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不穏

 ハフモニが傭兵を集めて軍の鍛錬をしていると言う情報が届いたのはタイリーからのテュッレニアに到着したと言う知らせが届くよりも先のことであった。


 これを受けてエスピラは軍の高官を招集。対ハフモニの会議を開いたのである。

 しかし、当然のことながら順調な滑り出しとはいかなかった。


 まずは兵の数である。


 エスピラの持つ臨時の軍事命令権が正式に認められた場合はあと三か月半ほど効力が発揮されるが、今の軍資金では一万五千の傭兵を募った場合権限のある期間保つことはあり得ない。それが、ティミドからの報告であった。


 それでも。

「予定通り、一万二千ほど募兵しよう」

 と、エスピラは天幕の中で宣言した。


「すみません。エスピラ様。それはどこか、例えばエクラートンから資金の提供が望めると言うことでしょうか」


 ティミドが尻すぼみな声を上げる。


「無理でしょう。流石のエクラートンもこの状況では兵の供与ぐらいしかしてくれません。それだけでも十分と言えば十分ですが、カルド島諸都市は再び様子見に戻ったと思ってもらって構いませんよ」


「すみません、その状況で集めるのは、その、無謀にしか思えないのですが……」


「傭兵とは言うものの、協力する諸都市からの人質、と思ってもらえば良いかと愚考致しますが。エスピラ様。真意はそれであっておりますか?」


 ティミドの対面に立っているアルモニアが背筋を伸ばしたままそう言った。


「ええ。その通りです」


 そして、アルモニアが賛同したと言う意味はティミドにとっては大きいだろう。

 アルモニアはティミドの兄、タヴォラドの推薦で高官になった男。エスピラの意見をタヴォラドが後押ししているような形にもなる。


「でも実際、金の問題はあるんだろ? あ、ですよね?」


 マルテレスがいつもの調子で言った後、慌てて言いなおす。


「お金よりも切迫した問題もな」


 ただし、エスピラはマルテレスにいつもの調子で返した。

 マルテレスがずるい、という目を向けてくる。


「ハフモニは既に鍛錬を始めている。どこに兵を向けるかは分からないが、カルド島を占領するには今が最大の好機だ。どの程度鍛錬するかも分からないが、遅れれば遅れるだけこちらとあちらの軍団としての質の差が開くだけ。こっちも一刻も早く兵を集める必要があるとは思わないか?」

「すみません」


 何度目か分からない「すみません」が天幕に響き、ティミドが一歩前に出る。


「軍資金の目途を立てるのが先かと思います。支払いが悪くなって暴動を起こされることやアレッシアの印象が悪くなるのは避けなくてはいけないのは当然のこと。それに、すみませんがエスピラ様は戦局が悪くなった時にボーナスを配らないと約束できますか? 兵の心をお金を配る形で繋ぎ止めないと言えますか? 配った場合の余剰金も、兵数が二万に迫ると膨大な額が必要になってきます。すみませんが、勝った後の略奪を当てにするのは、ちょっと」

「ティミド様は随分と負ける前提で話されているようだが、確実にアレッシアを負かす策でもあるのか?」


 シニストラが吐き捨てた。


「シニストラ」


 確かにエスピラも良い気はしなかったが、言って良いことと悪いことがある。

 シニストラがティミドに言ったことは、言ってはいけないことだ。


「すみません、すみません。でも、父上はいないのです。ですから、これまで通り勝ち続けることは無理だと思います。すみません」


 ティミドもティミドだ。謝っているようで、負けると思っていることは否定していない。


「ティミド様。軍資金を集めないといけないのは分かりますが、集まっていないからと募兵を遅らせればハフモニの万を超える軍勢にエクラートンの兵を加えた八千で挑むことになります。それも、経験の浅い私の指揮で。それこそ負けへの道ではありませんか?」


「すみません。止めているわけでは無いんです。募兵よりも金策に重きを置いて欲しいと言っているだけで、すみません」

「軍資金ならばマフソレイオから援助が来ます」

「本当ですか? スーペル様はあまり乗り気では無かったですよね」


 使節団の格を保つためにスーペル・タルキウスが必要だっただけ。彼の意思は必要ない。

 と、言えば軍団の士気に影響が出かねないため、口にはできないが。


(財務官として忠実と言うか、財務官として与えられた軍資金についてしか考えていないと言うべきか)


 募兵が遅れて負けることになればそもそも金策の意味など無いと言うのはエスピラの考えだ。


 同時に、勝った後を考えればこそ金策の重要性も増しては来る。ティミドの言っていることも正しいのだ。


「ティミド様の不安も尤もかと思いますが、此処には昨年、一昨年の護民官が居ることを忘れてはなりません。それに、エスピラ様のウェラテヌス一門の話は私たちの世代には一種の英雄譚として伝わっております。

 加えて、エスピラ様はタイリー様の覚えめでたく、最近は妻メルア様にタイリー様が色々贈っているとも聞いております。金策には紙があれば十分では無いでしょうか」


 アルモニアが穏やかな口調でティミドとエスピラに言うように述べた。


 要するに、金はアルモニアのインフィアネ一門やマルテレスのオピーマ一門、それにセルクラウス一門が払えば事足りるのでは、という話である。


「そりゃ良い案だな。オピーマは船を持っているから、すぐに送れるぞ」


 アルモニアにすぐさま同意したのはマルテレス。

 ティミドは、断りたいと顔に出ているが提案したのがアルモニアのためか何も言えていない。


 何度も言うが、アルモニアはタヴォラドの推薦なのだ。対外的には仲が悪く見えているエスピラを助けるような行動は、感情ではなくアレッシアの利益のため。アレッシアのために蔵を開けるのが当然だと次期当主濃厚なタヴォラドが考えているとなると、ティミドは下手なことは言えないのである。


 もちろん、マルテレスが早とちりしたと言い逃れができる言い方しかアルモニアはしていないし、タヴォラドの意思が介入しているかは誰にも分からない。


「すみませんが、それは、あまりにも『ウェラテヌス』的な考えではありませんか」


 ティミドが絞り出した抗議の声はこれだけ。


「否定ばっかしてないで自分で金策の一つでも提案すれば良い。財務官ならばそれが仕事だろ?」


 その絞り出した言葉も、シニストラが乱雑に切って捨てた。


「シニストラ様。口が過ぎますよ。ティミド様も言いたくて苦言を呈しているわけではありません」


 アルモニアがすぐさまフォローを入れる。


「ティミド様。これは、本来もう少し秘密にする予定だったのですが」


 そう言って、エスピラは立ち上がった。

 腰から剣を外し、ウーツ鋼でできた刀身を露わにさせる。


「一度戦いを起こせば、カナロイアを呼ぶことができるのです。かの国の王族と個人的に親交がありまして、金策に関しましてはまだ秘策があったのです。いざとなれば、ウェラテヌスの蔵にもブドウの一粒程度には財がありますから」


 カリヨにせめてマシディリだけは自身の子と同じように育ててくれと伝えとかないとな、と思いつつ。ティミドに優しく語り掛ける。


 ティミドもひとまずは引こうとなったのか、最終的には募兵に納得してくれた。



 募兵場所は三か所。エクラートンのあるカルド島東部。それから今いる、アレッシアへと行きやすい良港のある北部。そして、山中である中央だ。


 ハフモニからの軍団が到着する可能性のある南部では募兵を行わない。


 場所を分けたのは素早く集めるためである。同時に、ハフモニ軍に占拠されにくい諸都市から人質を取れると言う利点もあるのだ。


 欠点は連携の厳しさが増すと言うこと。顔の知らない者ばかりになりやすく、風習も微妙に違う恐れがある。信仰にも歴史的な土地間での対立も把握しきれてはいない。


 だからこそ、エスピラが取れる策は募兵場所ごとに持ち場を定めさせること。軍団を混ぜないこととなってくる。そうすれば部隊内で一定の連携が取れるようになる。欠点は、やはり軍団内での連結点が増えるところ。相手に突破されやすい箇所を多く抱えることになることだ。


 不安を抱えながらも募兵が完了したのは僅か十日後。

 ただし、その時にはハフモニに置いている仲間からハフモニに集まった傭兵集団が軍団に変わったと連絡が届いたのだった。


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