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次戦装填

「次はカナロイアですか」


 エクラートンの二重防壁の内側、城にも近い空き地で野営を張っているアレッシア軍に訪れたスクリッロがそう言った。後ろにはつまらなさそうにしているエクラートンの王の孫が見える。


 あまり陣営内を見せるモノでは無いが、一部の者はエクラートンの中に住まわせてもらっているのだ。ひげも毛も生えていないような男の子ぐらい、大目に見ておこう。見張りとしてそこそこに功を挙げたグライオ・ベロルスも着いているのだし。


「何度も港を使わせていただいてありがとうございます」

「いえ。それは良いのですが、王があれだけの船団で来るとは思っておらず、寿命が縮まったかもしれません」


 八十歳の王の寿命が縮まる、というのはどうやらエクラートンの高官内でよく使われる冗句らしい。

 最初は誰もエスピラに言わなかったが、最近は良く耳にするようになった。


「ならば、私にも王の葬式に参加できる可能性が出てきたかもしれませんね」


 そして、エスピラもこう返すのが正解らしいと言うのが身に着いていた。


「王はお悔やみを申し上げる気でいっぱいのようですがね」


 此処までが一連の流れ。

 大分不敬な気もするが、それで良いらしい。


「農奴として五百人も一気にカナロイアまで連れていくための船団ですからね」

「他の国家の旗も加わっていたようですが」

「鉱山奴隷が枯渇しているようです」


 混ぜたのはカクラティスか、別のカナロイアの王族が他のエリポスの国家の存在もあった方が良いと判断してくれたとエスピラは思っている。


 ついでに、戦争準備をしている国を伝えてもくれたのだろう。


 鉱山奴隷を欲していると言うことはそれだけ鉱山で過酷な労働が開始されたか、事業を広げるか。金を得るか武器に加工するか。どちらにせよ、戦争に必要なことである。


「とは言いましても、商人の嗅覚で嗅ぎ分けただけかも知れませんがね。エリポス圏の多くの国家は勝つ方に乗りたいか、嫌いな国がつかなかった方につきたい、と考えているでしょうから。北方ではハフモニが勝っていても結局は援軍も届かない孤立した軍。まだ牙を見せるには早いでしょう」


 エスピラは、本当に商人の嗅覚だけとは思っていないが。


 粗方、カナロイアによる無言の支援だろう。他の国の影を見せて、エスピラが行おうとしているハフモニへの示威行為を助ける。一方で、カナロイアがアレッシアからすぐに奴隷を買ったと言う事実を隠せもするのだ。


 あくまで、『商人が』積極的に行った行動だと。だからハフモニに喧嘩を売ったわけでは無いと。


「そこまで話して良かったのですか?」

「貴方と私は共に戦った仲では無いですか」


 半分本音で半分お世辞である。


 別に、エスピラは全ての秘密を共有できるほどスクリッロ将軍に心を許してはいない。

 かと言って、スクリッロ将軍がアレッシアにとって不都合な話を簡単に話すとも思ってはいないのである。


「アレッシアの指揮官にそう言っていただけるのであればこれ以上は無いほどに光栄な話です」


 スクリッロが頭を下げた。


「エクラートンなくしてカルド島の繁栄はあり得ません。カルド島の繁栄なくしてアレッシアの繁栄もまたあり得ません。できれば、末永く手を取り合っていきたいと私は考えております」


 エスピラはスクリッロの顔を上げさせて、エクラートンで休暇中のマルテレスの代わりに簡単な仕事を押し付けていたイフェメラに目で合図した。


 イフェメラは少し迷ったものの、すぐに納得したのか息抜き用に置いてあるリンゴのはちみつ漬けをスクリッロの前に出してくれた。スクリッロがつまむ。


「エスピラ様の好物は、リンゴと肉が白い魚でしたね」

「ええ」


 スクリッロに同意する。


 別に、深い意味を込めたわけでは無いのだが、どうやらスクリッロは好物を分け与えるほどに信用し合った仲、などと受け取ったようだ。


「逆に嫌いなモノは分断です。軍団内、アレッシア国内、あるいは朋友と。人間ですので好き嫌いはありますが、戦時中という明確な敵がいる前でしなくても良い分裂をするのは愚かな行為だと思っております」


 スクリッロの顎が僅かに引かれた。


「そう身構えないでください。欲しいのは船と優秀な船乗りですから。軍資金も、十分に貯まりましたので色を付けることも、と。失礼。これは将軍に言うべきことではありませんでした。財務長官殿や宰相殿と話す機会が多かったもので、つい。お忘れください」


 白々しいことは承知しているので、エスピラはそれに見合った笑みを作る。


「無償で用意いたしましょうか」


 スクリッロ将軍が感情を押し殺した声で聞いてきた。


「いいえ。ハフモニが一万五千も運ぶ船団の多くを残してくれましたから。ただ、無償で船団を貸そうとしてくれた心意気を買いましてお願いがあるのです」


「お願い」


 緊張と弛緩を繰り返しているはずのスクリッロがやや緊張を孕んだ声で返してきた。


「後は廃棄するだけの小麦の残りや薪を大量に集めて欲しいのです。それから、油と頑丈な紐を」


「どれくらい?」


「多めに見積もって、五段櫂船十艘に満杯になる量を。ええ。貨物庫だけでなく、文字通り船全体を埋め尽くしてください」


 スクリッロ将軍の目が泳いだ。

 イフェメラも動きを止めてエスピラを見てきている。シニストラは、もう考えるのを放棄していますと言わんばかりに一切の反応を示さなかった。


「あくまで量の話です。お願いできますね」


 とは言え、今回連れていくつもりのない他国の人に作戦を話すつもりは無い。話す危険を冒す必要性も無い。


「分かりました。いつまでに用意すれば?」

「すぐにでも。前回の戦いから既に一月以上。できればこのまま任期が切れるまでエクラートンでのんびりと冬を越したかったのですが、ハフモニの船団が揃っているそうでして。港街も、食糧を貯め込み始めた街が二つ。私の目が届いているとも知らずに間抜けな連中です」


 被庇護者は散らばせたままだ。

 新たに金で雇った者も居る。勿論、その者らには軍の動向ではなく、小麦の流通を追わせているだけ。ただ、それだけで十分に動向を読むことができ、嘘の情報かどうかもすぐに洗えるのだ。


「街を焼くのですか?」

「いいえ。次は海戦になるでしょう。幸いなことにカナロイアの優秀な船乗りたちに船も漕ぎ手の動きも見てもらえておりますから。今度は上陸も許しません」


「エクラートンの兵は海戦でも十分に力を発揮できます」

「それは頼もしい限りですが、少なくとも私は貴方がたをすり減らしたいわけではありません。生きていて欲しいのです。とは言え、戦場ではきれいごとは言えませんから。実力を良く知っている部隊ほど適切な位置に配置でき、顔も良く知らない者が多い部隊ほど過酷な位置に着くことも多くあります」


「勝算が?」


 スクリッロ将軍がエスピラの瞳を覗き込んできた。


「もちろん。ウェラテヌスが傾いたのは造船にひたすら力を入れ、海戦に全てを注いだため。しかしながら、おかげで一門としての海戦の経験や被庇護者たちの海戦経験は豊富にあります。

 加えて、ハフモニは急増の船団。もしかしたらマールバラが北方から連絡したのかも知れませんが、歩調を合わせるために慌てて作ったと言うところでしょうか。年が変わればアレッシアは確実にカルド島に一個軍団以上の兵を配備しますから」


 実際、前執政官としてメントレー・ニベヌレスが増量された一個軍団一万二千を率いてカルド島に赴任することになっている。


「できれば、その時にエクラートンには力になって欲しいのです。将軍の力が必要になるのです。次の敵兵力は一万。用意された船団は五十艘ほど。もちろん、多少の誤差はあると思いますが、この数が倍になるほど節穴でもなく、そこまでの大げさな虚偽の報告を受けるほどアレッシアは劣勢ではないでしょう」


「かしこまりました。また出発の時期が決まりましたらお教えください」

「もちろんです」


 天幕から出ていくスクリッロ将軍を見送る。


 途中、王の孫が「アレッシア軍は思ったより少ないんだな」と言っていたが、「休暇中ですので」とエスピラは返しておいた。


「次は海ですか」


 スクリッロ将軍らの背中が小さくなってから、シニストラが言う。


「五十艘使おうと思うと、輸送はギリギリですね」


 次いで、イフェメラが言った。

 近くに来ていた百人隊長のステッラは何も言わない。


「五十艘も使わないよ。海戦に使う船は三十五艘程度の予定さ。ああ、それから腕の立つ者を二千ほど見繕わねばならないから、推薦があればどんどん言ってくれ」


 エスピラは寒風ではためいたマントを掴み、引き寄せた。マントが当たっていたはずのシニストラが申し訳なさそうに頭を下げる。


「グライオは腕が立ちますが、どうするつもりですか?」


 イフェメラが王の孫の見張りをしていたのにこの場には居ないグライオ・ベロルスの消えた方を見ていた。


「腕が立つなら入れたいが、本人次第だろう」

「かしこまりました」


「ああ、それからそろそろ作戦は伝えようと思う。仮であって絶対では無いが準備にも時間がかかるからな。マルテレスの休暇が明日で終わるから全員かき集めてくれ」

「かしこまりました」


 今度はシニストラとイフェメラの返事が重なる。


 エスピラは二人に満足そうに頷いて、一歩足を進めた。進めたが一歩で止める。


「ステッラ」

「はい」


 百人隊長がエスピラのすぐ後ろに来た。


 エスピラは半分だけ振り返り、百人隊長と目を合わせる。


「無事産まれたよ。男の子だそうだ。メルアも元気らしい」

「それはそれは、おめでとうございます」

「ありがとう。その内、君の武勇伝を息子に語る日を楽しみにしているよ」


 それだけ言うと、エスピラは自身の天幕へと戻っていった。


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