打ち合わせ
「あと、イフェメラ様が広場で
『止めるべき立場でありながら何もせず、むしろ分裂を煽っているルキウス・セルクラウスを凱旋式挙行者の名簿から抹消すべきである。そもそも、ディティキを落とせる状態まで持っていったのはイルアッティモ・ティバリウスを使節団長とした使節団であり、使節団でも重きをなしたのはエスピラ様。ディティキの王族を捕らえ、高官を討ち取ったのもエスピラ様の指揮した別動隊。この功績がルキウス・セルクラウスの独り占めになるのはおかしな話である』
とも演説していたな」
「何をやっているんだ」
エスピラは、思わず右手で顔を覆った。
イフェメラに戦略や戦術眼のすばらしさ、軍資金や食糧の管理は光るモノがあったのは事実である。だからこそ目を掛けたのだが。
(失敗だったか?)
この行動にはそのように思わなくもない。
「こうなれば、速攻で決めるしかないか」
鋭い眼光を隠さず、エスピラは書斎の端を睨みつけた。
「どうするつもりで?」
ソルプレーサが前かがみになる。
「トリアンフ様の訴えに味方した者全てを訴える。多かれ少なかれ傷を抱えているものだ。全貴族はカリヨの婚姻を決めるときに調べた。後で新貴族にも手を広げた。
私の手の中にある情報で、有罪無罪こだわらないなら全員を訴えることができる。訴えて、トリアンフ様を孤立させるのだ。トリアンフ様との裁判に関われなくするのだ。
私が邪道に逸れたのなら裁判も受けよう。だが、正道を歩んでいる時にウェラテヌスに喧嘩を売ることがどういうことか、その身で知ってもらおうじゃないか」
「じゃあ、それを自分がやります」
ソルプレーサが重さを一切分かっていないような口調で言った。
エスピラの目がソルプレーサに行く。エスピラの口よりも早くソルプレーサの口が開いた。
「エスピラ・ウェラテヌスはアレッシアを二分しかねないことに苦悩している。だが、カルド島の同僚に先を越された被庇護者が庇護者のためを思って行動を起こした。ならば、エスピラ・ウェラテヌスは庇護者として動かざるを得ない。
こういう流れにした方が良いのではないですか?」
なるほど。一理ある。
ウェラテヌスの名にも傷はつかない。
「分かった。ならば、明日はコルドーニ様の妻とその一門を訴えてくれ」
コルドーニはタイリーの三男である。
長男トリアンフを支える立場を取っており、遺言の発表でも協力した。今回の件に噛んでいるかはまだ把握していないが、世間は噛んでいると思っている以上、この作戦で訴えないと言う選択はあり得ない。
「粘土板に罪が残っているから、それを裁判所に運んでくれ。ただし、一人で持てる分ごとだ。数回往復すれば話題にもなるだろう。私の耳にだって入ってもおかしくない。
そこで私が言うわけだ。
『このままゆっくりとアレッシアを割りかねないのなら、せめて短い時間で終わらせるべきか』。そして、裁判官に聞く。『明日、私が訴える者の罪を連ねた粘土板を馬車でもってきても良いか?』とね。
『発端はトリアンフ様。ならば、トリアンフ様に協力した者全てを訴える、と。疑わしい者もこれからトリアンフ様に協力する者も全て訴える』『だが、裁判が機能停止になるのは頂けない。粘土板を作成し、持っていく間までにトリアンフ様が訴えを下げ、タイリー様の遺言に従うと言うのならこの訴状は全て取り下げよう』とも言っておくさ」
「下げますかね」
ソルプレーサが疑問を投げてくる。
「下げないのなら守れない。誰と誰が愛人関係だとかも露見するさ。仲間だと思っていた者が実は自分の妻と寝ていたと知れば、関係も崩れるだろ? 後は、神殿からの証言でトリアンフ様を追い詰めよう。ルキウス様も、表舞台から退場していただくか」
あるいは人生から、と思ったが、流石にルキウス・セルクラウスはアレッシアにとって有益な人物である。暗殺するのは避けるべきだと、エスピラは結論を翻した。
「イフェメラの演説は、ティミド様の暴言にも至ったか?」
「ええ。広場に居た者の多くが平民でしたから。平民と新貴族への罵倒はイフェメラと聴衆の距離を縮めるのに役立つでしょうし」
エスピラは「完璧だ」と心の中で呟いた。
「グライオに私からの指示とは分からないように私がティミド様を庇っていたことを宣伝させることは可能か? 恩を仇で返したと印象付けられるか?」
「もちろん。ですが、マルテレス様がどこかで溢すのでは?」
「だろうな。だが、別方向からもあった方が良い。特に、グライオは良い人材だ。私が敵視している一門でありながら私が推挙したのだからな」
これで本当に貸し借りは無しだ、とエスピラはグライオを自身の手札から消した。
以降は使えると思っていない。
「あとは、裁判を起こすと決意して見せたあとに他の義兄弟に謝罪しに回る。問題を大きくしてすまない、と。あくまでも私はタイリー様の遺言通りに事を収めるつもりだとも言って回る。多くの者を訴えつつもセルクラウスの内部の話で終わるように努めているように見せるつもりだ」
そして、言葉通り、エスピラの謝罪回りはエスピラが訴えられてから二日後に始まった。
最初はもちろん新当主タヴォラド・セルクラウス。行き先はアレッシア内にあるセルクラウス邸。
アレッシアの中でも一等地にあるこの場所は、昼間に誰かが訪ねればすぐに分かる。アレッシア中に広がる。
渦中のエスピラが、不仲とされているタヴォラドに会いに行ったと言うのは興味と憶測をたてて、一気にアレッシア中に浸透していった。
とは言っても、本人たちの結果は決まっている。エスピラの謝罪を、タヴォラドが受け入れる。そして、迷惑を掛けたとタヴォラドも謝る。これを少し回りくどくやるだけ。
後は人払いをして、仲直りを図ると言って書斎で二人きりになるだけだ。
「兄上は格下としか戦ったことが無い。父上に大事にされ、必ず功を挙げられるような部族との戦いに繰り出し、父上に相談すれば議場でも多数派に属せたからな。兄上もそれぐらいは分かっていたから父上が生きていた頃は表立っては兄弟に喧嘩を売らなかった」
タヴォラドがパピルス紙を仕分ける作業に戻りながら続ける。
「アスピデアウスの協力者を得て君の味方からアスピデアウスを外し、アグリコーラ繋がりでナレティクスを味方にする。ニベヌレスは当主メントレー様がカルド島に居るため干渉は弱い。タルキウスは内部が割れている以上は単独では状況をひっくり返すには至らない。ベロルスは反撃の機会を得たとして味方に付く。上手くいけば兄上にも勝ち目はあったよ」
「アスピデアウスは一門の者を切り捨てても良かったのですか?」
理由によっては、エスピラからサジェッツァに聞くのは憚られる内容である。だからこそ、エスピラはタヴォラドに聞いた。
「父上と共に三万近い兵が消えた。さらに二万近い兵も討ち取られた。人も財も補填が必要になっている。では、その財をどこから持ってくるか、となった時にアスピデアウスが最も役立たずと判断した身内を切り捨てた、と言うことだ」
「ウェラテヌスの後先考えない対応よりは好感が持てますね」
釈然とせず、感情的に良しとは言えないが、一門の力を保持したまま残すと言う意味では良い策だとエスピラも分かる。故に、皮肉的に吐き出してしまった。
「しかし、まだ余裕があるうちに国庫の心配をされるとはよほど長引くと考えていらっしゃるようで。タイリー様の遺言通りでは国庫に入るお金が少なくて不満ですか?」
エスピラがそう言えば、タヴォラドの手が止まった。
「父上の遺言では分け与えるとは言ったが、その後どう使えとは書かれていない。不満など無いさ。これ以上兵を無駄死にさせなければな」
うっすらと分かってはいたことだが、どうやらタヴォラドもサジェッツァの策に賛同しているらしい。
マールバラとは直接戦わない。補給を絶ち、軍資金をすり減らし、半島内に閉じ込める。
プラントゥム方面はペッレグリーノが抑え、後はオルニー島とカルド島を抑えてハフモニ自体を封じる。そこまで持っていけば後はプラントゥムに援軍を送ってプラントゥムの銀山などを全て押さえればハフモニの継戦能力は著しく低下するのだ。
プラントゥムに援軍を、と言うのはエスピラの考えでサジェッツァとすり合わせたわけでは無いが、その辺りを見据えてはいるだろう。
「ただ、消極策を採ろうとしていることを知り、反対してくる勢力もいる。彼らの狙いは君だ」
タヴォラドが再び書類に目を落としながら言った。




