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魔女王女

 提案に従い、船に上がる。


 そこは小さな宴会場のように音楽が奏でられ、華美な衣装を身に纏った踊り子が貞淑に踊っていた。衣装からすれば大きな動作で手足をフルに使って踊るのが普通なのだろうが、正反対なイメージを抱かせるように踊っていたのである。


 ティミドやスーペル、エクラートンの四十代五十代の高官ほど見たことの無い踊りに目を奪われているように見えた。


「防衛上の観点から護衛船は案内できませんが、こちらは輸送船ですので兵が居るところはご自由に。この船はエリポス語を話せる兵士しか載せてはおりません」


「随分と大盤振る舞いですね。マフソレイオは、いつもこうなのですか?」


 エクラートンの王がゆっくりと言った。


 七十歳ほどの差があるズィミナソフィア四世が王に顔を向ける。


「時と場合は考慮いたしますよ」


 王族と王族として一歩も引く気の無い態度である。


「今は余裕があると見ておられる、と考えてもよろしいのですかね」


 王と次期女王。八十歳と九歳。先の挑発まがいのズィミナソフィア四世の言葉。

 そこを考慮すれば王が不快に思ってもおかしくは無いが、声と顔は好々爺のソレである。


「他国に国威を見せつける。これもまた戦いではありませんか?」


 しかし、ズィミナソフィア四世の言葉はその態度はまやかしだ、と断じているようなモノ。真正面からエクラートンに敵意に近い感情を見せるモノ。


 エスピラとしては少し対応に困る態度だ。


 マフソレイオとエクラートンがこれで喧嘩になることは無いだろう。だが、此処で何もしないとアレッシアから心が少しは離れる。どちらかに味方しても、味方されなかった方が離れる。どちらかに味方したつもりが無くても、相手に味方したと感じられたらおしまいなのだ。


(本当に厄介な)


 タヴォラドの「女運が無いのか」という言葉を思い出し、メルアとの子であるユリアンナは真っ直ぐな子に育つようにエスピラは神に祈りを捧げた。


 それから、にこにこと笑って探りあっている王族に近づく。


「両国に対してはこちらが頼む立場ではありますが、緊急性が高い案件を抱えているのはアレッシアですので先に用件を済まさせていただいてもよろしいでしょうか。


 それに、両国はアレッシアにとって大事な朋友。私も、マルテレスとサジェッツァと言う友がおりますが二人とも得意なことは異なります。マルテレスは今回の戦いでもその名が轟いている通り剛の者。一方、サジェッツァは今回の戦いではこの場に居りませんが、私が動きやすいようにと元老院を動かし、取り計らってくれております。この二人が逆の場所に置かれてしまえば、今日こんにちの私は無かったでしょう」


 国の名前は並べない。あくまでも「両国」呼び。


 ただ、マルテレスとサジェッツァの出した順番でどうこう思うことはあるかも知れないが、二人の官位で見ればサジェッツァの方がアレッシアの重鎮だ。


 二人には申し訳ないが、もし言い争うことがあっても両国がこの二人の話を持ち出してどうたら言い合う分にはアレッシアが介入する余地があるとエスピラは考えている。


「申し訳ございません」


 優雅に、そして悪びれず。

 ズィミナソフィア四世が膝を少し折った。


「輸送船を実際にご案内させます」


 ズィミナソフィア四世が名前を呼ばず、目だけで二人の兵士を呼んだ。

 マフソレイオの兵士が動きを揃えてアレッシアの前に来る。


「ティミド様、ズベラン様。よろしくお願いいたします。人手が欲しいのであれば、シニストラ以外の者を誘ってください」


 当然、「私と」という言葉は隠れている。


 ティミドとズベランが誰かを誘う気配は無かったが、アルモニアがエスピラに目をやった後、『自発的に』ついて行った。


 交渉としてはティミドよりアルモニアの方が優れている。これがエスピラの評価だ。だから、彼の自発的な行動はエスピラにとっても嬉しいものである。


「アレッシアの皆様にはお気持ちとして渡したいものがございますので、ついてきていただけますか?」


 頼んでいる形だが、否定はさせないのだろう。


「喜んで」

 とエスピラはズィミナソフィア四世について行った。


 エスピラの後に続くのはシニストラ、スーペル、マルテレス。


 船の間を繋げるために掛けられた板の上を通り、奥で漂っている船にたどり着く。道中の板も分厚く、綺麗で、装飾が為されていた。


「皆様もご存じの通りマフソレイオもメガロバシラスから分かれた国の一つ。その攻城兵器の技術はメガロバシラスに勝るとも劣りません」


 メガロバシラスの攻城兵器は世界一だと言われている。

 そこに勝るとも劣らないのであれば、それは最早世界一の攻城兵器だ。


「とは言え、扱うのには測量士などの専門の人が必要ですから。エスピラにあげられるのは簡易的な投石機五台」


 マフソレイオの奴隷らしき男が扉を開け、マフソレイオの兵を先頭に十段櫂船の中へと下りる。置かれていたのは解体された投石機らしき物体。この船全部にきっちりと計算されたかのように詰まっている。


「測量士も頂けると思っても?」

「それは別料金です」


 エスピラの言葉に、ズィミナソフィア四世が笑みを浮かべた。


 金か、それとも。


 別料金が何かを探るための言葉をエスピラが頭の中で組み立てていると、先にスーペルが質問をするような雰囲気を感じ取れた。


「アレッシアに、ではなくエスピラ様に、と言いましたか?」

「はい」


 当然のことですが、何か? とでもいうようにズィミナソフィア四世が返す。


「これは個人の信用を元にした贈り物。それに、アレッシアから『別料金』を頂くことになれば、支援物資を持ってきた意味はありません。 

 心配せずとも『ウェラテヌス』はアレッシアのために働く一門。そして、貴方は命令には従う男。少なくとも、マフソレイオで見た時に私と母上はそう判断しました」


 スーペルの視線が来たのを、エスピラは感じとった。

 敵意は無い。確認に近いと言うか、意識は自分自身の内へあるのだろう。


「上官の命令に背くのは、アレッシアでは最大の御法度では無かったかしら。その昔、執政官である父親の命令に逆らって敵を攻撃し、戦果を挙げた息子を父親が処刑したこともあったとか」

「スーペル様はそのようなつもりでは無いでしょう」


 多少の不服従がある男なので、エスピラはこの機会に少しでも恩を売っておくことにした。

 ズィミナソフィア四世の計算通りの気がしなくも無いが、エスピラにも損はない。


「私としましては投石機を下ろす作業と組み立ての訓練の指揮はスーペル様にお任せしようと思っております。信頼は、何ら変わっておりませんよ」


 エスピラはスーペルに振り返り力強く一度頷いた。


 騎兵隊長なのですが、という返答も聞こえてきそうではあったが、スーペルは「了解いたしました」と返事をするだけ。


 この状況で、マフソレイオを前にしてのポーズという線も考えればスーペルには渋ると言う選択肢すらないだろう。


(もう奪いはしませんよ)


 軍団は実力至上主義。

 既に、騎兵隊長と軍団のナンバーツーに相応しいのは本当ならマルテレスだとは兵の間で共通の認識なのだから。


 代わりに、スーペル・タルキウスの息子を神官に推薦はしておこうとエスピラは思ってもいる。タルキウスも建国五門。心証が悪いままはよろしくないが、エスピラが統率する場で活躍の場は無く、そのことを申し訳なく思っているとだけ認識されていれば良いだろう。


「別料金とやらも今すぐ払って、これらを頂いても?」

「ええ。エスピラなら、そう言うと思っていました」


 ズィミナソフィア四世から先に甲板に出る。


 次期女王の指示の元、板が取り外され投石機を載せた船が陸地に近づいて行った。


 エスピラはスーペルに指示を任せ、マフソレイオが港に浮かべた三艘の小舟に近づく。アレッシア側はもうエスピラとシニストラだけだ。


「お連れの方は此処までで。マフソレイオの者も立ち入り禁止です」


 一番近くの一艘に乗ったところでズィミナソフィア四世がシニストラを見た。


 不服そうな表情をしているシニストラに、エスピラも待つように頷く。シニストラが渋々ながらも了承して立ち止まったのを見てから、エスピラは板と紐で繋がれた二艘目に乗った。


 板が外される。


 一艘目と三艘目には漕ぎ手が居るが、二艘目は紐で繋がっているだけ。ある意味、ズィミナソフィア四世とエスピラだけの空間。


「では、入りましょうか」


 ズィミナソフィア四世がそう言って、絹で船の上に作られた簡易的なテントに入っていった。


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