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実質的な終結点

「やっぱり」


 エスピラは大きくため息を吐いた。


「対外的には私と仲が悪く、サジェッツァと仲が良い君は積極的に攻勢を仕掛けたい者たちからも味方に引き入れたい者だからな。今のところ、唯一の勝利を挙げている指揮官でもある。その上、年齢制限で軍事命令権をまだ持てない」


「これ以上ない旗印ですね。最悪なことに」


「現に、グエッラが君の弁護演説を繰り広げていた。誰にも頼まれていないが、君の功績を褒めたたえ、兄上の功績を貶めてね。ルフス一門にはセルクラウスとして抗議をさせてもらったが、どうなることやら」


 グエッラ・ルフスは執政官候補にも名が上がる金持ちの平民だ。祖父から息子に至るまで護民官を経験している。エスピラより二十歳近く年上の男だ。


「問題をセルクラウスの内紛まで落とせれば、タヴォラド様にとってもアレッシアにとっても良い落としどころになりそうですね」

「メルアか。妹が訴訟を起こすとは思えないが」


「事の発端を叩くとして、メルアに欲情した兄を裁いてもらう、と言う名目でトリアンフ様を逆に訴えましょうか。セルクラウスの名は大分落ちますが」


「兄上の真の目的を君からメルアを奪うことにすり替える、と言うことか。確かに、今のアレッシアの状況で、元老院が持ち上げた君を攻撃する選択をする者が影響力を持ち続けるのはよろしくないな。妄執に囚われたままならば、兄上には申し訳ないがアレッシアとセルクラウスのために退場していただこう」


 退場がどこまでを指し示すのか。

 タヴォラド様ならば最後までもありかねない、と思いつつエスピラは出されていた極薄のワインを飲み切った。


「穏やかじゃないですね」


「兄上に暴れられては、兄上が今より力を増す結果を掴み取ったとしてもセルクラウス全体としては弱まるのは分かり切っていることだ。現にセルクラウスの問題に他の家門が首を突っ込んできている。父上が死んだ直後の今しか兄上が再びセルクラウスの者として栄光を掴む機会が無いとしても、容認できることでは無い」


 タヴォラドが顔を上げた。目は扉の方を向いている。

 エスピラも扉の外に意識を向ければ、足音が近づいてきているような気がした。


「アレッシアのこともセルクラウスのことも考えていない兄上のことを構っている余裕があるとは君も思っていないだろう? ただでさえ父上の残した広大な土地と莫大な財の適切な相続で忙しいのだ。今は国難でもある。子供の駄々に構っている暇は無い」


 タヴォラドが言い終わらない内に「旦那様」とセルクラウスの家内奴隷が声を掛けてきた。


 タヴォラドが手から書類を放し、「なんだ」と返す。


「エスピラ様の元に行った被庇護者たちが家の前に集まっております」

「そうか」


 タヴォラドの表情に変化はない。

 家内奴隷が少々慌てた汗をかいているが、タヴォラドは能面である。鋭利さも無く、焦りも無い。


「問題ないと私が伝えてきましょうか」


 エスピラとタヴォラドの仲が悪いと思い、仲を取りなすため、あるいはエスピラの不利益にならないようにとやってきたのならば自分が出るべきだろう。そう、エスピラは思い立ち上がった。


「その必要は無いだろう。彼らの人となりは、まだ私の方が知っているつもりだ。まあ、君も一緒に来てもらった方が良いとは思うがね」


 エスピラに断る理由が無い。

 書斎の外に出たタヴォラドについて行くのみである。


 黄金細工や絵画、天井画に壁画に床にも彩り鮮やかに描かれている贅を尽くした家を歩き、玄関へ。贅は尽くしているが時が時だからか、ずらりと並んでいる家財道具はただ置かれているだけに見えた。手入れはするが、特別飾り立てることは無いと言わんばかりである。


 そして、家の中と対を為すようにセルクラウス邸に集まっていた被庇護者たちは立派に整っていた。


 脛当てを着け、幅の広い首飾りを巻いている。服装は白地に赤で統一され、鎧こそ着ていないが軍団のようにも見える装いだ。もちろん、帯剣はしていない。短剣が腰に差さっていて、ファスケスを集団の両端に立つ六人が持っているのみ。


 その集団が、エスピラとタヴォラドが外に出るとすぐに膝を着いて頭を下げた。


「急に押しかけ、申し訳ありません」


 二十三人の集団を代表して、ステッラが声を上げた。

 それにより、周囲で立ち止まる人が増えていく。建物から出てくる人もいる。


「どうした」


 タヴォラドが静かに、されど野次馬の耳にも染み込むように言う。



「私、ステッラ・フィッサウスを始めとする昨年タイリー様に従ってカルド島に行った者たちは、タイリー様からの命令の御変更があるまではエスピラ様の命をタイリー様の命と思うようにと申しつけられました。そして、遺言にもその申しつけを撤回する旨は書かれておりません。この命は未だに生きているものと解釈しております。


 また、タイリー様の命令は全軍の前で発表されました。即ち、昨年軍団に参加した百人隊長及び副隊長はエスピラ様をタイリー様のように支える義務があると思っております。現に、レコリウスは伝令の後もエスピラ様の指示に従って行動を続けておりました。

 この解釈に間違いはありますか?」


「正しい認識だ」


 タヴォラドが静かな声で返した。


「ならば、一つ許可を頂きたいのです。これからは私たちはタイリー様の遺言に従い、エスピラ様を支える者になることを認めて頂きたいのです」


 ステッラがそう宣言する頃には、人だかりはとても大きくなっていた。


 正確には、気配が非常に多くなっていたのである。通りかかった人が、あるいは情報を集めている者が見逃すまいとしてきたのだろう。


「父上の遺言に従う者を罰することなどあり得ない。これまでの歴史から見ても、被庇護者が庇護者の死に際して次に頼る者を選ぶことは普通のことだ。後継者以外になることもある。加えて、エスピラはメルアの夫。メルアの被庇護者になると考えれば、セルクラウスからセルクラウスの移動に過ぎない。これに異を唱えられるのは遺言か当主だけだが、若き凱旋行進の将軍につくことを私は賢い選択だと考えているとも」


「ありがたきお言葉にございます」


 今回の騒動、トリアンフの言い分はエスピラが勝手にタイリーの被庇護者を取ったことに対する異議申し立てである。ステッラたちにしてみれば、自分たちのせいでと言う思いがあったのだろう。だが、そんなことを言いだしたトリアンフの元へは戻ることは出来ず、遺言を守ることで場を収めようと考えているのではと推測できるタヴォラドの元へも行けない。


 だからこそ、この請願を以ってタヴォラドにエスピラに対する告訴の取り下げを働きかけてほしかったのだろう。


「安心して欲しい。私は、エスピラに父上のための剣闘士大会を依頼した」


 その意図は、もちろんタヴォラドにも伝わっていたらしい。

 タヴォラドの言葉に同意する形で、エスピラも口を開いた。


「タヴォラド様主催で、フィルフィア様も出資されるとのことだ。ソルプレーサ様ら他の一門にも近い方々にはこれから共同出資されるのかを聞いて回るから、開催はもう少し後になるけどな」


 もちろん、剣闘士大会の話は互いに「しなければならない」と思っていたが提案することは無く、今、初めて口にした話題である。


(本来なら、これで片が付いたはずだったのだけどな)


 各々が銘々にこの問題について演説している状況を思い返して、エスピラは心の中で重い息を吐いたのだった。


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