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激突

 アレッシア、ハフモニ両軍が陣地を作り睨み合ってから三日。


 エスピラは、快晴のその日を会戦の日と定めていた。


 食糧は運びもするが、基本は現地調達。一万五千もの大軍を仲間外れになりつつある都市一つでずっと賄うことは出来ず、賄えたとしても敵意を向けられかねないためハフモニは陣地を作る前から徴発部隊を何度も出していた。エスピラは、それをソルプレーサら被庇護者を使って捕捉し、マルテレスらに絶えず撃滅させている。


 その結果か、前日、前々日とハフモニ軍は陣地から出て陣形を組んでいた。


 エスピラはこれを無視。

 気勢を削ぐのと同時に、確実にこちらの誘いには乗るように仕向けていたのだ。


「さて、諸君。今日はついに決戦の日だ」


 だからこそ、絶対の自信をもって会戦前の最後の演説に移る。



「確かに今の私たちはアレッシア軍として最も不安になる布陣かも知れない。

 指揮官は普段ならば軍事命令権を保有できない若輩者。それに次ぐ者も私ほどではないが多くはまだ若い。しかも軍団は傭兵が多い混成軍だ。


 だが、それがどうした。


 敵軍を見よ。招集した場所は確かにハフモニだが、集まったのはバラバラの場所から細々とした部隊だ。ならば我らよりも時間を掛けないと我らほどの結束を得られないだろう。前々日と前日の布陣をしかと見たか。食べる物が無いのかやる気が無いのか。同じ布陣をしようとしても昨日は惨めな布陣だったではないか」



 もちろん、そんな変化はない。布陣に緩みがあったとしても分からない程度でしかない。

 だが、言われてみればそうかもなと思う者はいる。



「そして、我らにはアレッシアの神々の加護がある。寵愛がある。私が処女神の神殿で神官をやっていた話は聞いているか? 雷神の加護があるはずのハフモニは、その望みをかなえることが無く終わったと。


 神々は我々の味方なのだ。


 カルド島の神もそのことを認めていらっしゃる。この軍を出入りしている神官の話を聞いただろう? 祈りを捧げている者も見ただろう?

 我らが連戦連勝なのがその良い証拠だ。


 そして、もう一つ証拠を見せよう」



 エスピラが声を大きくしていった後、『聖なる鶏』と言う名の断食していた鶏が持ってこられた。


 この鳥がエサを食べれば吉兆なのである。そして、腹が減っているのでほぼほぼ間違いなく食べる。今回も食べた。勢いよく食べた。すぐにエサが無くなり、エスピラが隠し持っていたエサを革手袋の上に展開すれば寄ってくるほどだった。


 革手袋を何度もつつかれるようにエサを食べられ、聖なる鶏はエスピラに抱えられる。



「見たか。ただ食べただけではない。何度も私の手にその嘴を授けてくれた。今も私の下で大人しくしてくれている。


 これ以上ない吉兆だ。


 勝つ。必ず勝つ。この戦い、神に恥じず、勇猛に、果敢に敵を責め立てよ。

 勝利は必ず我らの元に訪れる。我らが負けるはずが無い。神に、祖国に恥じぬよう敵に背を見せず、ただ前進せよ。皆の名を、栄光あるアレッシアの歴史に刻む時だ!」


 エスピラが親交を深めた百人隊長がまず吼える。

 それから、他の者が吼え始めた。


 アレッシア語での演説だったため、エリポス語、カルド島民用に内容を変えて翻訳していたアルモニアやソルプレーサらも吼え始めれば、傭兵の意気も上がった。


「我が名はエスピラ・ウェラテヌス。アレッシアのために全てを投げ捨てたオルゴーリョ・ウェラテヌスの息子だ! 誇り高き父祖が、誇りある皆に必ずや力を与えよう」


 エスピラは鶏を神官に預け、右手で二回左胸を叩いた。


「アレッシアに栄光を。カルド島に繁栄を! 朋友エクラートンに勝利を!」


 エスピラの言葉の後、各々の叫びが大気を揺らした。


(鳥占いは上手くいった。最高の出来だ。まさに、神の加護だな)


 手応えとともにエスピラは左手を握りしめ、それから一万七千の兵に陣地を出て陣形を組むように命令を発した。


 意気高く。太陽がまだ低く気温の涼しいうちにアレッシア軍が整列を完成させると、遅れてハフモニ軍が出てきた。


 ほぼ全軍が出てきて、撤退ができない状況だと判断してから軽装歩兵に攻撃を命じる。もちろん、近づききる前に敵の投石部隊が出てきて攻撃合戦になるが、先に仕掛けたアレッシアが有利だ。

 その間に、重装歩兵に合わせて全軍を前進させる。一万五千に迫る足音が、整然と大地を揺らした。その陣容だけでも敵を威圧し、味方に勇気を与える。そんな行進だ。


(神よ)


 左手を握りしめながら、エスピラは兵士と同じ目線で戦況を見守る。


 どちらだ。何時だ。敵の陣形は乱れたか? 突入は今させるべきか?

 目の前で人がぐちゃぐちゃと動いており、敵騎兵に動きはない。報告の声も絶えず入ってくる。


(鳥となって空から見えれば、随分と楽なんだがな)


 一度天を見てから、エスピラは決断を下した。


「歩兵第一列(重装傭兵部隊)、突撃せよ」


 投げ槍の尽きる頃。投石の終わる頃。

 時間はそのぐらいで、敵は未だに突撃が整っていない。


 ならば、軽装歩兵の攻撃と重装歩兵の突撃に間隙を作るべきではないと判断した。


 整然と並んだ部隊が小走りで敵に迫り、手持ちの武器の無くなった軽装歩兵が重装歩兵の列の合間から下がる。現場指揮官の指示で全員の撤退が確認されると、重装歩兵の隊列は一列ごとに互い違いになるように変わった。敵のすり抜けを封じるとともに多対一を作り出せるようにだ。


 そして、激突する。


 意気はこちら。主導権もこちら。

 その国家としての気性の荒さとは違い、防御的な隊列を好むアレッシアではあるが、攻める力が弱いわけでは無い。


 それどころか、定石どおりに先に騎兵が動き始めたハフモニ軍は左翼騎兵がアレッシア重装騎兵に向かい、アレッシアの右翼騎兵と軽装歩兵に側面を突かれる形になっていた。自ら死地に飛び込んできたのだ。


 敵右翼、フラシ騎兵は流石にそのような愚は犯さず、数に勝るエクラートン騎兵に突撃。傭兵の軽装歩兵も交わるアレッシア左翼に対して優勢に戦いを進めている。


(ハフモニは隊列が余程整っていなかったのか?)


 機動力に勝る騎兵を重装歩兵にぶつけて、時間を稼いでから組み合うつもりだったのか。アレッシア右翼騎兵は僅か八百のため、側面を突かれてもすぐに対応ができると思ったのか。


 時間と共にアレッシアの右翼騎兵は押され、撤退を始めているが上手く敵左翼騎兵を戦場から引き離せてはいる。


「北部軽装歩兵千を右翼騎兵の援護に回してくれ。それと、陣地に連絡して迎え入れる準備を進めろと伝えてくれ」

「かしこまりました」


 偽装撤退が本当の撤退になることは偽装撤退が成功することよりも圧倒的に多い。


 それならばと、先程の投擲が終わった兵に再度武装を渡して援護させることにした。


(さて、どちらだ)


 槌を振り下ろすのは、どこか。


 エスピラの目には候補が二つある。


 一つは目の前の中央、エスピラから見て左寄り。重装歩兵の圧迫に耐え切れずにほころびがあるのか、アレッシア軍の隊列もその穴に向かうように少し歪んでいる。


 もう一つはアレッシア軍から見て右側。騎兵のごたごたもあったからか、敵の並びが歪なままだ。ただ、遠いため穴だらけに見えるだけで、しゃがんだり誘ったりしている可能性もゼロではない。


 そんなことがあるのかと言えば可能性は低いだろうが、ない訳じゃない。


「確実に、勝たねばならん」


 戦場の足音に消える声量で溢した後、エスピラは鋭い目を中央左寄りに向けた。


 罠の可能性は低く、綻びがありそうなのはそこだ。突くべきはそこではないか?


 そう言う思いが、自己暗示のようにぐるぐると回り始める。


「マルテレス」

「右翼側から突撃だな! 任せろ!」


 気の良く、兵の士気を上げる咆哮だが、何も言うなという目をマルテレスがエスピラに向けて来た。

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