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ウェラテヌスの帰還

 凱旋式。


 それは実力と打ち倒せる強大な敵、そして良き指揮官と良き兵に恵まれないとできないモノである。


 凱旋行進はそれに一歩劣るが、武装を解除して平民も皆絹の衣服を身に纏った軍団を出迎えたのは、凱旋式と変わらぬ人、人、人の群れであった。


 街は明るく飾られており、カルド島から帰還した軍団は報告で聞いていた敗北の雰囲気を全く感じ取れなかったのである。ただただ自分たちが歓迎されるだけ。


 それはまさに栄光のアレッシアの姿であり、戦勝国の姿だ。


(空元気か危機感の無さか、それとも言うほど危機でも無かったのか)


 思考を暗い方に割きつつも、エスピラは民衆に手を振った。


 いつもとは違う金色の刺繡を施した紫色の布を二重に身に纏い、足は紅いブーツを履いている。ただし、布を纏っているとはいえ後ろからはつかめないようにまとめてあり、被っている冠には大きな羽を着けていた。ブーツにも羽根の意匠を施している。


 これは、凱旋将軍は神を真似ることが許されることに則り、エスピラが信奉する運命の女神を想起させる特徴を服装に入れたためだ。もちろん、凱旋行軍であるために最小限に留めてはいる。


 ゆっくり行軍し、手を振り、兵は家族がいれば胸を張ったり少しだけ列から離れて家族と会話を交わしたり。


 その威容を存分に見せつけながら、行列は最終地点の元老院の議場に近づく。


(見つけた)


 エスピラは、人一人分の高さのある馬車からひらりと飛び降りた。音もなく着地し、前列で手を振っていたマシディリの元へと歩いて行く。


 主役が降りたため行軍は完全に止まり、群衆の声援も小さくなった。視線は全てエスピラと、その行き先と思われている息子へ。


「大きくなったな」


 半年ぶりに会った三歳になった息子の頭をエスピラは撫でた。


「は、はい」


 マシディリが生きてきた今日までの間で最も人目を集めているためか、エスピラがいきなり近づいてきたためか。

 緊張した様子で、マシディリが返事をする。


 エスピラは、そんな硬くなっている息子に優しく笑いかけると、二重に撒いていた布の一枚を取り、マシディリに巻いた。小さな息子はすっぽりと布にくるまれる形になる。


 愛らしい姿になった息子は目をぱちくりとしていたが、エスピラはもう一度頭をなでるだけで何も言わない。


 そのまま変わらず革手袋を履いている左手を前に出し、マシディリの前でひっくり返してから手を開いた。


 中には、指輪。

 ウェラテヌスの紋章をマシディリだけのために改造した、『マシディリ・ウェラテヌス』だけが使える印の入った指輪である。それが、神牛の尾で編まれた紐に繋がって首飾りのようになっている。


「マシディリ」


 名を呼んでから、エスピラは首飾りをマシディリに掛けた。

 いつものとは違う短剣も抜き取り、マシディリに巻きつけた布に差す。


 それ以上は何も言わず、エスピラはまたもや軽やかに馬車の上に戻っていった。


 台を使わず、軽やかな身のこなしだけで馬車に乗る。


 そして、再び軍団が動き出した。


「あれは、何の意図があったのでしょうか?」


 凱旋行進でも変わらずエスピラの警護のようなことをしているシニストラが小さな声で聞いてきた。


 エスピラは群衆に手を振りながら返す。


「ウェラテヌスの帰還、さ。ウェラテヌスの後継者はマシディリ。まだまだ幼い内にそう定めると言うことは、アレッシアのためにウェラテヌスはまた命を懸ける。全てを懸けると言う宣言にもなるだろう? 


 アレッシアのために全てを捧げた父祖と同様に、一人の後継者を残してウェラテヌスはアレッシアに全てを捧げる。高き誇りを持つ名門ウェラテヌスがアレッシアの表舞台に戻ってきた、とね。


 セルクラウスの手下ではない。タイリー様のお気に入りなだけではない。

 建国五門が一つ。名門ウェラテヌスとして。

 まあ、子供にセルクラウスとアルグレヒトの血は流れているがね」


 加えて、口さがないマシディリに対する噂を牽制する。凱旋将軍と言う最も名誉ある瞬間に口を塞げと喉元に短剣を突きつけると言う目的もあった。


 これ以降、マシディリが誰の子かに対して口にすることは、ウェラテヌスと言う家門への干渉である。建国以来の名門であり功労者に対して喧嘩を売る行為である、と睨む目的だ。


「二年は戦わないのでは?」

「戦場に出ないことだけが戦わないことでは無いさ」


 シニストラに言えば、議場が見えて行軍が止まった。


 列が割れ、エスピラの乗った馬車が中央へと進む。


 戦場に向かっていない元老院議員が居並ぶ中、エスピラは今度は台を使ってゆったりと馬車から降りた。


 悠々と中央に進み、やや遠い所で尊大な仕草で右手のひらを元老院議員の方へ向ける。


「お待たせいたしました」


 ざ、と後ろの軍隊が一斉に動いた衣擦れが一音で重なった。

 旗を持つ者は旗を掲げ、剣を持つ者は剣を握りしめているはずである。


「アレッシアの建国に寄与し、全てを捧げてきた一門。ハフモニとの戦にて勝利を手繰り寄せた名門ウェラテヌス。ただいま、アレッシアに戻って参りました」


 元老院議員側に並んでいたサジェッツァが短く笑い、タヴォラドも眼光は鋭いままであるが口角がやわらかくなった。


 いつの間にか、民衆も静かになっている。


「一兵に至るまで誇り高く力強く戦い抜く軍団をウェラテヌスに預けていただき、誠にありがとうございます。今後も皆が、ウェラテヌスが、永遠に輝く栄光をアレッシアにもたらすと我が父祖と運命の女神フォチューナ神、そして最高神に誓いましょう」


 そして、エスピラは恭しく片膝をついた。


 永世元老院議員が厳かに近づいてくる。


「ウェラテヌスの働き、此処に居並ぶ者、過程で亡くなった者の忠勤、誠に見事である。アレッシアの名に恥じず、アレッシアの繁栄に寄与し、墓石に英雄と書き込めるほどの戦果を挙げた。

 その功を評し、代表たるエスピラ・ウェラテヌスに月桂樹の冠を授ける」


 永世元老院議員の重低音に、エスピラはもう一度頭を下げた。


「ありがたき幸せ。父祖も喜びましょう」


 エスピラの頭に、月桂樹の冠が載せられた。

 次いで、高級な布で作られた紫を基調に金と紅の死臭の入ったマントがタヴォラドによって背中にかけられる。


「アレッシアに栄光を」


「永遠の繁栄を」


 最後に、ひときわ大きな歓声が軍団から、群衆から湧きあがった。


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