わわ、本当だ。急がなきゃですね、颯太さん!」
颯太 「うん。すぐに会場に向かわないと。でもその前に……」
アリシア 「ですね……」
颯太・アリシア 「読者の皆さん! どうぞお楽しみください!」
【 side颯太 】
―― 4 ――
潮風町の一大名物ともいえる祭典『ウミワタリ』は、例年通り地元住民と観光客で活気づく。
日程としては、一日目に神輿担ぎ。二日目に花火。三日目にこの祭りの名でもある、ウミワタリの順に開催されていく。
「いたいた。おーい、みつ姉」
「あ、ソウちゃん。こっちよ」
「ごめん。少し遅くなった。直前までアリシアと話しててさ」
神輿担ぎ。それは読んで字のごとく。神輿を社まで担いでいく祭礼だ。
ウミワタリの始まりを告げるのに相応しいこの演目は、昼の部、夜の部に分かれて行われる。昼の部の主役はこの町の小学生~中学生まで。夜の部の主役は、高校生以上の男性たち(ときどき女性も混ざったりする)だ。
「……結局、聞けなかったな」
「なにが?」
ぼそりと呟いた言葉をみつ姉が小首を傾げて拾った。
「アリシアが急に神輿担ぎに参加したい、って言ったことだよ。みつ姉、何か聞いてる?」
「ううん。何も聞いてないけど」
首を横に振ったみつ姉に、颯太は「そっか」と素っ気なく返した。
ここ最近アリシアは頻繁にみつ姉の家にお邪魔していたから、その拍子にまた二人で何か企んでるのでは、と思ったがどうやら見当違いだったらしい。
ならば俄然、アリシアの動機が気になるな、とそんな事を考えていると、みつ姉が「う~ん」と小さく呻った。
「まぁ、心当たりがなくはないけど……」
「あるんだ」
顎に一指し指を当てて思案するみつ姉に、颯太は「それってどんな?」と眉を寄せた。
けれど、みつ姉は教えてはくれなかった。
「まぁ、ただの女の勘よ。それに、気になるならアーちゃん本人に聞けばよかったじゃない」
なんの為に話してたのよ、とみつ姉に叱責されてしまった。
颯太は視線を泳がせながら「いや」と言い訳を探した。
「聞こうとはしたよ。でも、なんかその話をしようとすると妙に逸らされてさ」
「だから聞けなかった、と。ソウちゃんは相変わらず意気地なしねぇ」
「相変わらずってなんだよ」
嘆息するみつ姉に颯太はバツが悪そうに口を尖らせた。
「とにかく、今はアーちゃんを精一杯、応援しましょ」
「だな」
仕切り直しとみつ姉が手を叩いて、颯太もそれに乗っかった。
「でもやっぱり、この場所を選んだのは間違いだったかしら」
「だなー。ここ、親にとっては絶好の撮影スポットだから」
「どうする、移動する?」
「少しだけ、様子見てみようよ。それで無理そうだったら、どこか別の応援できる場所に移動で」
「ん、分かった」
既に周囲は、子どもたちの活躍をカメラに収めようとする家族連れで埋め尽くされていた。掻き分けて前に出るのは難しく、それに邪魔もしたくない。そう判断した二人は、どうにかアリシアを応援できる場所がないか歩き出した。
「それにしても、いくらアーちゃんが神輿を担ぎたい! っていっても、流石に最終グループには止めたほうが良かったんじゃない?」
ごった返す人の波を掻き分けている最中、みつ姉がそんな言葉を投げた。
「それもちゃんと言ったって。神輿を担ぐのはいいけど、最後はやめようって。でも、どうしてもこの場所が良いんだってさ」
「この場所がいいって……アリシアちゃん、最後がどんなに大変なのか知らないでしょ」
「当たり前だろ。アリシアがこっちに来てまだ一カ月も経ってないんだぞ」
「なら、尚更止めるべきだったんじゃない?」
みつ姉の声音は颯太を咎めているようだった。
みつ姉が颯太に憤りをみせているのは、颯太自身も理解していた。
アリシアが神輿を担ぐであろうこの場所は、いくつかあるグループの最後だ。
最終グループの参加者は全員、中学生以上の高学年たちで固まっている。その殆どが男子で、数十人いる女子もおそらく運動部の子たちだろう。
つまりそれだけ、最後の箇所は難所なのだ。
「反省はしてる。でも、俺はアリシアのやりたいことを応援するって決めたから。その為の世話係だし」
毅然とした面持ちで言い切った颯太に、みつ姉は、
「そうだったわね」
そう頷いて笑った。
元々、アリシアと颯太の関係はみつ姉が作ったようなものだ。
何も知らないアリシアに、地球の事を教えるようみつ姉に頼まれた日。その日から颯太はアリシアとの同棲生活が始まり、そして、彼女の世話係になった。
そんな関係が今は、互いに互いを支えるほどの仲になっている。絆と、そう言ってもいい。
颯太にとってアリシアは、かけがえのない存在の一人になったのだ。
「だから、俺はアリシアを信じるよ。アリシアなら、きっとあの坂も乗り越えられるって信じてるから」
眼前に見据える、長い長い坂。そこが、最終グループが登る、社に辿り着くための道だ。
坂の名前は白崎坂――別名、人食い坂。
この神輿担ぎが始まってから付けられた、地獄の坂だ。
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歓声が後ろの方から大きく聞こえてくる。
人の波に揉まれながらそれを認識すれば、もう前のグループが最終地点まで神輿を運んできているのだと分かった。
もうじき、アリシアの出番が来る。そう思うと、神輿を担ぐわけでもない颯太だが何故か妙に緊張してしまう。
せめて一つくらいエールを送りたい。その気持ちが颯太の足を動かしていた。
そして、人波の先。黒瞳はしっかりと捉えた。
「あ、いた! ソウちゃん、アーちゃんいたわよ!」
「ん、大丈夫。俺も見えてるから」
幅二十メートルほどの神輿担ぎの為に確保された道路。眼前には何十人もの保護者やこの祭りの委員の人たちが忙しなく動いている。そして、これから最後のバトンを託されるであろう者たちが、湧く歓声になぞられて準備を始めていた。
そこに、一際異色を放つ少女の姿もあって。
颯太は白銀の少女の姿に目を奪われた。
「あー。やっぱり、アーちゃん緊張してるわね」
隣に立つみつ姉が不安そうな声でそう言った。
二人の視線の先に立つアリシアは、目を伏せたまま微動だにしなかった。ピン、とその場に立ったまま、まるで何かを念じているように。
その姿に見覚えがあって、颯太は思わず笑ってしまった。
「みつ姉、アリシアは大丈夫そうだよ」
「え?」
颯太の言葉にみつ姉が目を見開いた。理解できていないみつ姉に、颯太は黒瞳に白銀の少女を見つめながら答えた。
「あれ、俺が走る前にいつもやってたやつ」
「走る前……あぁ。確かに、似てるかも」
振り返るみつ姉が、アリシアの姿に何かを似重ねたように淡い笑みを浮かべた。
颯太が陸上部にいた頃。レースの本番前にやっていた儀式。それを、アリシアは真似ているのだと、颯太にはすぐに判った。
「まさか、あれをアリシアがやってくれるなんてな」
「嬉しい?」
「いや」
「そこは素直に嬉しい、って言いなさいよ」
みつ姉に軽く脇腹を殴られて、颯太は必死に顔が嬉しさで綻ぶのを耐えた。
あの儀式は、颯太が強くなるために掛けていた自己暗示だ。自分の力を認めさせるための儀式が、今、形を変えてアリシアの力になっていた。
そんなの、嬉しくないわけがなかった。
「がんばれ、アリシア」
「もっと大きい声で応援してあげなさいよ」
「いいんだよ、これくらいで」
からかうように言うみつ姉に、颯太は口を尖らせた。やっぱり、人前で大声を出すのは躊躇いがあった。
だからせめて、この目でアリシアの雄姿を最後まで見届けるのだ。
前のグループが、この最後のグループに神輿を渡す残り二百メートル前まで近づいて来ていた。
最終グループがいよいよ動き出す。
女の子の一人が駆け寄って、アリシアの肩を叩いた。目を開けたアリシアはその子と何かを話しているようで、時々笑顔をみせる。そして、女の子がこちらを指さして、釣られてアリシアが顔を向けた。そこでようやく、颯太とみつ姉の存在に気づいたらしく、アリシアは二人に大きく手を振った。
「ソウタさん! みつ姉さん!」
大声で二人の名を呼ぶアリシアに、先に反応したのはみつ姉だった。
「しっかり応援するから、頑張ってね、アーちゃん!」
「はい、頑張ります!」
胸の前でガッツポーズするアリシアは、次に颯太の方を見た。
「ソウタさん! 私、頑張りますからね!」
「うん。頑張れ」
大きく手を振るアリシアに、颯太は小さく手を振って返す。その隣で、みつ姉が嘆息していた。
「それだけ?」
「いいんだよ、このくらいで」
「えぇ。せっかく女の子が頑張るっていうのに?」
「うっ……」
みつ姉にジト目で睨まれて颯太は委縮してしまう。みつ姉の言うことはごもっともだ。これから、アリシアは過酷な坂を上る。そんなアリシアの苦労に比べたら、颯太の躊躇いなど石ころにすぎない。
「アリシアちゃんが一番応援してもらいたいのは、果たして誰なのかしらね」
「――――」
アリシアの髪が薙いだ。もうすぐ、アリシアはこちらを振り返れなくなる。
この心の奥底からのエールを、受け取ってもらえるのは、この瞬間しかない。
「っ」
この中で、この世界で、一番アリシアを応援しているのは、間違いなく颯太だ。他の誰が言い張ってきたとしても、自分が一番なんだと、そう断言できる。
みつ姉の言葉の意味は、きっと颯太の心情も見透かしたものだ。
アリシアが待っているのは、誰の応援が欲しいのか、それは颯太の声だ。
なら、こんな一時の恥じらいくらい消し飛ばしてしまうくらいの大声で――
「頑張れッ! アリシア――‼」
これまで生きた時間の中で、颯太が出した一番の大声で、アリシアの背中を押す。
その熱の入った応援は、周囲にだけでなく、確かにアリシアにも届いた。
もう一度振り返ったアリシアは、これ以上ない自信に満ちた顔をして。
満面の笑みをみせて答えた。
「ハイ‼ 頑張ります!」
そして始まる、アリシアの神輿担ぎ。
『男子、行くぞォォォォォ‼』
『女子、行くぞぉぉぉぉぉ‼』
雄叫びが、真っ青な晴天に轟く。
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【 sideアリシア 】
最終グループから社までの距離は約六百メートル。
社までの道のりは四百五十メートルまでは国道356号線の緩やかな坂道が続く。そこから残り百五十メートルは、地獄の坂を上らなければならない。
それまでは緩やかな坂道を進んでいく。といっても、重量五百キロを優に超える神輿を肩に担いで歩くのだ。この行程も、決して楽ではない。
「アリシアちゃん。そろそろ交替しよ。ほら、ホカリ飲んで」
「ありがとうございます」
一人の女の子がペットボトルを持ちながらアリシアに寄ってきて、アリシアは担いでいた神輿から肩を放していく。それと同時、重力に囚われていた体は一気に軽くなり、肩の痛みもわずかに引いた。
神輿から十分に距離を取ってからペットボトルを受け取って、アリシアは一旦前線から退いた。
「お疲れー、アリシアちゃん」
「お疲れ様です。ふぅ」
「あっはは。やっぱキツイでしょ?」
肩から息を吐くと、ケラケラと笑いながら隣の女の子が語り掛けてきた。確か、自分の後ろにいた人だ。大粒の汗を流すアリシアに比べて、彼女はまだ随分余裕そうにみえた。アリシアは彼女に苦笑を浮かべながら、「そうですね」と頷く。
「大変だとはソウタさんとみつ姉さんから忠告されましたが、実際にやってみると凄まじいですね」
吐く息が鉄の味がして、アリシアは不快感を覚える。
体感して、ソウタが最後まで止めようとしたのが身に染みた。確かに、運動能力も体力も平均的な自分がこの最終グループで担ぐのは厳しいはずだ。
「この道だけでも十分大変なのに、まだ全然ゴールが見えませんね」
「当たり前だよ。だってゴールは坂の先にあるんだから。その坂もあと少しで見えてくるけど、これからだよ、本当の地獄ってやつは」
「ごくっ」
怖い顔で語る女の子に、アリシアは生唾を呑み込んだ。確かに、先に進んでいくにつれて、皆の顔も険しくなっている。疲れというより、恐怖や緊張で強張っている感じだ。
坂の斜度も、徐々に上がっている。
そんな緊張がアリシアも伝播して、肩に力が入っていく――そんな時だった、後ろから背中を強く叩かれた。
「そんな怖い顔しない! 祭りは苦しいもんじゃなくて、楽しむものでしょ」
「――ッ! そうですね!」
ウィンクして答える彼女に、アリシアはハッとする。
――そうだ、オマツリは楽しむもの。精一杯楽しまなきゃ。
二人は気付いていないが、その会話が周囲の緊張を僅かに解いていた。
「それに、初めてにしてはアリシアちゃん凄いよ。腕とかめっちゃ細いのに、どこから力が出てるのかなぁ。ここかぁ?」
「あはは、ちょ、ちょっとやめてくださいよ!」
腕や脇や腹を触られて、アリシアはくすぐったくて笑ってしまう。
ひとしきり弄られたところで、彼女は「それにしても」と問い掛けてきた。
「でもさ、どうしてわざわざこの神輿に参加したの? 私たちは部活とかで殆ど強制参加だったけどさ、アリシアちゃんは別になにもないでしょ?」
その問いかけに、アリシアは一瞬だけ口を閉じた。そして、思いを馳せるように答えた。
「私の成長を、見て欲しい人がいるからです」
それが、アリシアがこの神輿担ぎに参加した理由だった。
アリシアは、少しでもソウタに恩返しがしたかった。その一つが、今までアリシアを傍で見守ってくれたソウタに、自分の成長を見せることだった。
「へぇ、それって、颯太さんのこと?」
「はい……えっ、なんで分かったんですか⁉」
口には出していないはずなのに何故か気付かれて、アリシアは驚愕した。
「だって、二人はこの町の有名人だからね」
「私たちがですか?」
思わぬ情報に戸惑うアリシアに、女の子は「そ」と頷いて、
「潮風町の若いおしどり夫婦」
「夫婦⁉ 私とソウタさんは結婚してませんよ⁉」
「傍からはそう見えるってこと。実際、さっきも熱烈な応援受けてたじゃない」
「あ、あれは……私もびっくりしましたけど……」
にやにやと笑う彼女に、アリシアは頬が朱くなって俯いてしまう。照れているアリシアの顔を頂戴した後、彼女は「ごちそうさまでーす」と継いで、
「ま、この町で颯太さんは超有名人だからね。こんな田舎から全国優勝者! そんな人にカノジョができた、ってだけでも田舎じゃ噂が広がるもんですよ。……それにイケメンだし」
「か、カノジョでもないです!」
真っ赤な顔で反論するアリシアに、女の子はまぁまぁと手を扇いで、
「とにかく、二人の仲はこの町の皆が知ってるってこと」
「うぅ。嬉しいような、恥ずかしいような、複雑です」
「うわぁ。なんかそういうの羨ましいな。私もカレシ欲しくなる」
照れるアリシアに、彼女は恋する乙女の顔になっていた。けれどそんな顔はすぐに払拭して、彼女は再び凛とした表情を作る。
「よし、アリシアちゃん。その成長を颯太さんに見せられるように、また頑張るよ!」
「は、はい!」
力強く言い切る彼女に、アリシアは気合を入れなおして拳を握る。
そうだ。まずは目の前に集中。自分の成長を、ソウタに見届けてもらうのだ。
その前に、
「あの、まだお名前聞いてませんでしたよね」
「ん? そっか。言ってなかったっけ」
腕を捲る彼女は、バッと親指を自分の顔に付き指して、高らかに名乗った。
「私の名前は凛堂道火! ――これからよろしくね、アリシアちゃん」
「! はい。よろしくお願いします! ミチカさん!」
「道火、でいいよ」
「はい。――ミチカちゃん」
地獄の坂まで残り三十メートル。
そんな時に、アリシアに新しく友達ができたのだった。
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【 side颯太 】
そして、アリシアたちはこの神輿の最大の難所――地獄の坂登りに突入した。
「いくぞ、男子! 女子に良いところ見せろよー‼」
「「「うおっしゃあ―――ッ‼」」」
男子らは一層熱が籠り、熱の入った雄叫びを上げる。
そんな男子らの隙間に神輿を担いでいる女子たち。その中には白銀の天使もいる。
「頑張れ、アリシア!」
「声、段々出るようになったじゃない」
「今はそういうのいいから、みつ姉もアリシア応援してよ」
「もう、わかってますよ。頑張れー、アーちゃん!」
運ばれる神輿を追いながら、二人はアリシアに声援が届くよう大声で叫び続けた。
アリシアは坂の入り口から神輿を担いでいる。どうやら、先の交替はこの為だったようだ。
それまで緩やかな斜面が続いていた道のりは、坂の入り口とともに一気に斜度を上げる。それまでは順調に進んでいた神輿も、この坂に入ってから徐々にペースが落ち始めた。
「アーちゃん。苦しそうね」
「最初だから、て言っても、アリシアにはキツイはずだよ。本来なら体力自慢な連中が参加する場所だからね」
アリシアの体力は颯太からみても女子の平均だ。いや、それより下かもしれない。力も、あの華奢な腕をみれば力強くはないのは明白だろう。それでも懸命に食らいつくアリシアの姿に、颯太は胸の奥が熱くなる。
坂の入り口から五十メートルほど神輿が進んだ。残りは百メートル。さらに斜度が上がっていく。そして依然、ペースは下がっていく。
『気合入れろぉ、男子ぃ』『無理ぃ』『し、死ぬぅ』『こんな地獄、部活でも味わったことねぇよぉ』と現在担いでいる男子たちが嘆き始めていた。その気持ちだけは、経験者の颯太も理解できた。
「また変わったわね」
「うん。アリシアも下がった」
再び、アリシアは持ち場を離れた。遠目からでも分かるアリシアの苦しそうな表情に、颯太は拳を握り締めることしかできない。
それでも、今のアリシアは一人ではないようだ。何人かの女の子たちがアリシアの傍に集まって、水分補給や汗を拭くのを手伝っていた。どうやら、ここでもアリシアは友達を作ったらしい。
「ふは。アリシアらしいや」
思わず、笑みが零れた。
そして、周囲の目にはいよいよ社が見えてきた。
残りはおよそ三十メートル。
この坂の為に体力を残しておいたであろう交替した子たちも、さすがに体力の限界がやってきたらしい。神輿が今にも転がり落ちそうなほど傾いている。
ここからは参加者の総力戦だ。残り僅かな体力を束ねて、この坂を上り切らねばならない。
掛け声も、もはやまともに聞こえなくなっていた。
「完走、できるかしら」
そんな風に呟いたみつ姉の声音は不安を孕んでいて、颯太もこの様子を見て一瞬同じ思念が脳裏に過った。
けれどそれは、本当に一瞬だ。完走できるか、そんな不安はすぐに消える。
「みつ姉、そんなの杞憂だよ」
「え?」
言い切る颯太に、みつ姉は呆気にとられたように目を瞬かせた。
この神輿は必ず社まで届く。そう言い切れるのは自信が確かに颯太にはあった。
だってこの中には、颯太を救ってくれた天使がいるのだから。
「皆さん、最後のもうひと頑張り、行きますよ‼」
小さな天使が、不安など軽く消し飛ばしてしまうくらいの大きな声で叫んだ。
その顔に不安はない。むしろ、この苦境を心底楽しんでいるように見えた。
そして、アリシアの元気な掛け声は、周囲を瞬く間に賦活させた。
『よっしゃぁぁ! 全員、行くぞォォォォォ――――――――ッ!』
『ウォォォォォォォ‼』
振り絞った声は、これまでで一番大きく聞こえた。
社まで、残り十五メートル。
人の目など気にせず、颯太は力強く叫んだ。
「頑張れッ! アリシア!」
その声が届いたのかはわからない。けれど、真っ直ぐに前を見据えるアリシアは、確かに笑って――
「ハイッ! 頑張りますッ!」
残り、十メートル。
掛け声はまだ、力強いまま。
残り、五メートル。
全員の足が、力強くその境界線を踏み越えていく。
そして、0メートル。
歓声が空高く、天高く響いた。
アリシアたちは見事、神輿を社まで届け切った。
皆、その場で立ち尽くしたり、尻もちを着いていた。互いに健闘をたたえ合っている子たちや泣き出す子もいた。
保護者たちも彼らの活躍を労っていて、この感動の時をカメラに収める人もいる。
「ほんと、皆よく頑張ったわね。ね、ソ……あれ、ソウちゃん?」
気づけば、颯太は駆けだしていた。誰より速く、何者よりも速く、一番に彼女に伝えたい言葉が、颯太の足を動かしていた。
颯太の向かう先は、当然――
「あ、ソウタさん。どうですか、私やり切りましたよ――」
アリシアの姿を捉えた時、颯太は言葉より先に行動に出ていた。
白銀の髪が舞う時、颯太は目の前の少女を力強く抱きしめた。
「そ、ソウタさん⁉」
「よく、頑張った、アリシア。キミは凄いよ」
抱きしめられるアリシアは状況を理解できておらず、顔を真っ赤にして手をばたばた振った。
「あ、あのあの! 今私、汗でびしょびしょですから、離れてください!」
「そんなの気にしないから」
「私が気にするんです! それに、ホラ! 周囲の目もありますし」
「どうだっていいよ」
「私がよくないんです⁉」
女子たちの歓喜の悲鳴。男子の羨望の叫び。周囲のどよめき。その全部が聞こえている。それを分かって尚、颯太は自分がしたい行動をしていた。
強く抱きしめられるアリシアは、最初は抵抗していた。けれど、それも無駄だと理解したのだろうか、やがて観念したように抵抗をやめた。そして、颯太の胸に顔をうずめた。
「本当に、お疲れ様」
「はい。私、頑張りましたよ。ちゃんと、見ててくれましたか?」
「あぁ。しっかり見てたよ」
「途中、苦しかったですけど、最後にソウタさんの声が聞こえました。頑張れって。だから私、最後まで頑張れたんです」
「そっか。キミの力になれたなら良かった」
「凄く、勇気貰えました。ありがとうございます」
「はは。どういたしまして」
ゆっくりと、颯太はアリシアの体を離していく。そして二人、ようやく顔を見合わせた。
「やっぱり、ここでやるのはやめとくべきだったかな」
「今言いますか、それ」
周りの人達は颯太とアリシアに釘付けだ。神主も箒を落として見ていて、颯太はやっと自分の取った行動に羞恥心が追い付いてきた。
「ぷっ」
「ふふ」
大胆な行動をした自分が可笑しくなって、つい笑ってしまった。アリシアも、釣られて頬を膨らませた。
「本当に、アリシアと居ると調子狂うよ」
「もう、それ褒めてるんですか」
「褒めてはないかな」
「酷い⁉ そこは褒めてくださいよ~⁉」
二人、笑い合った。他愛無い会話に、心の底から。
――こうして、ウミワタリ一日目。アリシアの神輿担ぎは無事に終了した。
―― Fin ――
リア充爆発しろ――――――――――――!!
作者の嫉妬はさて置き、天罰のメソッド、今話いかがだったでしょうか。
アリシアが神輿に出たがっていた理由は颯太に成長した姿を見せたいから、ということでしたが、もうね。ちゃんと颯太は見届けてましたよ。作者も見とどけたし、皆見届けたね!
ここでて出てきた新キャラ、凛堂道火ちゃん。当初は登場どころか存在しらしなかったキャラクターでした。アリシアが神輿の最中に休憩しているシーン。あそこの会話は初め、地元の女子中学生たちの会話だったんですよね。ただそれだと味気ないなと思って、一人キャラクターを混ぜた方が盛り上がると感じてミチカちゃんを登場させました。そしたら書いたら以外と好感触でした!
アリシアと外見的に近い友達ということで、これから登場頻度多くてもいいかなーと思ってます。
そして! 颯太がアリシアを抱きしめるシーン! なんですかあれ⁉ 颯太くんイケメン過ぎやしませんか⁉ 作者男だけど胸キュンだよこん畜生!
アリシアの大活躍と颯太の盛り上げのおかげで、ウミワタリ一日目は無事終了しました。厳密にはまだ夜の男の部が残ってます。
残る二日! このまま無事、ウミワタリを終えることができるのか、こうご期待です!
それではまた次回!
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