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展望

「マールバラに選択権を与えて攻撃を待ち受け続ける、と言う訳では無いんだろ?」


 エスピラの言葉にサジェッツァが頷いた。



「決戦の誘いには乗らず、徹底的に封じ込めるのみだ。マールバラが連れているのは五万にもなる大軍勢。常にどこかを攻撃していなければ自ずと死に絶える軍勢だ。それにも関わらず防御態勢の整っている陣地には攻めていけない。野戦に於いてはアレッシアの戦上手を水を砂に撒くかのようにひねっているにも関わらず、陣地を攻めていない。加えて、五万を養うのが大変だとしても減らすことは出来ない。補充が見込めないからな。


『被害は少なく。勝利は完璧に』


 これが求められている。アレッシアの同盟都市の捕虜をすぐに解放しているのも食糧事情の問題だろう。あわよくば同盟都市が裏切って自分たちに物資の提供をしてくれればありがたいと思っているのか。従属的なアレッシアとの同盟からハフモニとの対等な同盟関係になろうと語りかけてもいるらしい」


「アレッシアと話し合いをする気は最初っから無い、と言うことか」


 アレッシア側としても最初から無いが。

 剣には剣で返す。それが、アレッシアの流儀だ。


「結局はアレッシア以外の街から略奪して回っているがな。言葉と行動が合っていない」


 軍を養うためには仕方が無いとしても、言葉では仲間になろうと言いつつも誘いをかけている家に土足で上がり込んで勝手に台所と寝室を使っているのだ。


 特に、アレッシアに恨みを持っている北方諸部族の者の狼藉は凄まじいと言う。おおよそ欲望を満たせそうなモノは全て奪い去るとの噂だ。個々の体格は基本的に北方諸部族の方が上。なす術なく奪われている村が多い。


 だからこそ、アレッシアの中に『積極的に攻勢に出るべき』と言う意見が多いとも言えるのだが。


「耐久戦術は上手くいくのか?」

「さあな。ひたすら会戦を挑むよりは勝算が高いと言うだけだ」

「国土を荒らされ国力を落とされてまでもやるべきだと説得できれば良いけどな」


 荒らされる場所に土地を持っている貴族や新貴族、力のある平民は必ず反対するだろう。

 正義を振りかざして暴れる者も多いかも知れない。軍団兵の命が失われることは考えずに人の命を守るためにさっさと戦えと言う声が大きくもなるだろう。


「納得させるためにもエスピラが欲しい」

「友の頼みなら断らないさ」


 サジェッツァにエスピラは即答した。


「今の執政官が二人とも大敗北を喫すれば私が独裁官ディクタトールになるだろう。軍団の数は四個。四万もの大軍勢だ。

 だが、当然政治的思惑も入り、必ずしも私の意図通りに動いてくれる集団では無いはずだ。任命権が全て制限される訳では無いだろうが、副官すら自分で選べないかも知れない。

 そこで、だ。凱旋行進を行い復活を印象づけたウェラテヌスとカルド島の英雄たちと言う名声を借りたい。シニストラ・アルグレヒト、ソルプレーサ・ラビヌリを軍団長補佐に命じ、エスピラを軍団長か軍団長補佐筆頭にするつもりだ。三人で総勢四千の重装歩兵の現場指揮を執ることになる。どうだ? 百人隊長ぐらいは同じ面子を集められそうか?」


「声はかけるが、多少顔ぶれは変わるかもな」

「想起させられればそれで良い」


「まあ頑張るよ。そのために作り上げた英雄だろ?」

「エスピラも、ウェラテヌスの帰還を印象付けることに利用しただろ?」


 利用と言えば、とサジェッツァが腰を上げながら言った。


「裁判を起こされたそうだな。利用して、トリアンフが継いだアグリコーラ周辺を奪えれば私の策もかなり楽に展開できるのだが。あの一帯は山と海に囲まれている、封じ込めるのに最適な場所の一つだ。マールバラとしても、豊かな土地とハフモニと連絡の取れる港は魅力的だろう。そうでなくとも、兵の意見が行くことに傾けば無視はできまい」


「起こさせたのか?」


 サジェッツァは能面のまま、エスピラとしっかり目を合わせてきた。


「アスピデアウスは全面的にウェラテヌスの味方だ。トリアンフ様に近づいた大叔父は近いうちに元老院議員を罷免され、一門の財は国庫に入る。戦争資金は再び潤う、と言う訳だ」


 サジェッツァの大叔父も、そう言えばアグリコーラ周辺に土地を持っていたな、とエスピラは思い返した。


 ナレティクスにアグリコーラ周辺の土地を斡旋したのも、確か彼で、彼の一門は見返りにナレティクスの破廉恥なパーティーに何度か出席した、とか。


(ナレティクスの土地も狙いか)


「私は、建国五門からの圧力でタイリー様の遺言通りで事を収めようとしたかったのだが」


 溜息として、エスピラは吐き出した。


「トリアンフ様はおいたが過ぎた。子がかわいくてもあまり甘やかしすぎるなよ。なんでも手に入ると我慢が利かなくなる。我がままになる。アレッシアを思えばタヴォラド様が勧め、トリアンフ様が遺言の開帳を執り行い、タヴォラド様の次点としてセルクラウスとアレッシアに貢献するのが良き道だったはずだ」


「乱暴だったらしいな。処女神の神殿から、愚痴を聞いたよ」

「神殿が? なんと?」


 サジェッツァの表情が少しばかり変わった。


「『エスピラ様はこちらの話を聞いてくださるのに、トリアンフ様は半ば強奪するように奪っていった』と。神罰がアスピデアウスに降り注ぐわけにはいかない、とかも罪状に加える気か?」

「ああ。少しばかり穏便にことが進みそうだ」


 サジェッツァが大真面目に口にした後、「今日詰めるべき会話は此処までだ。また、こちらの準備が整ったら来る」と言って机から離れた。


 エスピラも席を立ち、途中でサジェッツァを追い抜いて先を歩く。


 廊下に戻れば縁で父親譲りの栗毛を緑の芝生に垂らしている白い塊が居た。母親譲りの髪を白ワインを溢すかのように大きく動かしながら弟を引きはがそうとしているマシディリもいる。


 エスピラが足を止めると、サジェッツァも足を止めたのが分かった。雰囲気も、少しやわらかくなっている。


「父上!」


 攻防をしばし見ていれば、マシディリが気づいたのか手足を寄せて背中を丸くしているクイリッタから離れた。


「クイリッタ。父上とお客さまのまえだよ。クイリッタ!」

「や」


 マシディリの小声で叱りに、クイリッタが短く不貞腐れた声で答えている。


「クイリッタ!」

「や!」


「すみません、父上」


 弟が動かず、しょげるマシディリにエスピラは近づいて行った。

 そのまま、腰をかがめて頭を撫でる。


「どうかしたか?」

「クイリッタが私ばかりずるい、と。でも、私は父上がクイリッタのためのゆびわを作るとおつたえしたのです。私ばかりが父上といっしょにいられるわけではないといったのです」

「わたしはやさいをたべたくありません!」


 兄の言葉に対抗するようにクイリッタが叫んだ。


「野菜?」

「やです。にがいの、やです」


 クイリッタの言葉を聞きつつ、エスピラは困った顔で立っている乳母を見た。

 まだ若い乳母が小さく頭を下げる。


「すみません。クイリッタ様は野菜が大層お嫌いで、食べていただこうとご褒美を良く用意していたのですが……」

「今回も野菜を食べないと指輪を貰えないと思っている訳か」


 乳母が申し訳なさそうに頭を下げた。


 クイリッタは「ははうえもやさいやです」と叫んでいる。引きはがすことは出来るだろうが、クイリッタの指が傷ついてしまうだろう。それは、エスピラの望むところでは無い。


 エスピラは片掛けマントをよけ、廊下に片膝をついた。


「クイリッタ。野菜は食べなきゃ駄目だけど、指輪とは話が別だよ」

「ちちうえはどうせまたいえからいなくなります」

「クイリッタ!」


 マシディリがクイリッタに怒る。

 エスピラは表情を整えてからマシディリに、大丈夫、と手で示した。


「クイリッタ。じゃあ、すぐに指輪を頼みに出かけようか。少し退屈かも知れないけど、父と出かけてくれるなら父の元に来てくれないか?」


 クイリッタが幼い顔をエスピラに向けてくれた。目は少し赤くなっている。頬も力んでいたためか赤い。


 エスピラは優しい笑みを心掛けて頷いた。


 クイリッタが縁から離れ、とたとたとエスピラに近づいてきてくれる。そのまま、エスピラに抱き着いた。エスピラはクイリッタの膝裏に左手を回して立ち上がる。


 右手は、マシディリに伸ばして。


 マシディリは少し迷っていたようだが、エスピラがもう一度伸ばすように動かせば手を握ってきてくれた。


「エスピラが父上でなければ、見捨てられていたぞ」


 サジェッツァが優しい声で脅しながらクイリッタの頭を撫でて。

 むくれるクイリッタと謝るマシディリを連れて、エスピラはサジェッツを見送ったのだった。


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