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宴の陰

 確かに、エスピラにも思い当たる節はある。


 訓練は機動力を高めるために相当厳しかった。その上、若輩者。年長者を追放するようにマフソレイオに配置したのも、まあ、理由はしっかりとしているし他の人員では無理だったが陰口が叩かれても仕方が無い行為である。


 とは言え、だ。


 マルテレス以外と言うことは他の者、高官とかにも思われているのだろうか。

 例えば私物化しているとか、個人的には会話したくないとか。


「あ、悪い意味じゃないぞ。こう、エスピラが神に愛されているから遊びを賭け事に引っ張って、神の寵愛が使えない状態にしないと勝負にならないって噂が流れてるんだよ」


「……何が、どうして、そうなった」


 本当に、どうしてそうなった、とエスピラは眉を寄せた。


「処女神の神殿の守り手にしてくれた時があっただろ? その時にハフモニの刺客との戦いを見ていた奴がいてさ。そいつが『エスピラ様は神の御加護を受けている』って言いだして。目の前で見たってな。そっから色々。背景にウェラテヌスがアレッシアのために献身的な一門だって言うのもあるとは思うけど、戦果も冷静に考えればおかしいじゃん。


 作戦立案と実行が初めての男が数多の都市を落として、しかも主力が抜けた後の軍団を再編して四度の戦い全てに圧勝する。これこそ神に愛されている証拠だってな」


「数も士気も質も劣る相手に勝っていただけだ」


 謙遜などでは無く、事実そうなのだ。


 唯一質が相手の方が上かも知れなかったのはハフモニ軍との最初の戦い。

 だが、それもエスピラはマルテレスの力が大きいと思っている。一番の功労者だとエスピラが褒めても異論は出ずに、ティミドやスーペルが険しい顔をするだけだったのだ。


「大事なのは連戦連勝だって言う事実だよ。戦場は何があるか分からないんだから。あ、それとも『勝って、勝って、勝った』って言った方が良いか?」


 マルテレスが楽しそうに言った。


「やめてくれ。分かりやすく伝えるために使っただけじゃないか」

「それで良いと思うけどな。分かりやすい方で」


 こうだ、とマルテレスが石を並べた。

 特に並べるほどでもないだろ、と返しつつもエスピラも同じ置き方をする。


「連勝したのはエスピラ。なんで勝ったのか。神に愛されているから。それで良いじゃないか。神に愛されているだけで勝てるとは誰も思ってはいない。でも、努力だけで勝ち続けられるとも思っていない。なんで北方は連戦連敗でもこっちが連戦連勝なのか。それは神に愛されているから。それで良い。何でも良い。この軍団を、エスピラが完全に掌握したのは事実なんだからさ」


 マルテレスが勝手に先に賽を振り、石を動かした。

 何回振るのか、大きい石はどの目がニマスでどの目が三マスなのかの説明もなく動かした。


「少しは説明しろよ」


 言いつつも、エスピラも振る。出た目は四。


「あ、それは小さい石なら四マスで、大きい石なら三マス進めるから」

「その都度か」

「良いじゃん。別に」


 エスピラは大きな石を動かした。というよりも、ルールの制限的に大きな石しか動かせなかった。


「私が、軍団を掌握したか」

「したでしょ。完全に。それだけに、傭兵を解散させるのは勿体無いなーって思うけどね」


 そうなのである。

 エスピラは、集めた傭兵を全員家に帰す決定を下したのだ。


 もちろん、ティミドはまた反対してきた。


「金は無いからな」


「最初に金が無いって言っていたティミド様はまた反対してきたけどな。一回帰せば戻って来なくなるってのは分かるけど、ついにはまた集めるときに金がかかるから維持し続けるべきだって言って。いやいや、維持してもお金かかるじゃん」


「まあ、日払い分の他に最初に保証金を払うからな。短い日数で終わったのなら保証金をはずむ必要が無かったと言いたいのは分かる」

「でも、アレッシアの印象を大事にしないといけないだっけ? ティミド様が言っていたのに、ティミド様が損なう提案をするのはどうなのよ、とは思ったけど」


「色を付けて払うって言う私の提案はあまり受け入れてもらえないのは分かっていたけどな」


 エスピラとしてはまた来てもらえるように、帰ってからもアレッシアに協力してもらえるように金払いを良くしたかった。だが、これは流石にできなかった。マルテレスやスーペルなどの消極的な解散反対派が渋ったから、というのもある。


 そのための今夜の宴、という意味もあるのだが。


「でも、勿体無いよ。二万だぞ、二万。その大軍をあと二月自由にできるなんて夢みたいだったのにな」

「居るだけでかなりの食糧が減るからな。そして減った食糧を買うのにまたお金がかかる。戦いが無いと奪うに奪えないからな。その分のお金と考えれば、金払いは全く惜しくもないだろ」


 マルテレスが、もったいねー、と唇を尖らせつつも、ティミドにも説明したその言い分は皆が納得したことである。マルテレスも、おそらく友が二万を扱う姿が見たいなどと言った少し幼い理由であるため、断固反対はしてこないのだ。


「それに、傭兵を連れていればずっと野営の上に十二、三日は陸路で傭兵の移動速度に合わせて移動だ。でも、傭兵を解散させたならハフモニから奪った船でエクラートンへ行ける。時間も短く済むし、帰りの手段もただで手に入る。しかもだ。エクラートンにはそろそろマフソレイオからの支援物資が届く。良いことづくめじゃないか」


「捕虜をさっさと売ってしまえば傭兵を連れていけたと思うけどなあ」


「そう言うわけにもいかないだろ。捕虜交換用に一部はアレッシアに送らないといけないし、奴隷市場も海の向こう。それに、その前の攻略戦で得た奴隷は島の人も買っているから次はそんなに簡単に売れないのは想像に容易いからな」


「捕虜は何もしないのに食事だけは食べていくからな。かと言って、粗雑にも扱えないし。余りにも鮮やかに勝つのも考え物だなあ」


 マルテレスがため息を吐いた。

 その中には、またエスピラに押し付けられる書類仕事が増える、という意味も込められているだろう。


「贅沢な悩みだな」


 エスピラは笑って返した。


「兵たちも言っていたぞ。傭兵ばっか動けるのは、こっちは捕虜の取り扱いもあるからだって。エスピラが積極的に話しかけて情報収集しているのは捕虜の処遇を決めるために連れて来た人のほとんどはタイリー様が連れて行ったからだって」


「エリポス語もハフモニ語も話せる者が当たれば、それだけ情報収集も早くなるからな。その方が買い手もすぐに着くだろ?」


「はー。奴隷には落ちたくねえな」

「当然だ」


 勝てば略奪負ければ奴隷。

 それがこの世のルールである。


「まあ、もうマルテレスはすぐに奴隷と言う立場では無くなってしまったけどな」

「え? マジ。やった」


「武勇の者として寝返りを要求されて、駄目だったら惨い処刑か高額の身代金と交換さ」

「全然良くねえ!」


 マルテレスが思いっきり叫び、夜空にこだましたが誰かが来ることは無かった。

 完全に二人きりに近いのだろう。あるいは、護衛が無視をしたか。


「樽に入れられて象で蹴られ続けたりしてな」

「やめろよ。そんな恐ろしいこと言うの」


「壊れやすい木箱に拘束して入れて、象に適当に踏ませていくとか。生き残りたければ神に祈りなってね」

「脅すなよ。冗談だよな。……冗談だよな。ハフモニはそんなことしないよな」


 エスピラは、何も返さずに賽を振った。

 出た目は三。


「あ、大きい石なら二マスな」


 エスピラは小さい石を動かした。

 終われば手を伸ばして、先程差し出された皿を取る。魚をつまんだ。余りのしょっぱさに顔が歪む。


「酒と一緒に食べるんだよ」


 マルテレスが山羊の膀胱を差し出してきた。

 エスピラはありがたく受け取り、中身を飲む。ワインだ。しかも、結構おいしい。


「で、冗談なんだよな」


 マルテレスの顔が息がかかる距離に来る。


「北方諸部族は、熱した鉄の棒を捕虜の尻の穴に入れたことがあったらしい」


「おい」

「悪い悪い」


 エスピラは、ゆっくりとマルテレスの顔を離しながら適当に謝った。


「全く。意地が悪いよ。もうちょっとさあ、こう、ね。宴に相応しい会話ってものがあるだろ?」

「すまんな。思ったよりも軍事命令権が重くて」


 冗談めかして肩をすくめたが、本音である。

 隠すことも留めておくこともできなかった、エスピラの本音なのだ。


「一人で背負おうとするからだ。人に投げて、自分はしっかりと寝ていれば良いんだよ」


 深く掘り下げはせず、エスピラと同じ調子で返してきたマルテレスにエスピラは心の中で感謝を捧げ、そして賽の目遊びにはしっかりと勝ったのであった。


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