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算段

 レコリウスが「かしこまりました」と返事をしてから顔を上げた。


 あんなことが目の前で繰り広げられたのに、使命に燃えるような目をしている。


「タイリー様のおっしゃったことをそのままお伝えしますので、私が言えば不快になるところがあるかも知れませんが、ご了承ください」


 エスピラは頷いた。

 体が僅かに前のめりになってしまうのは、止めようがない。


「『マールバラと二年は戦うな。君が指揮を執ると必然的に若者が多くなる。良き薪を作るには良き木を乾燥させなくてはならない。見つけ、切り出してもすぐには使えないものだ。良き薪ができるまでの間、良き薪にはならない老木をくべ続けろ。説得は、私が行おう』

 と、おっしゃっておりました」


 エスピラは目を閉じて、左手の革手袋を唇に押しつけた。


 吸い込んだ空気によって肺が膨れ上がり、段階を追って体がへこんでいく。


「この話、タヴォラド様には?」

「タヴォラド様には別の伝令が走っております。……タイリー様が言葉を残したのは、お二人だけですが……」


 レコリウスの目が動いた。

 後ろ、ティミドに意識が行ったようにも見える。


「タイリー様の真意を、お聞きしても?」


 シニストラが僅かに頭を下げながらエスピラに聞いてきた。


 興味が無い者はいないのだろう。誰も咎めず、静かにしている。



「『消えにくい炎でも、雷雨に消されてしまうことがある。ただ、消すほどの雷雨からでも炎を守る手段は幾つかあり、新しい薪をくべれば炎は復活する』


 これは、処女神の巫女で凄腕の占い師であるシジェロ様が占った結果だ。炎がアレッシアを示し、雷雨がハフモニ、あるいはマールバラ・グラムを表しているなら苦境はしばらく続くと言うことだろう。だが、これまではアレッシアの中心に居なかった者がアレッシアと言う炎を燃やす薪となれば雷雨に負けない炎になる。


 最悪なのはその薪、今は実力を十全に発揮できる立場にいない者を風に晒し湿らせることだ。しっかりと乾燥させ、雷雨に負けない薪を作る必要がある。


 そうだな。だから、新しい者の活躍の場を作るとともにマールバラについてもっと情報を集め、良木を良き薪へと昇華させないといけない、と言うことだろう。そのためには相手の引き出しを開けさせることができるような者がまずマールバラに挑んでいかないといけない。今はまだ素質アリと見ている若者に形勢逆転の望みを懸けてマールバラにぶつけようとするな、ということだろうな」


「それは、今回の戦いと関係が?」


 シニストラが疑問符を浮かべ続けたまま聞いてくる。


「無いな。それどころかマールバラ以外のところでは勝たないと崩壊する可能性すらあると私は思っている。誰もが耐えられるわけでは無いからな」


 シニストラが満足いったかのような色を浮かべて、顔を体と同じ向きに戻した。


 エスピラはゆっくりと机から立ち、レコリウスの前で膝をつく。手はレコリウスの肩に。


「レコリウスよ。得難き勇者よ。今一度、アレッシアのために私たちと戦ってもらえるか?」

「身命を賭してアレッシアのためにこの身を捧げます」


 頷くと、エスピラはレコリウスの肩を革手袋を履いている左手でぽん、と叩いた。

 頼むぞと握る手に力を入れてから立ち上がる。


「さて、マルテレス。君がハフモニの将だったらどう動く?」

「え? エスピラに一騎打ちを挑んで終わらせる」


(うん。そうだな。マルテレス自身が敵将だったらそれが早いな)


 聞く人を間違ったかもと思いつつ、エスピラは言い方を変えた。


「ハフモニの将が、この前の、気がついたら傭兵に殺されていたような実力だったとしたらどうする?」


「冗談だって。ハフモニとしての安定行動は橋頭保の確保と橋頭保から打って出ないことだって言って欲しいんだろ? 


 集められないとは思いつつも、ハフモニにとって最悪なのはまた大軍が現れて呑み込まれること。しかもあっけない敗戦でハフモニに対する信頼は無いから寝返る街も少ないだろうさ。少数で勝とうにも俺やシニストラにさんざんに叩きのめされていることぐらいは把握しているだろうから、小競り合いすらしない。それで十二番目の月が終わるのを待つ。


 エスピラの軍事命令権は十二番目の月の終わりまでだからな。下手に長引けば政敵が文句を言ってくるし、エスピラも下手に動かないって思うだろ。

 だから、パンテレーアでひたすら待つ。だろ?」


「ああ。私も同じ見立てだ。だが、ハフモニとしても撃滅できる機会があれば攻めてくる」

「それが海戦、と言うことですか?」


 シニストラがまたもや疑問に満ちた声を出した。


「そうだ。陸と海の戦いの違いはなんだと思う?」


 言いながら、エスピラはアルモニアを見た。

 アルモニアが口を開く。


「個人の武勇の影響が大きく違います。海戦は、漕ぎ手の練度さえ高ければ陸上よりも数がモノを言う戦い。相手の側面に衝角を打ち付ければ、それだけで船に乗っている相手を丸ごと海に投げ出せますから」


「エスピラ様の集めた情報通りなら、敵は一万、戦える船は五十艘。……その理論で行くならば、こちらから仕掛けるのはリスクが高すぎませんか?」


 シニストラの眉は寄ってはいるが、声音に否定的なモノは無いように感じられる。


「自分たちより数多くの兵が籠っている街を落とす方が難関だよ」


 街壁を壊すには投石機や大型の破城槌、そして数多くの強力な赤いオーラの使い手が必要となる。そして、投石機を扱うにも人が、破城槌やオーラ使いを壁に近づけるのにもたくさんの人がいるのだ。


 何とか人を集めて敵の石や投げ槍、矢をかいくぐって壁を壊せても砂などで補強されてしまう。砂は雷雨には弱いが、次からの投石や破城槌の威力を吸収してしまう。


 街に籠る側が圧倒的に有利なのである。


「海戦を有利にするために数を減らしたのですね」

 とイフェメラが言った。


 エスピラが頷くと、シニストラが「説明しろ」と詰め寄らんばかりの目をイフェメラに向ける。


「漕ぎ手の練度を疑似的に高めるために船を軽くして、速度を上げる。優秀な船乗りを集めて航路や地形で有利に立つ。そして精兵を乗せて万が一乗り込まれても戦えるようにしつつ、各船に赤のオーラ使いを選抜して乗せ、衝角の破壊力を上げる。


 この軍団にも、十名以上は衝角に近づいたままオーラを使い、突撃の瞬間にも逃げない者はいるでしょうから。特に、小競り合いを続けた者はそれだけの度胸がついているはず。


 そうですよね、エスピラ様。」


「優秀で助かるよ、イフェメラ。君も近くに置くようにして正解だった」


 エスピラとて完璧に見透かされるとそれはそれで悔しい思いもあるが、それ以上にアレッシアにとって有用な若者を見つけられた喜びが大きい。


「父祖に恥じない働きをしなくてはいけませんから」


 言って、イフェメラが頭を下げた。


「作戦の根幹は今イフェメラが言った通りだ。一艘当たり八十人の兵を乗せ、同時にハフモニの船が十分に物資を積んでいる所を襲撃する」


 何度も言うようだが、五段櫂船の一艘当たりの基本的な兵の人数は百二十人。漕ぎ手は三百人である。


「到着間際を狙わないのですか?」


 アルモニアが言う。


「相手が最も警戒している瞬間に少ない数で突撃しても失敗する可能性が高いからな。幸い、ハフモニが最も入港しやすいパンテレーアの近くには大勢が住むには不適だが貯蔵庫にするには十分な大きさの島がある。ハフモニが入港次第、この島を狙う動きをするつもりだ。同時に、パンテレーアを陸地から攻略する動きも見せる。


 とは言え、こちらはたった五千だ。


 誰が将でも傭兵の連合である以上作戦は王道なりやすい。二千ほどを守りにおいて起き、八千でパンテレーアを出航。島にも一千ほどの兵と攻城兵器を置いておけば守れるだろう。同時に一千を養え、島民を味方にできるだけの物資も持っていく必要がある、と言った具合にな」


「十分に腹の膨れた船になっているって訳か」


 マルテレスが頷いた。

 質問をしたアルモニアも頷いている。納得してくれたらしい。


「その島は実際に落とさないのですか?」


 エスピラはシニストラにそうしたいな、という顔を見せた。


「アレッシアにとっては厄介極まりないが、残念ながら落とした後に守るには兵が足りず、焼くには時間が足りない。逃げ出したハフモニ兵を匿えば丸焼きにするが、今のところはその予定は無いよ」


 所謂、攻勢限界である。


「兵の配置は如何様に?」


 スーペルが聞いてきた。


「それはエクラートンからの出航時に発表しよう。基本はその時に乗り合わせた者と組むことになるからな。簡易的な船上での確認もその場で行う。まずは先遣隊を派遣して優秀な地元の船乗りたちを集めてからだな」


 質問は、以上で終わった。


 残りは船乗りを集めるときの資金。賃金としていくらまでなら出すのか。どこで集めるのか。

 そして、食糧輸送の方法。どこで今のうちに買い集めておくのか。どこに運ぶように頼むのか。


 最後に、スーペルと陸上に残る部隊の扱いの話。隙があれば攻めても構わないと言うこと。何をどこまで威嚇として見せて良いのかの確認。


 全てが終わると、アレッシア軍は眠りから覚めた獅子となった。


 エクラートンでの休養の日々は終わり。現地で得た愛人とは別れてもらい、あるいは再会を約束させてアレッシア軍は冬の海を西方に向けて進み始めたのだった。


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