第172話 『 一大事じゃないですか⁉ 』
【 sideアリシア 】
―― 2 ――
「あははっ。私が来る前にそんなことがあったの」
コタツで冷えた体を温めるみつ姉に、アリシアはコタツには入らず正座している経緯を説明した。
みつ姉に散々笑われるアリシアは恥ずかしさで顔を赤くするも、ほ、と安堵の息を吐いた。
「でも、みつ姉さんが来てくれてよかったです。今日は一人だと、なんだか味気ないご飯になってしまいそうだったので」
「味気ないって、ソウちゃんと一緒に食べられないのがそんなに寂しいのかしら?」
挑発的な笑みをみつ姉は浮かべるも、アリシアはまったく気にすることなく言った。
「はい。やっぱり、ソウタさんと一緒に食べるご飯が一番美味しいです」
「そうなの……本当に遠慮がなくなってきたわねこの二人」
なぜか分からないが呆気に取られるみつ姉に眉尻を下げつつ、アリシアはコタツに置かれたおかず袋に視線を移した。
「これからお米を研ぐので、お昼ご飯はもう少し先になってしまいますがいいですか?」
「そんなの気にしなくていいのに。昨日の残りのご飯があれば、それでいいわよ」
「あるにはありますけど……流石に、お客様に冷凍ご飯を食べさせるわけにはいきませんから」
相手がみつ姉であれ、宮地家に足を運んでくれたお客様であることに変わりはない。ならば、粗末な対応はしたくないし、この家を満喫してほしかった。
そう言えば、みつ姉はコタツから出てきてアリシアの頬に自分の頬を擦りつけた。
「アーちゃんの対応はいつも嬉しいけど、それじゃあ私をまだお姉さんとして扱ってくれない気がして寂しいわ」
「そんな、私にとってみつ姉さんは大切な姉御ですよ」
「姉御は辞めて頂戴……本当に、気にしなくていいのよ? 比較対象としては雲泥の差があるけど、ソウちゃんを見習って」
「ソウタさんを、ですか……」
きょとん、と呆けるアリシアに、みつ姉は「そうよ」と前置きして、
「あの子、私がご飯食べに来ても普通に余りものとか冷凍ご飯用意するでしょ。これしかないから我慢して、って」
「は、はい」
躊躇いながら頷けば、アリシアはこれまでのソウタのみつ姉への対応を振り返る。
たしかに、ソウタのみつ姉への接し方は優しくもあるが、ぶっきらぼうというか適当だ。
それが姉に対する礼儀、というか接し方なのだろうか、と疑問符を浮かべていると、みつ姉がくすりと口許を緩ませた。
「ね。だからアーちゃんにも、もっと私への対応はフランクでいいの。ソウちゃんみたいに扱われれば困るかもしれないけど、でも、私はもっと、貴方と親密になりたいわ」
「ど、努力します」
一瞬。同性のアリシアさえも見惚れてしまう程の微笑みに、思わず胸が大きく跳ねた。間近だから余計に大人の色香というものが鼻孔を擽って、ごくりと生唾を飲み込む。
やはり、みつ姉ともっと親密になるにはもう少し時間が関わりそうだ。こんな魅力的な女性の傍にいると、頭がくらくらしてくる。こんな妖艶な人に、ソウタは動じもせず普段通り接しているのかと思うと感嘆してしまった。
そんなことを思っていると、アリシアの肯定をもらってみつ姉が歓喜の声を上げながら力強く抱きしめてきた。
「きゃー! 嬉しいわ! いっそのこと、本当に私の妹にしちゃおうかしら⁉ そうすればソウちゃんとも本当の義姉弟になれるし……私って天才⁉」
「うわっぷ! みつ姉さん、苦しいです!」
妄想を爆発させているみつ姉の暴走だけはソウタも止められないので、アリシアも必死に背中を届くがもはや声は届いていない。一度興奮のスイッチが入ってしまえば、それを止められるのは恋人である晴彦くらいであり、あとは時間経過に身を委ねるしかない。
「もう本当に私の人生最高よ! 可愛い弟と妹に恵まれて――カレシは少し意気地なしだけど――今年も一年、私は幸せ者でした!」
「そ、そう言ってもらえると私としては非常に嬉しいことですが……でももう少し力を緩めてくれると……うがっ」
幸せ絶頂なみつ姉がさらにアリシアを強く抱きしめて、まるで蛇に絡み掴まれているように体の自由が利かない。背中を叩く手もいつかは止まってしまって、アリシアは諦観して抱きつかれるがままになってしまった。
「まぁ……みつ姉さんが満足ならそれでいいですかね……うがっ」
死んだ目をしながらぽつりと呟いて、アリシアはひたすら解放されるまで待ったのだった。
******
それから10分後。ようやくみつ姉の興奮も収まって、解放されたアリシアはコタツに足を入れていた。
抵抗はあったがみつ姉に入れと押し切られ、渋々コタツに入ってはいるが油断したらまたこの温もりから抜け出せなくなりそうだった。
「それで、アーちゃん。もうすぐ今年も終わる訳だけど、ここでの生活はどう?」
どうやらみつ姉が宮地家に訪問した理由は様子を確かめにきたようで、アリシアは満足げに頷いた。
「不満はありませんよ。毎日が楽しいですし……ソウタさんと一緒に居られないのは寂しいですけど、でも、私にはみつ姉さんや町の皆さんが居てくれますから、本当に、私は恵まれています」
幸せに浸るように金色の双眸を細めれば、みつ姉は安堵に胸を撫で下ろした。
「そう。それなら良かったわ。ま、アーちゃんが不満がないことは顔見れば分かるわね」
「どんな顔してますかね、私」
「ソウちゃん大好き! って顔してるわよ」
「えへへ」
「……これは重症ねぇ」
まんまと胸中と頭の中を言い当てられて頬を緩ませていると、みつ姉はやれやれと眉間に手を当てた。自覚がないアリシアははて、と小首を傾げるばかりだ。
「二人が幸せなのはいいけど、羽目を外し過ぎないようにね」
「はぁ……私もソウタさんも、節度は保っていますよ?」
と言えばみつ姉の垂れ眉がさらに下がった。
「……うん。たぶん、私の危惧とアーちゃんの思ってることが違うのは理解したわ。ソウちゃん、まだこの子に何も教えてないのね。……もしかして、私が教えないといけない?」
はぁ、と大仰にため息を吐くみつ姉に、アリシアは言葉の意味が理解できず終始困惑した。
最後の方が小声でうまく聞き取れなかったが、どうやら、みつ姉とソウタが今後、アリシアに何か教えてくれるようだ。わくわく、と今から楽しみだった。
アリシアの思惟とは対照的に、みつ姉は何か大きな責任でも背負わされたように重い溜息を吐くと、
「二人の睦ましさを私一人で止められる気がしないわ」
「み、みつ姉さんだってハルヒコさんと凄く仲が良いじゃないですか」
謎の対抗意識を持ち出せば、みつ姉はコーヒカップに口を付けて「あのねぇ」と吐いた。
「私とハルヒコくんは、貴方たちほど仲良くないわよ。そりゃ、恋人同士だけど、同棲もしてなければ会うのはお互いの仕事が休みの日か、休日の町のイベントで主催側として参加する時くらいなのよ……それでいいってお互い納得してるけど、でも、二人ほど愛を試す試練を乗り越えたこともなければ、この先も一緒にいようって約束したこともないわ」
なんだか堪らなく恥ずかしいことを言われた気がしたが、そこを意図的に伏せてアリシアもココアを啜る。ぷはぁ、と白い吐息を溢してから、
「そうだったんですね。やはり、大人は忙しいんですね」
「そ。大人は忙しくて、恋愛する時間はあまりないのよ。私と晴彦くんは高校から交際してるから、それなりにデートとかもしたけど、もし晴彦くんと付き合ってなかったら、私は独り身だったわねぇ……弟に手を出すことなんてできないし」
何やら物凄く不穏な気配がしたが、アリシアは気のせいだとかぶりを振ってから、
「それじゃあ、みつ姉さんにとって、ハルヒコさんはかけがえのない大切な人じゃないですか」
「――――」
そう言えば、みつ姉が呆気に取られたように目をぱちぱちと瞬かせた。
「みつ姉さんはとても魅力的な女性で、きっとみつ姉さんに好意を寄せる男の人はたくさんいると思いますけど、でも、そんな中からハルヒコさんと出会えたことって凄く奇跡なだと思うんです。だって私は、ソウタさんに出会えたのが何よりの宝物でしたから」
目を伏せれば、最愛の人が優しい笑みを浮かべている。きゅ、と首に掛けられたネックレスに触れれば、彼の想いを感じられて。
自分の想いも込めてみつ姉に伝えれば、彼女はふっ、と笑った。
「子どもに恋を教えられるちゃうなんて、私もまだまだねぇ」
微笑みを浮かべながら、みつ姉はアリシアではまだ飲めないブラックコーヒーを飲む。
「私もソウタさんも、まだまだです。だからお互いに成長して、それを褒め合って、一緒に歩んでいくんです」
「本当に、ソウちゃんは素敵な女の子を捕まえたわね」
「ソウタさんが私を捕まえたのは、みつ姉さんですよ」
アリシアもみつ姉らしくキザな言い回しをすれば、意表を突かれとばかりに目を大きく見開いた。それから、口角を三日月に上げれば、
「ソウちゃんは、まだ男としては全然頼りないけど、でも自分の大切な人はちゃんと守る男の子よ」
「はい。よく知ってます。それとみつ姉さん。ソウタさんは全然頼りなくないですよ?」
む、と頬を膨らませて抗議すれば、みつ姉はそうね、と訂正した。
「あの子も、もう子どもじゃないわね――自分の力で、大切な人たちと一緒にちゃんと成長してる。本当に、子どもの成長って早いわねぇ」
その声音には慈愛が籠っていて、黒瞳は憧憬に浸るように優しく細くなる。
みつ姉は、ずっとソウタを見守ってきていたのだ。だから、彼の成長の喜びを嬉しく感じているのはアリシアよりも上かもしれない。いな、絶対に上だ。
それが不服だと思わないのは、みつ姉がソウタの姉であり、アリシア自身も彼女を慕っているからだろう。その姉に、ソウタと共に溺愛されている事実に、アリシアはつい笑みが零れてしまう。
喜びに打ち震えていれば、カップに口づけるみつ姉がぽつりと呟いた。
「そんな二人の時間にお邪魔しちゃいけないわね」
みつ姉の言葉に、アリシアはそれがどういう意味か眉根を寄せた。
「そんなこと言わずに、遠慮せずに来てくれていいんですよ? 邪魔だなんて思いません」
そう言えば、みつ姉はぱちと瞬きする。それから「あぁ」と納得したように吐息すると、
「別に、もう来ないって意味じゃないのよ」
「それなら良かったです」
安堵もつかの間、アリシアはさらに困惑した。
「それなら、お邪魔しちゃいけない、というのはどういう意味なんですか?」
「…………」
聞き返せば、みつ姉は驚愕したように口を開けた。開いた口がしばらく塞がれず、数秒。ようやく意識が返ったように顔を振れば、みつ姉は頬を引き攣らせた。
「まさか、アーちゃん。知らないの?」
「? 何がですか?」
知らないと返事すれば、みつ姉は大仰にため息をついて眉間に手を押し当てた。
「あの子は本当に、バカなんだから」
そう呆れたように呟いて、みつ姉は手に持ったコーヒーカップを置いた。
それから、みつ姉は姿勢を正してアリシアに問いかけた。
「今週末。アーちゃん、何があるか知ってる?」
今週末とはつまり、12月25日だ。それならソウタに教えられている。
「クリスマスですよね。一年間、良い子にしてる子にはサンタさんがプレゼントをくれるってソウタさんが言ってました!」
子どものはしゃいで手を上げれば、みつ姉は微笑みを浮かべるも難しい顔をしていた。
「……なんでそれは教えて自分のことは言わないのっ」
「あの、みつ姉さん? 先程からどうしてそんな顔を顰めているんですか」
「私の弟が愚弟だからよ……」
みつ姉は、はぁぁぁ、とこれまでで一番盛大な溜息を吐いて肩を落とした。
「あのね、アリシアちゃん」
愛称ではなく名前を呼ばれた時は必ず大事な話がある合図なので、アリシアは咄嗟に居住まいを正した。
僅かに頬を硬くしていると、そんなアリシアにみつ姉が申し訳なさそうに言った。
「12月25日。つまりクリスマスね。その日は――ソウちゃんの誕生日なのよ」
「――ほぇ?」
一瞬。何を言われたのか理解できずにきょとんとすれば。みつ姉の言葉の衝撃が数秒後に訪れる。
バン、とコタツが揺れる程に大きく叩けば、アリシアは金色の瞳を大きく見開いて、叫んだ。
「一大事じゃないですかぁぁぁ――――――――――ッ⁉」
その叫び声は、敷地を越えて数軒先の家まで届いたとか届かなかったとか。
―― Fin ――
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