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望まれた人形

「望んでいない展開とは、こういう事か」


 凱旋式はアレッシア人の誰しもが憧れる栄光ある行いである。


 例えば、文化的先進圏だったエリポスに対して橋頭保を築いたルキウス、オルニー島を強奪し航路の安全を確立したメントレー、さかのぼればハフモニとの長い戦争を終わらせた時など、高い功績に対して国が贈る賛辞なのだ。


 それに参加できるだけでも英雄である。栄誉である。


 開けるかもと知れば、兵は開催を望むのだ。無視をすれば、気持ちが離れかねない。敵の近くで兵からの忠誠を失うほど恐ろしいことも無いのである。


 ある意味、脅しに近いやり方だ。


「開けば良いでは無いですか」


 何が問題なのでしょうか、と言った顔でシニストラが言ってくる。

 マルテレスも「そうだそうだ」と乗ってきた。


「私にももう開くしか選択肢は残っていないさ」


 エスピラは目を瞑って息を大きく吐き出した。


 占領地の安定にアレッシア軍は欠かせない。この忠誠が揺らげばこれまでの努力が無駄になる可能性だってある。

 逆に、凱旋式までは行かずとも凱旋行進ができるのならば兵の士気は上がり、アレッシア軍の名声も上がる。


 カルド島だけを考えれば良いことづくめだ。


(タイリー様の遺言を考えなければな)


 二年は戦うな。


 これを、守れなくなる可能性が高くなる。凱旋行進を行った将軍がなぜ戦いに行かないのかと言うことになり、凱旋行進を行った兵が軍団に入るだけで士気が上がるのになぜ家にこもっているのかという話になる。


「ティミド様の処分についても、凱旋行進を行えば重くする必要は無いからな。なるほど。随分と人質を取られたものだ」


「ティミド様?」

 マルテレスが呆けた声を上げる。


「民の不安、不満を栄光ある軍団への賛辞に目を逸らすことができるからな。英雄が欲しいんだよ。戦い続けるために。団結するために。国力を戦力に変換するために」


 それ自体は望むことだ。その役回り程度やってやろうとも思う。どういう形であれ、凱旋行進としてウェラテヌスに箔をつけられるなら万々歳だ。


 だが、この程度の功績でと言う思いはぬぐえず、タイリーのモノになるはずだった功績でタイリーの遺言を破る可能性があるのは望ましくない。


 過度な期待と馬鹿な幻想押し付けられ、それを破れば親愛なる祖国アレッシアが害を被るのだ。無駄な戦いが起こりかねないのだ。


 操り人形になどなりたい人はいない。


(私が死んだら、ウェラテヌスはまた誰かの庇護かに入るのか!)


 そして、この憤りが一番大きい。


 マシディリやクイリッタ、ユリアンナにリングアとエスピラにとって可愛い我が子に自分と同じ経験をさせたくは無いのだ。メルアが他の男と再婚するのも感情的には許しがたい怒りに駆られる。何より、連続でセルクラウスの庇護かになれば以降は抜け出せなくなってしまいかねないのだ。


 エスピラは激情を冷まし、羊皮紙に目を向けた。


「サジェッツァは、不穏分子を潰すためだとも言っているよ」


 エスピラは熱くなった息を肺から追い出すようにして羊皮紙を置いた。


「不穏分子?」

「国家に協力せず、ともすれば割りかねない行動を取ったセルクラウスの三馬鹿と評しているな。加えて、この軍団の名声を用いて実行したい作戦もあるそうだ」


「三馬鹿って、あれか。トリアンフ様とティミド様とルキウス様? ルキウス様は執政官にもなった才人だろ?」


 言うねえあいつも、とマルテレスが笑う。


「トリアンフ様、コルドーニ様、ティミド様と言う線もあるが。まあ、トリアンフ様は確定だろうな」

「サジェッツァが切れたら一番苛烈だからなあ。トリアンフ様は終わりか。結局名門セルクラウスの生まれでありながら法務官が一回だけか。ままならないねえ」


 ちなみに、タヴォラドは既に四回法務官を経験している。財務官の数ではトリアンフの方が上で、元老院議員だった年数もトリアンフの方が上ではある。


(優秀な人材であることに変わりはないが)


 タイリーの死によってか、トリアンフらの視野が大分狭くなっているとエスピラは思った。


「セルクラウスの主導権争いも必要かもしれませんが、まずは全軍に凱旋行進の挙行を正式に発表してもよろしいでしょうか?」


 ソルプレーサが聞いてくる。

 エスピラは再び羊皮紙に触れた。


「ああ。頼む」

「それから、アレッシアへの伝令には今回はなんとお伝えしましょうか」


 羊皮紙を持ち上げていた手が止まる。


「凱旋行進があるから良くないか?」

「分かりやすく子供でも親しめる言葉としてエスピラ様の言葉を楽しみにしている者も多いとか」


 本当かよ、と思ったが口には出さず。

 エスピラは右手で唇に一度触れた。


「アレッシアの威光未だ衰えず。カルド島は無人の野のようであった」

「長いな」

「やっぱり」


 子供は親しめないよな、とエスピラは思った。


「治めた。次は灯すだけ」

「短くはありますが、先の二つに比べると少し、ですね」


「まず二つ」


 エスピラが率いる軍団は、二回ともハフモニ軍の総大将を討ち取っている。

 エスピラが率いた軍団がハフモニと戦えば、その指揮官は死亡しているのだ。


「では、そのように伝えておきます」


 ソルプレーサが返事をして、部屋を出ていった。

 足音は無く、気配も無いが何となくどんどん離れて行く様はありありと思い浮かべることができる。


「大変だな。落とした街の統治を考えて、軍資金と食糧をいつも把握して、略奪をコントロールして、そして本国へ伝える言葉も考えないといけないとか」


 今日はもう仕事をしないぞとすっかり手足を投げ出しながらマルテレスが言った。


「お前もそのうちすることになるさ。それこそ、二年経てば私より高い地位にいるかもな」


 今は、地位も名声もエスピラが上だが、きっと、友の方が優れていると多くの者が気が付くのにそう時間は要らないと、エスピラは思っている。


 何も思わないわけでは無い。

 幾ら優秀で、心の許せる友で、この遠征中支えられたと言っても抜かされるのを知りながら走り続けるのは堪えるのだ。


 エスピラは、マシディリからの手紙を手に取る。


(だが、それはそれとして、だな)


 人々の期待よりも大事なモノが、今のエスピラにはある。


 周りの期待に応えるべく頑張ると言う考えも薄れ、どう我が子たちに苦労をさせずに名門としてのウェラテヌスを与えられるか、アレッシアに身を捧げるウェラテヌスの誇りを引き継がせることができるのかが重要なのだ。


「聞いてる? エスピラ」


 何やら、多分否定の言葉を並べていたマルテレスを見て、エスピラは口角を緩めた。


「悪い。凱旋行進ってことは功労者を選ばないとなと考えていてね。最大の功労者をマルテレスにしようと考えていたところだ」

「おい」


 マルテレスが大きなため息を吐くように首を傾けた。


 後ろにいるシニストラは、エスピラの言葉に納得したかのように一度顎を上にし、目をやや大きくして顎を元の位置に戻している。


「小競り合いで負けなし。一騎打ちでも勝利をおさめ、海戦でも先陣を切った。事務作業ができる者が大勢タイリー様について行った後、各国との交渉に忙しい私の手伝いとして統治策の周知を手伝ってくれた。ティミド・セルクラウス罷免後はその業務の一部も引き継いだ。慣れぬ事務作業でも失敗無し」


「そんなの、ハフモニの軍を二度も敗走させ、捕虜も大勢取った上にカルド島をモノにした功績に比べれば小さいだろ」


「一緒に民のために祀り上げられようじゃないか、友よ」

「お前! その言い方は卑怯だろ」


 折れたな、とはエスピラでなくとも分かっただろう。


 堅い布が敷かれているだけの布団をマルテレスが指でいじり、「服装はどうすれば良い?」と顔は下に、目だけはエスピラに向けながら聞いてくる。


「馬車に乗れて、月桂樹の冠を元老院から授けられた時に降りられるなら多少動きにくくても構わないさ。何なら、ウェラテヌスで用意しても良い」


 マルテレスがすぐにいつもの冗談を言い合う顔になる。


「また俺に何かさせようとしているな」


「何。そう難しい話じゃないさ。凱旋行進の後に戦利品を使って宴をしなくてはいけないからな。その準備を手伝って欲しいだけだよ。もちろん、主催は『ウェラテヌス』だから派手にせず、華美にせず。腹を膨らませ英気を養えるような食事を多くの者にいきわたるようにだけする。交渉相手と戦利品の売却先のほとんどは食品関係になるからまだ楽だろ?」


「エスピラがその笑顔でその言い方をしてきて、本当に楽だった試しがないんだが?」

 と、文句を垂れつつも、マルテレスは結局次の日もまた次の日も、エスピラの手伝いをしてくれたのだった。


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