第20話 『 スターティングベール 』
登場人物紹介~
宮地颯太 (みやじそうた) 今回はちゃんとやります。黒髪! 黒瞳! 不登校児! …あれ?
アリシア ついに恋心を自覚したヒロイン。ポケモンで言えば今はレベル16くらいかな?
優良三津奈 (ゆらみつな) 颯太とアリシアの頼れる幼馴染。そんな人が見せる弱さってときめく
よね……。
三崎朋絵 (みさきともえ) 告白以降はアリシアとめちゃくちゃ仲良くなった普通少女。
と自分では思っているが実は男子にめちゃくちゃ人気。俺も混ぜろ!
【 side アリシア 】
―― 4 ――
――みつ姉から託された想い。それに応えるために、アリシアはひとまず自覚した恋心を閉まっておくことにした。
改めて自分の気持ちを整理しておきたい。そんな思惑もあった。終らせなきゃいけない宿題は山ずみで、けれど、いま一番に解決すべきは、やはり『ソウタを救う』ことだ。
「ソウタさん、ずっと一人で抱え込んでたんだ」
とある坂道を上りながら、アリシアは神妙な顔つきで耽っていた。
みつ姉から明かされたソウタの過去は、アリシアの想像を絶していた。
全ての過去を聞くのはソウタ自身の口からだと思い、アリシアはみつ姉から断片的な過去だけ聞いた。その過去が、アリシアの想像の何倍も重く、壮絶なものだった。
前々から、疑問に思っていたことが一つあった。どうしてソウタは、家族で暮らすような大きさの家に一人で住んでいるのか、と。
そして、その答えはひどく単純だった。
――宮地颯太という少年は、天涯孤独だったのだ。
父や母、祖父祖母、姉弟――家族という存在が、ソウタには無かった。もっと正確にいえば、失くなったのだ。
アリシアが出会った少年は、ずっと独りぼっちだった。
「私、ソウタさんのこと好きなのに、何も知らなかったんだな」
そんな後悔の念がアリシアを襲った。事情に踏み込まなかったとはいえ、触れようとしなかったのは事実だ。
「しっかりしろ、私。ソウタさんのことを知る為に、ココに来たんでしょ」
弱気になりそうな心を叱咤して、アリシアは木洩れ日の抜ける先を見上げた。
こうやって歩いているのは、ソウタを救う方法を見つける為だ。その為には、アリシアは宮地颯太を知らなければならない。
まず、アリシアと出会う前のソウタを知らなければ、彼の過去に触れる資格がないと思うから。
「ふぅ。着いた」
長い坂道もようやく終わり、整地された歩道に立ったアリシアは額に滲んだ汗を拭った。
アリシアが辿り着いたのは、以前に一度だけ訪れた場所だった。
一際に大きな門。そこからさらに伸びる坂道の先には、楽器の音色や少年少女の掛け声が聞こえてくる。
アリシアがソウタを知るために訪れたのは――かつてソウタが通っていた高校、潮風第一高校だった。
ドクン、ドクン、と心音が大きく聞こえる気がした。
「よし、行こう!」
緊張している自分を鼓舞して、アリシアは校門を潜り抜けていく。
緩やかな坂道を登り切り、アリシアは前回の記憶を頼りに目的地にまで向かっていく。
その途中、校内では珍客なアリシアに生徒の視線が刺さった。皆、アリシアをちらっと見て、こそこそ耳打ちしている。――一瞬、あの時の記憶が蘇りかけるも、アリシアは逡巡を振り払って目的地に急いだ。
校舎を抜けてグランドに入ると、静謐な空気がガラリと変わって活気に満ちていた。
「うわぁ」
前に来た時は部活前で、見る事が出来なかった景色が広がっていた。
視界いっぱいに広がる、選手たちの練習風景。
走り込みしている選手もいれば、優雅に高い棒を飛び越える選手もいる。奥の方では金属の玉を空に投げていて、さらに奥では豪快な跳躍が見えた。
「スゴい!」
まさに多種多様な種目とその選手たちを目に焼き付けて、アリシアはそう感嘆を溢さずにはいられなかった。
視線は彼らに釘付け、意識もそうなりかけた所に、後ろから鼻歌が聞こえた。
「でっしょー。陸上のカッコよさに目をつけるなんて、さっすがアーちゃん」
アーちゃん、と聞き慣れない呼び名で呼んだのは、今日アリシアが約束した少女――トモエだった。おそらくは部活用のジャージだろう。髪型もいつものウェーブではなく後ろで一つに纏めていた。ポニーテールと呼ばれる髪型だ。この姿も可愛いなと内心で思いつつ、アリシアは目を光らせた。
「トモエさん! これがリクジョウブなんですね! カッコいいです!」
「いやぁ。そう言ってもらえるとマネージャー冥利に尽きってもんだね。不覚にもウルッときちゃった。とりあえずアーちゃん成分補充~」
「わっ、や、やめてください、トモエさん」
照れ隠しなのかよく分からないが、アリシアはトモエに頬をムニムニされた。
トモエとはあの日以降、こうやって親密な関係を築けている。笑顔を沢山見せてくれるようになったし、なによりあだ名で呼んでくれるのが何よりの証だ。
「ホントは抱きつきたいんだけどね、今汗でぐしょぐしょだし我慢」
「くんくん。……全然気になりませんよ。むし清涼感の良い匂いします」
「ちょ、急に嗅ぐのやめて。ハズいから」
匂いを嗅ぐアリシアに、トモエは顔を赤くして距離を取った。
「ほ、ほら、そんなことより、今日会いに来た理由! 例のあれ、借りに来たんでしょ」
「は、はい。……それで、どうなりましたか?」
「――――」
返事を待つアリシアは生唾を呑み込んで待った。
神妙な顔のまま黙り込むトモエに、アリシアは嫌な予感がした。
やはり無理だったか、そう落胆しかけた瞬間、
「オッケーでした!」
「本当ですか!」
満面の笑みで答えたトモエに、アリシアも安堵の息をこぼす。
「部活で録画してやつ、いくつか持っていっていいってさ。……で、その中からあたしなりにピックアップしたやつで良かったんだよね」
「は、はい。トモエさんが一番、ソウタさんの走りを見てきたと思うので、トモエさんのおススメなら間違いないです」
「でも、なんでまた颯太の走りが見たいの?」
「えーと。それは電話でも説明した通りなんですが……」
「うん。それは聞いた。颯太のことを知りたい、って。でも、もうずっと一緒に居るなら、それなりに颯太のこと知ってるはずだと思うんだけど……」
「それなりに、じゃダメなんです」
「――――」
トモエの言葉を遮り、アリシアは強く言い切る。
アリシアの真剣な顔に、トモエは暫く面食らったまま、
「アーちゃんなりに、何か考えがあるんだね」
それ以上は語らず、トモエは察した風に顎を引いた。
「じゃ、今日はこれからビデオ鑑賞会だ。ちょっと待っててね」
「あの、どちらに行かれるんですか?」
体を方向転換させたトモエに、アリシアは疑問をそのまま口にした。
するとトモエは首だけアリシアの方に向けて言った。
「ん、ちょっと竹部先生の所にね」
「はぁ……」
「じゃ、五分くらい待っててね」
ウィンクして、トモエは本当に何処かへ行ってしまった。おそらくは竹部先生という人の所へ向かったのだろう。仕方なく、アリシアは待つことにした。
トモエを待つ間、アリシアは陸上部たちの練習風景を眺めていた。
「……前は、ソウタさんもここで走ってたんだよね」
想像で、トラックを走るソウタを描いた。
想像で走るソウタはやはりカッコいい。颯爽と、風のように走っている。けれど、本当のソウタの走りをアリシアは知らない。
――本当のソウタさんはどんな風に走るんだろうか。
静かにかな。以外と豪快だったりするかもしれない。
アリシアの胸中には、ソウタのことでいっぱいだった。
「お待たせー」
「いえ、全然待ってませんよ」
膨らむ妄想に、再びトモエの声がアリシアの意識を現実に還した。
アリシアの元へ駆け足で寄るトモエ。そんな彼女の姿に、アリシアはどことなく違和感を覚えた。バックを背負って、今にも帰りそうな雰囲気だった。
「よし、それじゃ行こうか」
「? 行くって、ドコへですか?」
「決まってるでしょ。あたし家」
「でも、トモエさん、まだ部活中では?」
「だから竹部先生の所に行ったんじゃん。早退していいか聞きにいったの」
目をぱちくりさせるアリシアに、トモエはバッグを揺らしながら続けた。
「竹部先生も、なんか感付いちゃったみたいでさー。よくわからないけど、選手の記録確認するのもマネージャーの仕事だ、って言って。学校で見てもいいし、あれだったら帰って見てもいいよって言われたんだ」
「それで……」
「それで、どうせならクーラーの効いた部屋で見たいなーて思って……そんな訳で早退しちゃいました☆」
「理由が軽すぎないですか⁉」
「あたしも家に帰っていいって言われた時思わずガッツポーズしちゃったわ~」
絶句するアリシアに、トモエは悪びれもない顔で自分の頭を叩いた。
「ま、先生からの許可を貰ってるし、オールオッケーてことで! ほら、さっさと帰って家でビデオ見るよ、アーちゃん!」
そう快活に笑って白い歯を見せるトモエに、アリシアは何も言えずただ途方に暮れるのだった。
そして、我先にと進むトモエ。その後に付いて行こうとすると、突然、ピタリとトモエが止まって振り向いた。
どうしたのかと、アリシアが小首を傾げると、トモエは顔の前で手を合わせて言った。
「ごめん。家に帰ったらまず、シャワー浴びさせて?」
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「さてと……それでアーちゃんは、どのレースの颯太の走りを見たいの?」
シャワーを浴び終えたトモエは、まだ濡れた髪をタオルで乾かしながらそう訊ねた。
「全部です!」
「全部⁉ うえぇぇ、何時間もかかると思うけど」
「大丈夫だと思います。一応、ソウタさんには遅くなるかも、とだけは伝えてあるので」
「うーん。それでも颯太は心配するだろうなぁ。アーちゃんの事になると過保護になるし……しょうがない。あとで連絡しておくか」
眉間に皺を寄せてそう呟くと、トモエは氷の入ったレモンティーをぐいっと飲んだ。アリシアも釣られてレモンティーを飲めば、ほのかな甘みに頬が緩んだ。
「よしっ。それじゃ早速見ますかー」
「はい!」
机に置かれたディスク。数はざっと十枚くらい。それに加え、トモエが個人的に撮影したものもある。なるほど、これは確かに時間がかりそうだと、アリシアは気合を入れた。
「まずはこれかなー。颯太が入部して初めて出た記録会だね」
ディスクにはしっかりと日付が記載されていて、トモエは口笛を吹きながら準備していく。手伝えることがあればいいが、生憎アリシアは機械に滅法弱かった。なので、ここは静かに待つしかない。
トモエがリモコンを操作し、ニュース映像から黒い画面へ、そしてさらに映像が切り替わった。
「これが、ソウタさんですか」
「そう。陸部時代の颯太だよ」
少々画質の悪い映像に、アリシアは新鮮な瞳を、トモエは懐かしさを宿した瞳を向けた。
アリシアと出会う前のソウタ。その姿は、今よりも明らかに勇ましかった。
髪は短く、背も一回り低い気がした。それに、周囲と比べて体のラインが細い気がする。
「ソウタはね、昔から筋肉が付きにくい体質だったんだ。その代わり、筋肉のしなやかさと足のバネは凄かった」
アリシアが疑問に思っていたことを見透かしたように、トモエは画面に視線を集中しながら説明した。
「つまり?」
説明を受けても分からず、アリシアは小首を傾げる。そんなアリシアに、トモエはにんまりと笑って、
「ま、見てれば分かるよ」
「分かりました。では、始まるまでじっと待ちます」
どうやらトモエは、走るソウタを見て欲しいらしい。その意図に気付き、アリシアはこくこくと力強く頷いた。
「……それにしても、皆さん薄着ですね。寒そうです」
「あはは! やっぱ見慣れない人が見るとそう言うよね!」
何気ない感想に、トモエはお腹を抱えて笑い出した。そして、トモエは目尻の涙を拭いながら、
「まぁ、冬は尋常じゃないくらい寒いかなー。走ってればそのうち熱くはなるけどね」
「では、もっと厚着にすればいいのでは?」
アリシアの純粋な疑問に、トモエは「そう言う訳にはいかないんだよね」と返した。
「陸上はね。時間と距離を競う戦いなんだよ。相手よりも一秒でも速く、一センチでも遠くへ――風っていう障害を失くすために、陸上のユニフォームは洗練された形になってるんだ」
「……風との戦い」
真剣に語るトモエの言葉を呑み込んで、アリシアはそう呟いた。
「ほら、そろそろ颯太、走るよ。もう分かってると思うけど、ソウタ、右から三番目のレーンだからね」
「はい。ちゃんとあれがソウタさんだって分かってます」
「流石だねぇ」
アリシアも自然と佇まいを直していると、隣から感嘆のような、呆れた風な吐息が聞こえた。
「アーちゃん。よく、颯太の走りを見ててね。凄いんだから」
「はい」
トモエに言われた通り、アリシアはソウタに視線を集中させる。
今はレース直前なのだろうか。選手の皆、その場で軽く跳ねたり、数メートル走っていた。
その中で、ソウタは立ったまま、微動だにしなかった。
「あぁ、それね……」
「集中してるんだ」
トモエが言いかけるよりも速く、アリシアはソウタが何をしているのか理解できた。
「一発でよく分かったね」
ほえぇ、と驚嘆するトモエが続けた。
「それね、颯太が走る前にやる儀式なんだよ。前に聞いた何やってんの、聞いたら、速く走る自分をイメージしてるんだってさ」
「今でも、時々していますよ」
「え?」
どうしてソウタが集中しているのか分かったのか。それは、見覚えがあったからだ。
アリシアはトモエに振り向く。
「ソウタさん。時々、縁側で一人でこの儀式、やってます」
「そっか。……そうなんだ」
その声音がどこか嬉しそうだったのは、たぶん勘違いではない。
何をしているのかと聞いてもいつも曖昧に返された。アリシアも特に深い意味はないんだろうと思っていたが、まさか、レース前に行っていた儀式だったとは。
やはりまだ、ソウタは走ることに未練があるのかもしれない――そう考え込んでいると、画面から『オンエアマーク』と掛け声がした。
「さ、始まるよ」
それまで観客の喧噪やざわめいた空気が、先の掛け声で一斉に静粛なる。選手たちは一斉にスターティングブロックに足を置いていき、姿勢を落としていく。さらなる静寂の数秒後、パンッ! と銃声が響いた。
それを合図にして、選手たちは一斉に走り出した。
「――風みたい」
無意識に漏れた言葉。それはアリシアが、ソウタの走りを見て感じたものだった。
スタート直後から、ソウタは他の選手よりも前に出ていた。反則ではなく、純粋な脚力のみで、前にせり出したのだ。数十メートルを過ぎ、ソウタと他の選手の距離はすでに体一つ分差が開いていた。もはや、独走状態に近い。にも関わらず、速度はまだ上がっていく。
走っているというより、飛んでいるみたいだった。
「相変わらず、容赦ないよなー」
隣ではトモエが苦笑していた。
ソウタの足はぐんぐん加速して、他を圧倒していく。結果は当然、一着だった。
試合がそこで終わり、映像も数分後にぶつりと途切れる。そして、次のソウタのレースが写し出された。
「颯太の足は、陸上選手が欲しがっている足そのものなんだよね」
「さっき仰っていた、筋肉のしなやかさとバネ、ですか」
「うん。筋肉がしなやかだと、瞬発的な動きができるし、足のバネは地面を蹴る動作を反発力を作る。これって全部、速く走る為に必要な力なんだよね」
「ソウタさんは、恵まれた才能をお持ちだったんですね」
アリシアの言葉に、トモエはゆるゆると首を振った。
「それもあるけど、やっぱ努力したんだと思うよ。あたしが颯太みたいな足を持ってたとしても、あんな風には走れないもん」
「私も、あんな風には走れませんね」
トモエの言葉に、アリシアも短く同調した。
あの走りは、長い年月をかけてようやく至れる境地だ。ソウタの年齢を鑑みれば、それこそ十六年の人生の大半を尽くしてこそのものだろう。
いったいどれほどの練習を積めば、ソウタのように走れるだろうか。きっと、何年かけても彼のように風になることは無理だろう。そう感じるのはやはり、悔しそうに奥歯を噛むトモエを見たからだ。
だって、アリシアよりも長く、トモエはソウタを見てきたのだから。
映像は淡々と流れていく。
トモエは、憧憬に浸るように語り出した。
「颯太はね、中学の頃に百メートル走の選手として全国で優勝したんだ」
「全国で優勝ですか⁉」
驚愕の事実にアリシアは目を剥いた。トモエは「驚き過ぎ」と苦笑うが、全国優勝した人物がすぐ傍にいることに驚かないほうが無理だった。
「ソウタさん、只ならぬ人だとは思いましたが、まさかそんな凄い人だったとは」
「そうだね、颯太は凄い人だった。身近なあたしらから見ても……」
「トモエさん?」
トモエの表情に違和感を覚えた。
「高校に入ってから、颯太はまた強くなったんだ。一年生でインターハイに出場するくらい、颯太は速くなった」
二つ目のレースが始まった。結果は、またソウタが一着だった。
「地元でも、颯太は雑誌に載るくらい有名になった。本人は望んでなかったけど、周りはどんどん颯太を持ち上げていった。地元のスーパースターだって」
「――――」
「学校の皆も、地元の皆も、皆、颯太に期待した。お前ならまた全国優勝できるって」
語っていたトモエが突然ゆっくりと立つと、テレビの画面を止めた。そして、机に置かれたディスク、ではなくカメラを手に取り、テレビにコードを繋いだ。
「……これは、あたしが勝手に撮影したものだから、誰にも内緒ね。何回も消そうとしたけど、結局消せなかったあの日の動画」
「あの日?」
真っ暗な画面は鮮明に映像を映しだした。
会場は一目で分かる広大な規模だ。そして、歓声も一際大きい。
「これって、例のインターハイというものですか?」
「そう。去年のインターハイ。陸上男子の部・百メートル。その第三レース」
アリシアの問いかけに、トモエは静かな声音で肯定した。
アリシアは息を呑んで、画面を見た。
撮影者はおそらくトモエだろう。ズームされた画面に、ソウタが映っていた。
「この日のソウタ。いつもと違ってたんだ」
「あ」
トモエの言葉に、アリシアも数秒遅れてその違いに気付いた。
このレースだけ。ソウタは周囲と同じように、その場で少し跳ねて、足場を調整したりしている。
「ソウタさん。あの儀式、やってない」
声にして、アリシアは困惑した。
そんなアリシアに、トモエは「そうなの」と肯定した。
「最初は誰も気づかなかった。私も、このレースの結末を見届けてからようやく気がついた。そういう意味で言えば、すぐに気づいたアーちゃんはやっぱりすごいよ」
映像は止まることなく、選手たちは掛け声とともに発走準備に入っていく。
そして、銃声が響く。
盛大な歓声。それとともに、選手は誰よりも速くゴールに着くべく駆け抜けた。ソウタも。
そして、それは起こった。
「――ッ」
観客のざわめきに、アリシアにも声にならない悲鳴が上がった。
ただ、愕然とするアリシアに、代わってトモエが二人の目に映る光景を言葉にする。
「このレース。颯太は途中で走るのを止めた」
映像はソウタが立ち止まったまま、その数秒後にぶつりと途切れた。録画時間はたった四分。それなのに、アリシアの胸には悲壮感が渦巻いていた。
「これを最後に颯太は調子を崩していって、そして今は部活にも、学校にも来なくなった」
「――――」
テレビ画面が立ち止まったソウタの姿を映したまま止まった。トモエは視線を落として、誰に問いかける訳でもなく呟いた。
「期待、掛けすぎちゃったのかな、あたしたち」
「違います!」
「アーちゃん」
トモエの言葉を、アリシアは力強く否定した。
「ソウタさんは、誰かの期待から目を背ける人ではありません。ソウタさんはもっと強い人です」
「何言って……」
「ソウタさんが走らなくなったのは、もっと別の原因があるんです」
「アーちゃん。もしかして、颯太が走らなくなった理由知ってるの?」
「たぶん……でもごめんなさい。これは、まだトモエさんにお答えすることはできません」
今のレースを観て、そしてみつ姉から聞いた事情を含めば、アリシアはどうしてソウタが走らなくなったのか想像ができた。だが、それはあくまでアリシアの推測でしかない。この事実を確かめるまでは、トモエにアリシアが知ったソウタの過去を明かすことはできなかった。
アリシアはただ、友達に頭を下げることしかできなかった。
「そっか。そういうことなら、あたしは信じて待つね」
「いいんですか?」
「そりゃあ、あたしも颯太を助けたい、って思わなくもないけど、でも、アーちゃんが頑張ってくれるなら、あたしは友達のことを信じて待つよ」
だから顔を上げて、とトモエはアリシアの肩を叩いた。
顔を上げたトモエの顔は、それまでの暗い表情から一掃して白い歯を見せて笑っていた。まるで、雨上がりの空のように。
「頼むね、アーちゃん。颯太のことお願い」
アリシアを真っ直ぐに見つめるトモエの瞳に、思わず泣きそうになってしまった。
その気持ちをぐっとこらえて、そして、新たに決意を固くする。
みつ姉の願いに、トモエの期待に応えたいと。
その為に、ソウタの過去を知るのだ。
「トモエさん。改めて、ソウタさんのレース、全部見せてください」
二人の願い先に、少年が待っているから――。
―― Fin ――
最近前書きがはちゃめちゃになってる気がするな~。
あ、はちゃめちゃと言えばウマ娘ですよね! おい、サイゲさん。いつになったらキタちゃん実装するんだい? 天井用のジュエルはとっくに用意してあるというのに。
作者のウマ育成事情はさておき、天罰のメソッドいかがだったでしょうか。
物語りは遂に颯太の過去へ。タイトルの『スターティングベール』とは、陸上競技で使われる『スターティングブロック』と覆う意味の『ベール』を合わせた造語です。
陸上、特に短距離走では確実に設置されているスターティングブロック(以下スタブロ略)はいわゆる選手の発射台。足場のようなもの。テレビで調整したりするシーンが切り取られますけど、あれ、実はかなり大事なんです。自分の足にフィットしないと良い踏切が出来ないんですよね~。
ベールは言わずもがな。ニュアンスで分かりますよね(丸投げ)
颯太の陸上時代を隠す、そして暴いていく意味合いとしてこのタイトルにしました。我ながら言いタイトルでは? 自画自賛デース。
そして次回は、アリシアの裏で颯太が何をしているのか描かれます。そしてようやくあのキャラが登場!?
ではまた次回で!!
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