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逆都攻城戦

 括り付けた紐を、オーラを使って合図を交わしながら切り外す。


 燃え盛る船からは敵も逃げようとするのは予測済みだ。だからこそ、燃える船を出発させた船団は二手に分かれ、逃げ惑うハフモニ船団に両面から襲い掛かる。


 そして、避けようとしても五十艘の船だ。


 それぞれが別々に動こうとすればどこかとぶつかり、漕ぎ手も焦って息が整わなくなれば自由に動けなくなる。


 ハフモニの船はただでさえアレッシアより重いのだ。

 アレッシア側は重量差を速度と破壊を司る赤いオーラで補えるため、ただただ餌食となるのみ。衝角が船の横腹に埋まっていくのみ。


 衝角は船を真っ二つに砕き、沈めていく。


 兵のつけている鎖帷子でも重さはある。重りになるのだ。海に落ちたハフモニの兵は基本助からず、軽装の漕ぎ手は船の中にいるために逃げにくい。その上夜だ。気が付かずに船や櫂がその腕や頭を叩いて海中に押しやることもある。


 燃え盛る海を見てまだ逃げられる位置にいたハフモニの船は逃げ、衝突まで時間のあった船の兵は鎧を外した。


 なぜか。


 陸地におけるアレッシアの兵は精強なのだ。その上、たいていの場合アレッシア兵は乗り込んでの戦いを得意とするために数が多い。夜の闇がアレッシアの船の数と船に乗っている兵を恐怖の数だけ増やし、ハフモニの傭兵を逃げへと転じさせたのである。


 命が無くては金は得られない。将がいなくては金が貰えない。


 将を守るためにと奮戦する船もあったが、将が逃げたとして逃げる船やどうせお金がもらえないなら命を長引かせるのみと逃げようとする船の方が多いのだ。


「さて。そろそろ退こうか」


 船乗りからの天候に関する助言を聞いてエスピラが満足げに告げる頃には決着がついていた。


 撃沈したハフモニの船は十七艘。捕縛五艘。そのほか、戦場から離脱したもののパンテレーアには戻れず、島に行く途中ではぐれたもの、風雨に当たり沈没したものなども多かった。


 対して、アレッシアの被害は三艘。兵二百四十人と漕ぎ手九百人が海に投げ出される形となり、最終的には兵九十八人と漕ぎ手四百名ほどが海へと消えてしまった。


 被害は大きい。それでも大勝だ。

 あとの戦いは簡単。ハフモニ兵はもうパンテレーアにほとんど残っていないのだから。


 死体に文字を彫り、投石機に乗せて打ち出す。読めないだろうが関係ない。その後に使者を送ればパンテレーアの親ハフモニ派の戦意は落ち、親アレッシア派は略奪を受けないことを条件に街を明け渡す算段を立てる。どっちつかずは慌ててアレッシアに連絡を取ろうとしてきたのだ。


 海戦から三日と立たずパンテレーアは落ち、アレッシア軍はハフモニが持ち込んだ物資の残りと千五百人もの捕虜を得た。パンテレーアの指導者層は処刑し、広場に吊るす。捕虜はアレッシアへ運ぶ。物資はありがたくいただき、兵へと分け与える。パンテレーアの宝はアレッシアの国庫へ。


「次は、どんな言葉を伝えるつもりで?」


 輸送船団を準備していると、ソルプレーサが楽しそうに聞いてきた。


「『あと三十四日もある』で行こうか」


 これは、エスピラの軍事命令権が切れるまでの日数である。


 もちろん、元老院には正確な報告を渡して、市民に聞かれた時に使節が答える言葉が『あと三十四日もある』、だ。元老院の議場ではこの言葉は使わない。


 船を送り出すのとほぼ同時にアレッシア軍団はアレッシア精兵の行軍で天気が良ければ一日の距離にあるスカウリーアへと三日かけて進軍した。


 パンテレーアのやや北方にあるこの港湾都市はハフモニ軍の到来もパンテレーアの物資の買いあさりも報告しなかったのである。それどころか、自身もならず者を集め小麦を買い、武器を揃えた。


 攻撃する理由としては十分だ。


「次は誰が裏切るのですかね」


 投石機の設置完了の報告の後、スーペルが呆れたように聞いてくる。


「降伏した者には比較的寛大な措置を取り続けていますから。今頃、串刺しになっていない者なら誰でも門を開ける可能性はありますよ」


 今朝新たにスカウリーアから献上されてきたならず者の死体に、エリポス語で『足りない』と刻みながらエスピラは返した。


 交渉にはグライオ・ベロルスを行かせている。

 前の戦いで、パンテレーアの攻撃後に降伏勧告に赴くという難しくもある役目をグライオは完璧にこなしたのだ。今回も、攻撃準備を整え、頭を下げてくる相手に対して『指導者層全員の』街からの退去を認めさせると言う役割を任せるのに適任であるとエスピラは思っている。


 優秀で、かつ一番失っても惜しくない人物として。


「しかし、ならず者が勝手に集まってきただけ。武力を恐れていただけ。今はアレッシア軍が近くに居るから安心して排除できただけです、なんて獅子の尻尾に噛みついた後で謝る猫ではありませんか?」


 はあ、と言うスーペルを尻目にエスピラは板を持って近くを通っていた兵を呼び止めた。


「腸を出して板に張り、文字を作ったほうが私の怒りが伝わるかな?」「材料が自分たちで処刑した者なら意味が無いのではないでしょうか」と言った、内容に比べてほんわかとした口調のやり取りを数度かわす。


「まあ、任期中に終わらなくとも、メントレー様なら問題なくスカウリーアを落としてくれると思っておりますから、のんびり構えていましょう。食糧も三か月分もありますし、軍資金ももう使い切ることは無いでしょうから」

「スカウリーア攻略及びカルド島西方を安定させた功績はメントレー様に奪われてしまいますよ」


 スーペルが背筋を伸ばしたまま言う。


「メントレー様に話を通しておきましょうか? 引継ぎとして、スーペル様を残しておきます、と」


 功績が欲しいならばカルド島駐留軍の後任、メントレー・ニベヌレスの下で働けるように口添えいたしましょうか、ということである。


「いえ。私は別に良いのですが。折角の大手柄、しかも先の長きにわたる戦いでは一度もアレッシアに落ちなかった街を二つも軍団を用いてアレッシアのモノにできるのですよ。これは、エスピラ様で完結させるべきでしょう。肉を焼くだけ焼いて他人に与えるなど、貴族の行いではありません」


「アレッシアが勝つならそれで良い。我が父祖なら、必ずやそうおっしゃるはずです。それにパンテレーアとスカウリーアが落ちなかったのはマールバラの父親が居たからこそ。あの名将がいないカルド島西部を安定させたところで大した功績ではありませんよ」


(そもそも、これらは全てタイリー様の功績になるはずだった仕事だ)


 エスピラは強く短剣を握ると、死体の首に突き刺した。ゆっくりと切り離すように動かしていく。


「こうしてエスピラ様と話していると、ティミド様は狂乱されたのではないかと思ってくる」


 スーペルが不動の体勢で、エスピラを見下ろすような構図のまま続けてくる。


「軍資金の管理という点では非常に優秀で、着服などしない方でしたが些か否定に回ることが多すぎました。どちらも正しいことを言っているのならば、結果を残し高い官位に着いているエスピラ様に従うのが軍団を纏めるうえで重要なこと。ナンバーツーならなおさら。トップを諫めることはあっても軍団を割りに行ってはいけないことぐらい分かるだろうに」


「割れましたか?」

「反ティミド派が大きくなってしまっておりますが」


 なるほど、とエスピラは思った。


 これまでは軍団に無かった派閥が「ティミドの罷免」を求めてできてしまっている。北方戦線は相変わらず良い報告は無い上に一緒に訓練した者の多くは亡くなり、アレッシアの様子を見にもいけていないのだ。


 丁度良い所に自分たちを逆なでする存在が居れば、まとまって叩きだすと言う心理も分からなくはない。歓迎はしないが、有り得る話だと思っている。


「ただ、このままアレッシアに帰してはティミド様が神に対して無礼を働いたなどと言われて敗北の責任を取らされかねませんから。謹慎地のエクラートンは現在地から遠いとか言って、引き延ばさないといけませんね」


 ティミドを牢に入れてアレッシアに送り返せと元老院からは言われている。


 だが、エスピラはその扱いはティミドの行いに対する罰としては重過ぎると判断し、もう一度考え直すようにティミドに対する軍事命令権保有者としての嘆願書を出したのだ。


 そして、元老院に対して時間稼ぎができるのも軍事命令権所有者としてまずは目の前の敵を叩かねばならないから。


「エスピラ様。グライオ様が身分が高いと思われる者たちを引き連れて出てきました」


 しかし、願いむなしく。


 時間稼ぎは望むところだよ、との旨を言った瞬間に、スカウリーアは陥落してしまった。


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